第三十六話「お化け屋敷」
「わたし、お化け屋敷行きたい!」
「お化け屋敷って、準備中に見たじゃん。ネタバレされてるようなもんだよなー」
「そこがいいんだよ。どのくらい進化したのか見たいの!」
「ふーん……そこまで言うなら行くか」
わたしが言った理由は嘘だ。
本当は、碧を脅かしてやろうという悪意満々の計画だった。
遊園地で、碧が頑なにお化け屋敷に入りたがらなかったのを覚えている。
文化祭の準備中でさえ中には入らず、廊下をウロウロするだけだった。
そんな碧が、ビビらないはずがない。
時折、時間が止まっていることについて話題を振られそうになるたびに、必死に話を逸らしながら、わたしたちは本館三階のお化け屋敷の前に到着した。
「ちょっと覗いてみるね」
ドアを少し開けてそっと中を覗く。
黒いビニールシートが張り巡らされている。
わずかに外の光が差し込んでいるものの、薄暗くて十分に怖い雰囲気だった。
教室を覗き終えると、顔を廊下側へ戻し、碧に向き直る。
「今、時間が止まってるから、お化けたちは動かないよね?」
「だろうな」
「だとしたら、動いてた方が、いいよね?」
「いや……別に動かなくてもいいけど……」
「ね?」
碧は、沈黙で答えを示していた。
「ということで、わたしがお化け役ね! わたしが『もういいよ』って言ったら入ってきてね!」
「おい、待てっ」
碧の制止も聞かず、
わたしは教室のドアを素早く開けて中に入った。
さて、どう驚かせてやろうか。
教室の中央には、お化け待機エリアがあり、ビニールシートの隙間から飛び出す仕組みになっている。本当なら、壁際にもお化け役が配置され、脅かすはずなのだが、今は中央にいなければ手数で負ける。
ここで、わたしは備品袋の中に目をつける。
「これだ……!」
わたしは外側配置お化けの顔部分のビニールシートをハサミでくり抜き、透明なテープで接着。そして、黒いビニール紐を貼り付け、その紐を中央のお化け待機エリアまで伸ばす。これで、中央からでも外側配置お化けの顔を見せられる仕掛けが完成した。
すべての準備が整った。
わたしは、教室の奥から大きな声で叫ぶ。
「もういいよ!」
ガラガラ。
返事はなかったが、ドアを閉める音が聞こえた。
ちゃんと入ってきたみたいだ。
隙間から覗くと、碧が真っ青な顔で、すり足で進んでいる。
あ、唾を飲み込んだ。
——今だ。
わたしは、隙間から素早く手を伸ばし、碧の左足首をガッチリ掴んだ。
「ひぇっ!」
碧はピョンっと女の子みたいな跳び方で跳び上がった。
……可愛い。
癒されている場合ではなかった。
この一瞬が勝負どころ。
わたしは、お化け待機エリアにいる同級生を持ち上げ、
隙間からヒョコッと顔を出した。
「やあぁぁぁぁぁ!!」
碧が驚く時は「や」って言うんだなあ。
碧は驚いた勢いで走り出した。
計画していたギミックが使えない可能性が高まる。
これは、最後の直線に賭けるしかない。
激しい足音が後方から迫る。
その轟音が隣に並ぶ少し前、わたしは黒いビニール紐を引いた。
隙間から覗くと、外側配置お化けの顔が綺麗に見えていた。
その瞬間、鈍い音が聞こえる。
「痛っ!」
「……ぷっ」
まさか尻餅をつくなんて。
碧の思わぬリアクションに反応が遅れる。
その間に、碧はドアへ向かって這うように逃げてしまった。
残念ながら、出口で待ち構えて驚かせる計画は間に合わなかった。
廊下に出ると、碧が両手を膝に置き、肩を揺らしている。
「どうだった? 怖かった?」
「……まあまあ、かな。俺ならもっとうまくできる」
「ふーん。でも叫んでなかった?」
「気合いなら入れてたけど?」
「そう? 尻餅もついてたよね?」
「気合いなら入れてたけど?」
「気合い入れるのに尻餅は、さすがに無理があるんじゃないかな?」
碧が口を尖らせたまま固まっている。
「……はい、次俺の番ね!」
「え、次は巨大迷路に行くよ」
「こういうのって攻守交代でやるでしょ、普通」
「わたしが見たいものは見れた。つまり、ここにいる理由はない」
碧の肩を掴み、無理やり180度回転させる。
「回れー、右っ」
そのまま両手で背中を押した。
「ほらほら、二階に行くよー」
「分かったから押すなって!」
「はいはい」
「……」
あれ、碧、怒ってる?
わたし的には、碧の新しい一面が見れたし、可愛かったし、大満足だったけど。
怖がってる姿って、もしかして見せたくないものなのかな?
どうしよう、怒ってたら……。
やっぱり、わたしってウザい、のかな。
どうすればいいか分からない。
碧に怒られたことなんて、一度もなかったから。
「雫、ごめん」
「え? わたし?」
「急に黙っちゃったから……なんか俺、しちゃったのかなーって……」
「えっ、いや、考え事してただけだから。わたしこそごめんね。急に静かになっちゃって」
「そっか……よし、巨大迷路じゃ負けないからな」
「うん」
お互いに気にしていた、
ということだったのだろうか。
一瞬の沈黙、声色の揺らぎ、視線がたどる軌跡に、
一喜一憂してしまう。
二人だけにしか時間が流れていないから、気になってしまうのだろう。
どれもこれも、時間が止まっているせいだ。




