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突然婚約者に断罪されて婚約破棄されたので諦めて生きていきます

作者: 八月 猫

「カリム様!貴方との婚約を破棄させていただきますわ!!」


 学園の卒業式。

 壇上に仁王立ちしてこちらを指さし、会場の注目を一身に浴びつつ声高らかに婚約破棄をする令嬢。

 アクヤック侯爵家の令嬢にして俺の婚約者でもあるロリエット嬢。


 黒をベースにした鮮やかな金糸の刺繍の施された豪華なドレス。

 長い内巻きカールの美しいブロンドヘアー。

 切れ長で少し釣り上がった目が冷たく俺を睨みつけていた。


「え……?いきなり何を言い出すんだ?」


「いきなり?どうしてこうなったかは、ご自身の胸に手を当てて聞けば分かるのではございませんこと?」


 もしもし?どうしてこうなったんだ?

 俺は自分の胸に手を当てて訊いてみた。


「どうですか?ご理解いただけたのではございません?」


「いや……特に何も返事は無いが……」


「あくまでも白を切るとおっしゃいますのね?それでしたら、この方の顔を見ても同じことが言えますの?」


 ロリエット嬢のドレスの……スカートの中からひょっこりと顔を出した幼い少年のような顔をした男。

 その顔を見て会場がどよめく――二重の意味で。

 お前、ずっとそこに隠れてたのか?

 移動する時に大変だったろ……。


「……センホールか」


 それはカキツバタ子爵家の嫡男であるセンホール。

 俺やロリエット嬢とは学園の同級生である。


「その顔はようやく自分の犯した罪にお気づきになられたようですわね」


「いや、さっぱり」


「呆れましたわ!あれほど酷いことをセンホール様にやっておいて、カリム様には罪の意識というものが全くございませんのね!」


 酷い事?

 ご令嬢のスカートの中に潜むことより酷い事と言われてもすぐには思いつかないのだが。


「ではこの場で貴方の罪を全て断罪させていただきますわ!!ここにいる皆さまが証人です!!」


 突然そんなことを言われてもなあ…。

 そんな声が会場のあちこちから聞こえてくる。

 それが今の俺の気持ちだと理解せよ。


「まず第一に、センホール様の授業で使っているノートを焼き捨てた罪!!身に覚えがございませんか?」


「……そういえば、そんなことがあったな」


 前に俺が掃除の時に焼却炉の当番をしていた時に、センホールが去年使っていて必要ないからと持ってきたノートを焼却した。


「――お認めになられましたわね!そして第二の罪!文化祭の演劇の時に、センホール様の衣装を破り捨てられましたわね!」


「……捨ててはないが、破りはした……のか?」


 舞台の直前になってセンホールの衣装サイズが合わないことに気付いた俺は、背中の部分を破って、余っていた布を当てて裁縫し直したことがある。


「第三の罪!取り巻きを使って、センホール様のあらぬ噂を流して評判を落とそうとしたこと!!」


「あらぬ……いや、噂は流したことになるのかもしれぬが……」


 センホールは歳よりも若く見えるから、きっといつまでも変わらぬ若さを保っているだろうという話をしたことはある。


「センホール様は不老不死ではございません!それなのにそんな化物のような噂を流されて……おいたわしい……」


 あ、そうとるんだ。

 普通は褒められてると思うんじゃないかと。


「全ての罪をお認めになられましたわね!!」


「い、いや待て!認めはするが、それが罪だとはどうしても思えないんだ!」


「この期に及んでまだそのような事を…。盗人猛々しいとはこのことを言うのですわね!!」


「急にそんな古風な言い回しをするな!可憐な君にはそんな言葉は似合わない!」


 そんな派手な見た目でことわざ使われるとイメージがおかしくなるから。


「今更私を褒めたたえ敬ったところで何も変わりはしませんことよ!!」


 そこまでは言ってない。


「考え直してくれ!俺は君を心から愛しているんだ!!」


 そのどう見ても悪役面した美貌も、突然1オクターブ上がる大声も、毎朝2時間もかけて一生懸命にセットしている内巻きカールも、その全てを愛しているんだ!!


「もう……手遅れなんですわ……。もっと早くそう言ってくれていたら……」


 ロリエット嬢は急に寂しそうな表情で俯いて、こちらには聞こえないような小声で何かを呟いていた。


 あ、その悲劇のヒロインぽい演技を突然始めるところも愛している!!


