第三十八話「キャンプファイヤー」
わたしたちは靴に履き替え、グラウンドへと向かった。
「グラウンド? 何もないじゃん」
「いや、二日目にあるんだよ」
「あー、キャンプファイヤーか」
わたしは覗き込むように、碧と目を合わせた。
「そっ!」
「でも今は何もないけどね」
わたしは人差し指を立てて、左右に振る。
「チッチッチ。想像力が足りないね。そんなことで、文芸部部長として今後やっていけるのかな?」
「平部員に言われたくありません」
「わたし、平部員って呼ばれてるんだ……ショック……」
ネタじゃなく、割とショックだった。
「まあ、それはさておき、とりあえず座ろうよ」
わたしたちは陸上トラックの白線を避けて、体育座りで腰を下ろした。
碧の横顔が、じっとグラウンド中央を見つめている。
わたしは、その横顔を見つめながら口を開いた。
「うちのキャンプファイヤーって、なんか逸話とかないの?」
「逸話?」
「ほら、お祈りすると受験に受かります、みたいなやつ」
碧が軽快に笑う。
「なんだよそれ。聞いたことない」
「そっか。じゃあ、わたしが作ろっかな」
「そういうのって、みんなが知ってるから効力あるんじゃないの?」
「わたしたちだけが、知ってればいいから」
わたしは、一呼吸おいて話し始める。
「この学校の文化祭二日目の最後は、キャンプファイヤーで締めくくられる。そして、このキャンプファイヤーには逸話があるのです」
「ほお……」
「それは、悪魔の呪いが浄化されるという逸話。ただし——」
碧が息を呑む。
「これには条件があります。キャンプファイヤーが終わるまでしっかりとその炎を見続けなければいけません。っていう逸話があるから注意してね」
「どう注意すればいいんだよ」
「二日目だよ、二日目。『キャンプファイヤーだるい』とか言って、勝手に帰っちゃダメだからね?」
「なんで、バレてる……」
「ほらやっぱり。ちゃんと見ないと呪われるよ?」
「はいはい……雫こそ、ちゃんと来いよ」
わたしたちは黙ったまま、グラウンドの中央を眺める。
わたしは、二日目のキャンプファイヤーを思い浮かべた——
真っ暗闇の中、わたしが先に場所を取っていて、
あとから志保が碧を連れてくる。
その時の順番は、わたし、志保、碧。
揺れる炎を見つめながら、横を見ると、志保は緊張気味の表情を浮かべていた。対照的に、その艶やかな長い黒髪は炎の光を受けて、自信ありげに煌めいている。
碧の顔を見るには、少し前に出ないと視界に入らない。
どうしても見たくて、靴紐が解けたふりをして、チラッと横目で覗く。
すると、碧も気づいて、いつもより柔らかく微笑んだ。
柔らかく見えたのは、きっとキャンプファイヤーのおかげだろう。
しばらくすると、
周囲の生徒たちのざわめきを背景に、三人だけの空間ができる。
そこで演劇の成功について話した……いや、たぶんしていないだろう。
きっと、おすすめの映画の話でもしていたんじゃないだろうか。
わたしはどうせ見たことがなくて、変な質問ばかりして。
碧が「分かってくれない」と嘆いて、志保が諦めずに次の作品を勧めてくる。
そんな他愛もない話を、ずっと続けているうちに、
キャンプファイヤーは終わりを告げる。
そんな大人になったら忘れてしまいそうなくだらない話も、
もうわたしにはできない。
「ほら、時間は待ってくれないよ? 行こ?」
わたしは、次の目的地を思い浮かべながら立ち上がる。
すると、碧が、わたしの腕を掴んで、下へ引き込んだ。
「まだ、キャンプファイヤーは終わってないから」
わたしは、その場に座り込んだ。
頭の中には、いくつもの色が揺らめいていたはずなのに。
気づけば、すべての色が奪われていた。
わたしの中は、碧だけで満ちていく。
「キャンプファイヤーが終わったら、文化祭も終わりだろ?」
「そうだね」
「……じゃあ、どこに行くつもりなんだ?」
「行ってのお楽しみ。もうキャンプファイヤー、終わった?」
「……うん、終わった」
お互いに立ち上がり、お尻についた砂を払う。
わたしは碧の前を歩き、目的地へと向かう。
そして、隣に並んでくるのを待った。
「あれ? 学校から出るのか?」
「うん。キャンプファイヤー後は、みんなが片付けしてる隙を見て帰る」
「はあ……この状況の文化祭、回りたかっただけじゃないのか?」
「わたしにとっては、そこまでが文化祭だから」
「……雫がそうなら、しょうがないな」
「そう。わたしがそうだから、しょうがないの」
キャンプファイヤーが終わると、生徒たちは一斉に散り散りになり、急いでそれぞれの持ち場へ戻る。なぜなら、早く帰りたいし、人によっては打ち上げをしたいからだ。
そんな中、わたしは、碧と一緒に学校を抜け出す。
志保は探すけど、片付けを手伝わなければならなくなり、呼び出される。
申し訳ないなと思いながらも、わたしは悪い子だから学校を抜け出すの。
碧は「ダメだろ」と言うだろうけど、無理やりにでも引っ張って。
——わたしの文化祭が、もうすぐ終わってしまう。




