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第六話「プロット大発表会」

 月曜日の放課後。

 わたしは文芸部の部室にいた。

 

 隣に座る志保に目をやると、土曜日の帰り際に見せていた物悲しそうな顔は消え、いつもの凛とした表情が戻っている。

 

 水族館でペンギンの映像を見せた時から、志保の様子が少し気になっていた。


 まさか、ペンギンの餌やりを見たかったのに見れず、それを自慢げに見せたわたしに腹を立てていた——なんてことはないよね?と思いつつ、その可能性も完全には捨てきれない。


 そんなことを考えていると、ホワイトボードの前に立つ碧が、大きな声を上げる。


「プロットが完成しました!」


 わたしと志保は、拍手と共に、揃って「おおー」と定型文のような相槌を打った。


「ふふふ、これが全貌だ!」


 碧が誇らしげに用紙の束を机に置く。

 そこには、脚本の企画書がまとめられていた。


『近未来の日本では、国民の奪われた集中力を取り戻し、

 国の生産性向上を目指す国策が行われていた。


 その一環で、仕事中に空想に浸るのを防ぐために、

 浮かんでしまった仕事以外の記憶を没収する装置が各組織に導入される。


 この装置の使用は、あくまでも成人の職場に限定されていたが、

 倫理面を無視し、一部の学校にも導入され始めていた。


 そんな時代、とある高校で——。

 主人公のタイキは、同級生のアイリに恋をしていた。

 アイリは高嶺の花で、タイキのような冴えない男子には接点すらない。


 ところがある日、アイリの記憶が、担任によって没収される事件が起こる。

 

 訳もわからず涙するアイリ。

 その様子から、タイキはアイリの記憶が奪われたことに気づく。

 アイリの大切な思い出を取り戻すため、タイキは職員室への侵入を試みる。


 好きな人の記憶を取り戻すための戦いの先に、タイキが見たものとは——』


 外から聞こえてくる部活動の声が、やけに大きく聞こえる。


 志保は、企画書の文面を指でなぞりながら目を走らせた後、顔を上げた。


「頑張ったね。すごくいい。中学生が見ても楽しめる内容だと思うし、敵の先生次第ではアクション要素も入れられそうだね」

「……かなりの出来でしょ?」


 わたしはしばらく、二人の言葉のラリーを黙って眺めていた。


 こうやって、すぐにストーリーの良し悪しを判断できる志保が羨ましい。

 でも、選ぶだけの言葉が、わたしの中になかった。


 碧がグッと右手を握りしめ、それを突き出してくる。


「お客さんは、どう思われました?」


 わたしはのけぞってその拳を避けた。


「え、あー、良かったよ」


 碧は得意げに両手をパンと合わせる。


「よし、文芸部の満場一致ということで、このストーリーで決まり!」


 そう言うなり、碧は企画書を持ち、勢いよく教室を飛び出していった——

 と思ったら、数分も経たないうちに再び部室のドアが開く。


「OKだった!」

「……え、もう行ってきたの?」

「おう!」


 息を切らしている碧に、志保がペットボトルの水を差し出す。

 ……その水、どこから出てきた。


「それでさ、わたしがすることって何かあるの?」

「もちろんある。ガッツリ、シーンを書いてもらう」

「……シーン? 台詞とかってこと?」

「そう。一つのシーンができて、次のシーンができる。その積み重ねで物語ができる。だから、リレー形式で書いていこうかと」

「順番に回すってこと?」

「そういうこと」


 嫌な予感がするが、恐る恐る聞いてみる。


「……もしかしてだけど、全員同じ数のシーンを書くの?」

「物分かりがよろしいようで」


 いやいやいやいや。 

 わたしは全力で両手をクロスさせた。


「ちょっと待って! わたしだよ? 高校に入るまでろくに本も読まず、なんとなくで文芸部に入ったわたしだよ!?」

「でも、高校に入ってからはちゃんと読んでるじゃん。部誌だって書いてるし」

「わたしが書いてるのは感想だけ! 物語なんて書いたことないんだから!」

「大丈夫だって。その感想を見る限り、雫には文才がある」


 ——これは作戦だ。

 そう言い聞かせてはいるけど、口角が上がるのを抑えられない。


「そ、そういう調子いいこと言っても騙されないから! 今回新入部員集められなかったらやばいんでしょ? 碧が言ってたじゃん!」

「まあまあ、二人とも落ち着いて」


 興奮しながら立ち上がっていたわたしの肩に、志保がそっと手を置いた。


「わたしだって、小説書いたの二回ぐらいだし。そんなに変わらないよ」

「……ほんとに?」

「それに、各シーンは書いたらその都度みんなで話し合うんでしょ?」

「うん、そのつもり」


 志保は、斜め下からわたしを覗き込む。


「だったら、大丈夫だよ、雫。失敗しても、最後は碧くんが全部尻拭いしてくれるみたいだから」


 指を差された碧の体が、ぴくりと動いた。


「え、俺、そんなこと——」


 碧の言葉を封じるように、わたしはすぐに口を開いた。


「分かった。やってみる。志保、ありがとう」

「どういたしまして」


 志保が、優しくわたしの頭を撫でた。


「え、ええ……」


 碧は何やら不服そうだったが、場は収まったようだ。

 碧は一度咳払いをし、改めて話し始める。


「えー、それでは? 順番は、俺、志保、雫。このローテーションで最後までいくので、各自マーカーを引いておくように」

「「はーい」」


 意気込んで黄色のマーカーを引いていく。

 そして、すぐさま担当シーンの多さに落胆した。


「……これ、絶対碧が書いた方がいいって!」

「まだそんなこと言ってるのか……。楽しみだなー、雫が書く脚本」

「頑張るから、ちゃんと褒めてよね……」


 小さく呟いた声に、志保がそっと微笑む。


 こうして、わたしの初めての脚本作りが始まった。

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