「カリム様。正式な婚約破棄の手続きは家の方から送らせていただきます。それではこれで失礼いたしますわ」


「ま、待ってくれロリエット!!」


 ロリエット嬢は俺の声を無視するかのように身体をくるりと反転させて舞台の奥へと歩いて行った。

 その時、器用にスカートの中で一緒に移動していくセンホール。


 その幼い顔は俺を見てほくそ笑んでいるように見えた。






 学園を卒業して十年の時が流れた。


 先代の国王が突然の退任を発表した。

 理由は新しくめとった若い側室といちゃいちゃしたいという我儘である。


 そして退任の発表から半年後に行われることになった新国王の戴冠式。

 中央、地方、全ての貴族たちが新たな国王に忠誠の挨拶に赴いている。


「陛下、次はサイハーテ卿でございます」


 挨拶に来る順番の書かれている巻物を見ながら側近が耳打ちしてくる。


「ああ、サイハーテ《《辺境》》伯爵か」


 そして真紅の絨毯をゆっくりと歩いてくる細身の男。

 三十を前にしているはずなのに、その顔は未だ少年の様に見える。

 いや、昔より更に痩せたか?

 少し頬がこけているように見える。


「おお、センホール。久しいな」


 この男に会うのは、あの卒業式以来か。


「ご、ご無沙汰いた、いたして、おります……」


「どうした?久しぶりの学友の再会なのだ。もっと気楽にするがいい」


「い、いえ!わたくし如きが恐れ多いことでございます!!」


「ふむ、貴公がそう言うのであれば仕方ない。で、どうだ?《《新しい領地》》は?自然豊かで美しいところであろう?」


「はい!多くの自然に囲まれた美しいところであります!」


「そうか、喜んでくれているようで私も一安心だ。噂によると民の数よりも猿の方が多いなどと聞くが、さすがにそのようなことはあるまい?」


「そ、そうでございますね……辛うじて、僅差で領民の方が多いのではないかとは思いますが……もしかしたら負けているやもしれません……」


「はっはっはっ!そうかそうか!それ程までに自然豊かな土地が我が国にあるということは非常に喜ばしいことである!これからも無理に発展させることなく、その自然と共存していくことを私は望むぞ」


「はい……陛下の御心のままに……」


「ところで話は変わるが――貴公のご婦人、ロリエットは元気にしておるか?」


 学園を卒業して二年後にセンホールが正式にカキツバタ家の当主となり、その翌年に婚姻を結んだ二人。

 そしてさらにその翌年、新たに最果ての開拓地であるサイハーテ領へと領地替えになったセンホール。


「妻は、その……現在寝込んでおりまして……」


「なんと!それは大事!どうした?病か?怪我か?」


「……怪我でございます。その……領主邸に入り込んできた猿と喧嘩になりまして……」


「は?猿と喧嘩とな?あのロリエットがか?」


「はい……。その、パンを盗もうとした猿から、無理やりに取り戻そうと飛び掛かって……その際に、臀部でんぶを噛まれまして……」


「……そ、そうか。そのような時に遠路はるばる来させてしまってすまなかったな」


「いえ!陛下の戴冠式ですので、どれほどの距離があろうと馳せ参じるが臣下の務めでございます!」


「馬車で二か月ほどの距離だったか……遠いのお。それならば、サイハーテ領に戻る頃には傷も癒えているやもしれんな」


 そもそもサイハーテの地がどこにあるのかも俺は把握していないのだが。


「今日は懐かしい顔を見れて嬉しかったぞ。帰路には十分に気を付けて帰るがいい」


「ははっ!ありがとうございます!」


 そう挨拶をして帰っていくセンホール。

 結局一度も俺の顔を見ることがなかったな。


 帰っていく更に細くなった後姿を見ながら考える。

 どうしてあの二人はあのような行為に及んだのだろうか?と。


 侯爵家の令嬢と子爵家の嫡男である二人が、この王家唯一の男子であり王太子だった俺に、何故あのような馬鹿げた行動を取ったのだろうかと。


 もし万が一俺に非があったのだとしても、あの場にいたのはほとんどが貴族の子息たち。

 将来のことを考えたら、あの二人の側に付くはずがないではないか。

 しかも卒業式だぞ?

 翌日からは毎日顔を合わせることもない二人と、いつかは国王になる俺のどちらかを選ばせるなんていう行動は暴挙でしかない。

 やるならせめて在学中にやれよ。

 それでもあれくらいで廃嫡なんかされねーよ。


 それに俺が何とも思っていないとしても、周囲が俺を馬鹿にした二人を放っておくはずがないじゃないか。

 案の定、子供たちから報告を受けた親たちの力で領地換えをさせられたのだからな。

 誰がその件に関わっていたのかのリストまでご丁寧に届けられてきた。

 これは自分たちの手柄ですから、今後もよろしくお願いしますって事だろうな。


 ふう……まったく……。


「おい、少し耳を貸せ」


 俺は側近の一人を傍に呼ぶ。


「城にある一番効果のある傷薬をサイハーテ領まで早馬で届けるように手配しろ」


「え?あ、はい。承知いたしました」



 ザマァと思うか?

 すっきりしただろうって?


 そんなこと思うわけないだろう。




 あの時言ったように、俺は彼女のことを心から愛しているんだからな。





―― 完 ――



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