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第二十七話「最後の願い」

 内ポケットに手を入れると、金属製の薄型のケースが入っていた。


 蓋を開けると中には複数枚の紙が入っている。

 開くと罫線の引かれたA4サイズの紙。


 一文目には、『雫へ』と書かれている。


「パパがわたしに手紙……?」


 わたしに宛てた手紙を書いているという事実だけでも不穏な気持ちになる。

 これまでの人生で一度も貰ったことがなかったから当然のことだ。


 さらに不安を増幅させたのは、この頑丈そうなケース。

 金属の無機質さがわたしを余計に動揺させる。


 わたしはゆっくりと目のピントを文字へと合わせた。



『雫へ。

 今、雫は無限の時間を過ごしているだろうか。

 もし、そうなのであれば、この手紙を読んでほしい』



「何でパパが、知ってるの……?」


 無限の時間とはこの状況のことで間違いないだろう。

 こうなることが分かっていたとでも言うのだろうか。



『単刀直入に言う。

 この手紙には、無限の時間から抜け出すための方法を書いている』



 手に持った紙が小刻みに揺れる。


 パパは、この状況を知りながらわたしに何も伝えなかった。

 その結果、わたしは意識が朦朧とし、碧は死にかけている。



『私が抜け出し方を知っている理由は、姉も同じ状況に陥ったからだ。

 

 姉もクロノスタシス保持者であった。

 姉は当時高校生だった。

 能力を使い仕事をしていたが、普通に高校にも通っていた。

 人間を知ることを重視するのが父の教育だったからだ。


 そんな姉に中学からの友人がいた。佐々木という男だ。

 暇さえあれば遊びに行くような男で活発な姉にぴったりな性格だった。

 そして、私も姉を通じて佐々木と仲良くなった。


 ところが、姉が高校三年生の時に事件は起きた。

 姉が、命を落とした。他殺だった。

 遺体は学校の屋上から発見された。

 ナイフで胸が刺されていた。


 その時、私は中学校に通っていた。

 放課後、校門の前で待っていた佐々木に呼び止められた。

 佐々木は姉を殺したと自白した。

 佐々木の説明では、昼休みに学校の屋上で二人で話をしている時に時間が止まったらしい。


 そして、姉は涙を流しながら佐々木に殺してほしいとナイフを渡した。


 佐々木は躊躇っていたが、

 姉は謝りながら佐々木の手ごとナイフを握り自分の胸に刺した。


 混乱していた佐々木は血が流れる姉を眺めることしかできなかったが、程なくして時間が進み出した。

 そして、姉の死体を残して私のところへやって来た。


 その後、私は佐々木を殺した。


 姉が望もうが、望むまいが、

 姉を佐々木が殺した事実には変わりはなかったから。


 それは言い訳にすぎないか。

 この悲しみをどこへ向ければいいか分からなかったからだ。


 姉は佐々木のことが好きだった。

 中学生の時からずっとだ。


 姉は佐々木のことを愛していたんだ。


 この事件から、無限の時間は、

 愛が関係して発生するのではないかと推測している。


 そもそも、クロノスタシスが発現する要因は願いだと代々言われている。


 小さい子供でも願ってしまう「時間が止まってほしい」という願い、その情動が時間を止める。であれば、情動の動きが最も激しい思春期にこのような事態が起こってもおかしくない。


