第二十五話「決意」
「どこ行けばいいんだろー」
体育館を出て早々、わたしは迷っていた。
「行ってくるね」なんて言ったけど、肝心の目的地がない。
現在地は、学校から約2kmほど離れた坂道の途中。
目的もなく歩いているうちに、自然と足がこの道を選んでいた。
「なんとなくこっちに向かってるけど……いいのかな、これで。ちょっと、休憩、したい」
坂を登り切ったところにあるコンビニの駐車場に腰を下ろす。
息を整えながら、ふとコンビニのガラス越しに並ぶジュースを眺めた。
——今だったら、タダで飲めるんじゃない?
そう思った瞬間、体が反射的に拒否反応を示す。
パパの怒鳴り声が脳内に響いた。
「素行の悪い態度をとるな!」
夜遅く帰宅した日も、
髪を金色に染めた時も、
何度も何度も言われた言葉。
あの時の圧が、今もわたしの中で鳴っている。
たとえ時間が止まっていても、わたしは万引きなんかできない。
散々人を殺しておいて何を正義ぶってるんだとは思うけど。
——これから、どこへ向かおう。
もし、この完全に止まってしまった時間の原因が、わたしの能力にあるとして、それを解く方法が分かる人なんているのだろうか?
万が一存在したとしても、今は話すことさえできない。
でも、知っている可能性のある人物なら、たった一人だけ心当たりがある。
——パパだ。
話すことはできないかもしれないけど、
パパの部屋に何か手がかりがあるかもしれない。
家の中で、わたしだけで入ったことのない部屋、それがパパの部屋。
何かを隠しているとしたら、そこしかない。
「でも、家まで遠すぎるんだよね……」
学校から家までは、およそ30km。
徒歩で登校しているフリをしているけど、
途中から迎えに来てもらうのがいつものルート。
パパの方針らしいが、おそらく自宅の場所がバレると面倒だからだろう。
でも、今はスマホも車もない。
約七時間を歩くしかない。
「急がなきゃね」
立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
どこまでも伸びる路側帯の上を、はみ出さないように慎重に進む。
風はないのに、冷たい空気が肌を刺す。
快晴なのに、まるで霧が周囲を覆っているような、
そんな息苦しさが喉を締め付ける。
——碧、手帳読んでくれたかな。
志保の手に握らせたけど、碧のことだ。
普通にスルーしてましたってオチもあり得る。
むしろ、その方が碧らしい気さえする。
——でも、もし読んでくれたのなら、大丈夫。
いつも何も考えてなさそうに見えて、
実は誰よりも真剣に生きてる。
隣の席で、どこか遠くを見つめていたかと思えば、
わざとふざけた表情を作って笑ってみせる。
わたしの知らないことを、たくさん知っている。
わたしの見えないものを、たくさん見ている。
「……体温まってきたし、走ろっか」
カーディガンを腰に巻き、その場で腿上げをする。
そして、一気に駆け出した。
*
碧は裏門方向を捜索することに決めた。
今の状況では、東西南北、一つずつ虱潰しに調べていくしかなかった。
裏門を抜けると、すぐ目の前の大通りに出る。
そこでは、行き交う車がすべて停止していた。
「向こうの方まで……壮観だな……」
時間を止めているのが、人なのか神様なのか装置なのかは分からないが、
何者かによって急に時間が進み始めた時のことを想像してみた。
——車道は危険だ。
こういうときは、調子に乗らず歩道を歩くのがベストだ。
空は雲ひとつない快晴だった。
ディスプレイみたいな色彩で、不自然なほど青い。
歩道を進んでいると、
視界の先にファミレスへ入ろうとしている車が見えた。
「そういや、ここ、一年のとき三人でよく来たな」
思い出した途端、思わず吹き出しそうになる。
特に記憶に残っているのは、志保の提案で行ったときのことだった。
志保は新作パフェの情報を知ると、
何かのお祝いと称して無理やり理由をでっち上げる。
実際は、お祝いという名の『パフェを食べる口実』だ。
あのときはちょうど海の日で、『海を祝う会』だった気がする。
学校行事でもなければ、個人的にも何の縁もない海を、
いったい誰のために祝うのか。
もちろん志保も分かってはいない。
ああいう時だけ、生き生きと必死そうにするんだよな、志保って。
雫はというと、志保がこういう風に好戦的なときは、
口を挟まずじっと聞いている。
それで、流れで「行こうか」って話になったら、
「しょうがなく付き合ってあげてますよー」という雰囲気でついてくる。
——雫、甘いの好きだもんな。
本人の口からは聞いたことはないし、「好きだよな?」と聞いても「そこまでは」としか言わないが、甘党じゃなきゃそんな反応はしない。
思い出に浸った記念に、碧はファミレスへ足を踏み入れることにした。
「ん? ああ、そっか」
自動ドアの前で立ち止まり、碧は戸惑う。
一瞬、故障かと思ったが、そうではない。
時間が止まっているのだ。
——慣れないな。
仕方なくドアを手でスライドさせ、ファミレスの中へ入る。
明らかに自動ドアの見た目をしているのに、手動で開けるのは気持ちが悪い。
装置や動く人間がいないか見回りながら、
空いていた一番奥のソファ席へと向かう。
「この席を狙ってたよな。店員さんに『あそこの席でもいいですか?』って雫が聞いてさ。なんのこだわりだったんだろうか。今度ゆっくり聞こう」
ソファにもたれかかると、一気に全身の力が抜け落ちる。
手帳とペンを取り出し、冷静に状況を整理する。
「一回目。裏門→ファミレス。ここまで異常なし、と」
ファミレスへ向かう道中も、何か手がかりがないか探してはみたが、特に成果はなかった。
こうやって、少しずつ進んでいくしかないのだろう。
そして、この瞬間のことも、次のターンで忘れて、
また最初からやり直すことになる。
——心が折れそうだ。
だが、碧以上にきついのは雫のはずだった。
碧とは違い、雫はリセットされない。
ということは、この終わりの見えない息苦しさを、雫は背負い続けている。
今も、一人で。
——会いに行こう。
どこにいるのか、分からなくても。
それでも会いたい。
会わなきゃいけないと、碧はそう思った。




