第二十話「時間感覚」
「もしかして、あれかな、フラッシュモブ的な?」
「誰が誰に向けたモブなのよ、それ」
きっと、時間を止めたのは他でもないわたしだと思う。
なぜなら、わたしは願ったから。
この時間がずっと続けばいいのに、と。
ショッピングモールでは、碧と志保に仕事の姿を見せたくなくて、
パニックになった時に時間が止まった。
今回は、碧との時間が続いてほしいと願った時に、止まった。
気のせいにしては、出来すぎている。
「志保、ちょっと待っててね」
わたしたちは、動かない志保を残し、体育館中を回る。
そして、舞台裏のドアを開けた。
そこで、わたしたちが見たのは、泣きかけた教頭の顔だった。
「教頭、泣いてない?」
「ほんとだ」
こんな状況なのに、思わずクスッと笑ってしまう。
碧と目を合わせ、わざとらしく話しかけた。
「ねえ、碧。教頭の涙も止まってるんだね」
「確かにな、重力がないわけじゃない……」
碧は、近くに置いてあったガムテープを手に取り、目の前に掲げる。
そして、手を離した。
ガムテープは宙に浮いたまま、静止した。
「おお。こんな感じで止まるのか。だんだんルールが分かってきた」
「……碧、もしかしてこの状況楽しんでない?」
「そ、そんなわけあるか!」
碧は、宙に浮かぶガムテープを避けながら遊んでいる。
舞台上へと足を運ぶ。
そこでは、最初のシーンと同じ配置のセットが組まれ、
教室での後日談のシーンが展開されていた。
変わったのは、アイリとタイキの関係性だけ。
それだけで、同じはずの教室がまるで別の空間のように感じられる。
「こうやって間近で見ると、真壁さんだーって分かるんだけど、演技してる時は先生にしか見えなかったよな」
「だねえ。空想上の人物が、目の前にいるようで不思議な感覚だった」
他愛もない会話。
本当はこんなことしている場合じゃないのに、
わたしたちはこの与えられた時間に甘えてしまう。
——あれ、何分経ってる?
体感では、少なくとも三十分は経過している。おかしい。
わたしが時間を止められるのは、三十秒だ。
ショッピングモールの時も異常だったけど、ここまで長くはなかった。
明らかに、今までのケースとは違う。
「なあ、どうすればいい?」
碧が、はしゃぎすぎて肩で息をしている。
「……わかんないよ」
「だよな。雫に言っても仕方がないよな」
——クロノスタシスのことを言うべきだろうか?
きっと碧は信じてくれる。
そして、ここから抜け出すために考えてくれるはず。
「時間がどうやったら動き出すか考えてみよう」
でも、わたしは、それができないでいる。
「うん」
わたしたちはステージから飛び降り、元の席に戻る。
碧は席に座ると、ペンと手帳を取り出した。
「まず、状況を整理したいんだけど、色々とバーっと言っても大丈夫?」
「うん、大丈夫。わたしが書くよ」
わたしは碧から手帳を受け取り、ペンを握る。
「まず、突然時間が止まったってのが現状。未だに信じられないけど、さすがにフラッシュモブとしては長すぎる。もう何分経ったんだろう。時計も動いてないから分かんないけど、四十分くらいは経った気がする」
碧がゆっくりと視線を戻す。
「次に、時間を動かす方法が分からないってこと。しばらくすれば戻る可能性もあるけど、それを待ってても何も変わらないから、その可能性は一旦置いておこう。現状はこんな感じかな」
そして、碧がわたしに問いかける。
「雫、時間が止まったことに気づいたのはどうして?」
わたしはメモを取り終え、ペンを置く。
「うーん、台詞が途切れちゃったことかな」
「同じだ。それもそうか」
碧は、間をおいて、もう一つ問いを投げかける。
「俺が動いてるって気づいたのは? 俺、パニックになってて……雫に気づくの遅れちゃったんだけど」
「あの……手を、急に離した、から」
視線のやり場に困り、床を見つめる。
「……そっか」
沈黙が流れる。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……それよりさ。碧は他に変な点とか気づいた? ほら、読んだSF小説に出てくる話とかと比べてみて」
碧は顎に手を添え、何か考えるように視線を彷徨わせた。
「あ、そうだ。時間が止まる時に体の一部が止まるのを感じてから動けた」
「ん? どういうこと?」
「『右手の時間が止まってる』って認識した直後に、右手が動かせるようになった、みたいな」
「……ってことは、体の中でも時間が止まるのにラグがあったってこと?」
「そうそう、まさにそんな感覚」
わたしは手帳を握り直しながら、軽く唇を噛む。
——そんな話、聞いたことがない。
時間は一瞬で静止し、解放された瞬間にすべてが動き出す。
それがクロノスタシスだった。
「雫もラグがあったか?」
「いや、わたしには感じられなかったけど……」
「そっか。もしかしたら二人は違う状況にあるのかもしれないな。念のためメモしといてほしい」
「う、うん。書いとくね」
言わなきゃよかったか。
わたしはタイムラグのことをメモすると、手帳を碧に返した。
「他に何もなさそうなら、体育館を出てみない?」
「え? なんで?」
「ここだけ時間が止まってる可能性もあるかなと」
碧は一瞬驚いた顔をした後、
すぐにニヤリと笑ってわざとらしくガッテンポーズを取る。
「なるほど、頭いいな、雫。さては、コソコソSF読んでるだろ」
「読んでない」
読んでいるのはラブコメです。
碧はクスクスと笑いながら、手帳を胸ポケットにしまう。
「さてと。じゃあ、行こっか」
わたしたちは、無音の体育館を後にした。