 だから、雫の今の状況が姉の状況と一致しているのなら、そして、雫が本気で時間を戻したいと思うのなら、雫が命を絶つことで時間が戻るはずだ。


 私は、こんな結末を望んではいない。

 きっと、雫ならこれ以外の方法を見つけられると信じて、この手紙を書いた。


 しかし、私には、これ以外の道を示すことができない』



 一枚目の紙を束の一番下に回す。



『雫にやってもらいたいことがある。リストにある人物を全員殺してほしい』



 次の紙を取り出すと、暗殺屋、仲介人、政治家など綺麗にカテゴリ分けされた名前と住所のセットが紙全体を覆い尽くしていた。


 リスト後半の名前に目を奪われる。


「パパの名前が、なんで、あるの……?」



『馬鹿げているかもしれないが、数えきれない繋がりを、

 一度に断ち切るには、この方法しかないと思った。


 雫が苦しむことは分かっていた。

 だが、私は無限の時間停止を起こすよう仕向けてしまったんだ。


 ここに載っているのは、一家と繋がりがある者たちだ。

 無限の時間を利用して抹殺してほしい。


 そうすれば、もう、雫は誰も殺さなくてよくなるんだ。

 雫には自由になってほしい。


 だから、頼む』



 ——本当にわたしだけを残していくつもりなんだね。


 ひとりぼっちにしてきた罪滅ぼしに、

 また、ひとりぼっちにする。


 そっか、パパはわたしに、

 恨まれるように、憎まれるように、

 殺したくなるように接してきたんだね。


 でも、大きな体で、あたたかな手で、

 少し痛いぐらいの強い優しさで抱きしめられた感触は、

 忘れることなんてできないよ。


 ——パパに、ただ、側にいてほしかった。


 わたしを自由にするには、暗殺組織を抹殺する必要があったけど、その組織のネットワークは一家で対処するには多すぎた。


 そんな時にパパは姉のことを思い出したのだろう。

 あの無限の時間があればそれが可能であると。


 そして、本当にそれは起こり、

 シナリオ通りにパパのもとへわたしがやって来た。


 まさか、「親を殺して死ね」と言われる人生になるとは、夢にも思わなかった。

 不幸のレールは最初から敷かれ、わたしはただ、その上を歩き続けるしかない。



『もし雫を部屋に閉じ込めていたなら、苦しませずに済んだのかもしれない。


 しかし、佐々木といる姉の姿はあまりにも美しく見えた。

 それは、幸せそのものの景色に見えたんだ。


 そして私は、雫にもそうであってほしいと願ってしまった。


 きっとまた「嘘ばっかり」と怒られるかもしれない。

 それでも、私は本当に、雫に幸せになってほしいんだ。


 これを読んでいるということは、

 パパとの約束をまだ覚えていてくれたんだろうか。


 ありがとう。愛してる。


 パパより』



 全てを読み終えたわたしは、手紙を持ったまま、力が抜け落ちる。


 ——ああ、わたしはこれから死ぬんだな。


 なんでだろう。


 取り乱すこともなく、

 悲しむでもなく、

 拒絶するでもなく、

 わたしはただそれを受け入れている。


 わたしは、どうして自分自身がこの地獄を引き起こしたと気づけなかったのだろう。時間を止める能力を持ち、その力は代々受け継がれ、継承と同時に親の能力は消滅する——そんな事実は、すでに知っていた。


 そして、無限の時間が始まった。


 子供でも分かるような単純な答えなのに、なぜわたしは犯人に気づけなかったのか。そして、なぜ解決方法が分からなかったのか。


 ——いや、そうじゃないでしょ。


 死にたくなかっただけだ。

 たったそれだけのことで、碧を殺しかけている。

 殺人犯のエゴで、大好きな人を殺しかけている。


 ——わたしは、わたしが嫌いだ。


 手紙の文字を目で追いながら、綺麗な筆跡を指でなぞる。


「パパ、わたし、やってみるよ」


 これは、幸せのためでも、パパへの同情でもない。

 わたしと関わってしまったすべての人への、せめてもの償いのために。


 ——もう、終わりにしよう。


 わたしはリストの上から順に進めることにした。

 そこに住所は書かれているけど、地図はない。


 インターネットも使えないこの世界で、

 まずわたしがしなければならないのは地図を手に入れること。


 なんとも情けない話だ。

 苦笑がこぼれる。


 さらに、リストの最後に小さな文字で書かれている文章を見つけた。

 その内容に、わたしは息をのむ。


 『掃除屋は契約済み』


 掃除屋——それは、暗殺の後に証拠を処理してくれる後始末の専門組織のこと。


 殺さなくてもいいのか?

 でも、この手紙は、自分の命さえ捨てる覚悟で書かれたものだ。

 だったら、信じるしかない。


 わたしは、金属ケースに手紙を戻し、カバンの中にしまう。


 そして、パパを振り返ることなく、足を踏み出した。

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