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第一話「文芸部vs演劇部」

 演劇部との話し合い当日。

 わたしたちは、演劇部の部室に集まっていた。


 文芸部の部室の1.5倍ほどの広さで、壁には大きめの棚が一つ。

 中央には長机が置かれ、その前にはホワイトボードが設置されている。

 レイアウトは文芸部とほとんど変わらないが、

 清潔感においては演劇部の方が圧倒的に勝っていた。


 部室には演劇部の部員が四人、長机に沿って一列に座っていた。

 わたしたち文芸部も、その正面に同じように並ぶ。


 妙な沈黙が続く中、端に座る眼鏡の男子が口を開いた。


「みんな、忙しい中集まってくれてすまない。演劇部部長の真壁だ。よろしく」


 重量感のある低音ボイスに、銀縁の眼鏡越しの鋭い視線。

 うちの部長とは違って、威厳のあるタイプの部長だ。


 そんなことを考えていると、碧が食い気味に口を開く。


「文芸部部長の白石です。今日はよろしくお願いします」


「今日、集まってもらったのは他でもない、文化祭についてだ。

 話は聞いていると思うが、今年は文芸部の脚本で演劇部が演じることになった」


 そう言った瞬間、目の前の男子がニヤニヤしながら手を挙げる。


「部長ー、演劇部副部長の日向でーす。なぜ今回は文芸部とのコラボをするんですかー?」

「顧問の朝日先生に『廃部寸前なんだから何か面白いことしろ!』と怒鳴られてな。どうしようか迷ってたところに、ちょうど文芸部の白石くんが声をかけてくれたんだ」

「だ、そうです。みんな分かったかな?」


 唯一の三年生同士である二人の話を聞き終えると、残りの五人がウンウンと頷く。


「それでは今から、どんな脚本にするかブレーンストーミングを始めよう。

 意見がある者はどんどん出してくれ」


 と、言われても困ったな。


 特に真壁さんが相手だと、なんというか……言い出しにくい。

 みんなも同じ気持ちなのか、誰も口を開かない。


 的外れなことを言ったところで怒られるわけじゃない。

 しかし、「それは違う」と言われた瞬間、怒られたような錯覚を覚えることは間違いない。


 そんな中、勇敢にも志保が手を挙げた。


「あ、あの、普段演劇部ではどんな脚本を演じてらっしゃるのでしょうか?」

「演劇部では、だいたいネットのアーカイブから選んで演じるな」

「よく演じられるジャンルとかって……」


 真壁さんは食い気味に早口で答える。


「不条理劇だ」

「え?」


 志保が口をぽかんと開け、つられて碧も同じ表情をしている。

 真壁さんはお構いなしに続ける。


「不条理劇しかしていない」

「悲劇とか学園モノとか…」

「不条理劇しかしていない」


 もう、『不条理劇』しか言わなくなってしまった。

 ——そもそも不条理劇って何だ?

 こっそりと、小声で同じクラスの花村美玖に尋ねる。


「……美玖、不条理劇ってなに?」

「……物語や会話が噛み合わなくて、『え、どういう意味?』ってなる芝居。

 人生に意味はないよねっていう、虚無感たっぷりのお話、かな」

「なるほど? 本当にそれしかやってないの?」

「部長も悪気はないの。毎回好きな話を選んでるだけなんだよ」

「でも、全部不条理劇なんだよね……?」


 美玖は、長い睫毛を三回ほど瞬かせて、苦笑いのように小さく頷いた。

 こう言う時は部長の仕事だぞと横を見ると、碧はいまだにぽかーんとしていた。


 ——大ピンチだ。 


 暗殺しかやってこなかったわたしでも分かる。

『人生の意味? ないよ!』みたいな演劇に、新入生が惹かれるわけがない。


 溜息を吐きながら、重い右手を挙げ言い放った。


「わたし、学園モノがいいと思います!」


 碧は涙目になりながら、机上の右手で親指を立てて『ナイス』のサインを送ってくる。

 わたしは『あとで覚えてろよ』という視線で返しておく。


「ほう、学園モノか。学園モノにも色々あると思うが、具体的には?」


 怖い。威圧感に圧倒されそうになる。

 大きく息を吸い込み、吐き出す。


「ラ、ラブコメとかどうですか」


 先月、碧と志保に教わった『小説ジャンル講座』が、まさかこんなところで役に立つとは。

 わたしの記憶に残っているジャンルは、ラブコメとSFしかなかったのはここだけの話。


「ラブコメは、守備範囲外だな……みんなは、どう思う?」


 美玖が目をキラキラさせながら声をあげる。


「学生ウケ良さそうだし、ラブコメいいじゃん!」


 美玖、ナイス!

 この流れを止めるわけにはいけない。


「今回はあくまでも学生ウケ狙い、という方針で進めるのはどうでしょう?

 ラブコメにするかは置いといても……」


 真壁さんは、渋い表情を浮かべた。


「学生ウケ……お互い零細部活だし、あんまりノリ気じゃないが、まぁそれでいくか」

「ありがとうございます!」


 胸の前で小さくガッツポーズすると、隣の碧も同じポーズをしてくる。

 耳の後ろが妙に熱い。

 

 少しざわつき始めた部室を鎮めるように、真壁さんが咳払いして話を続ける。


「よし、じゃあ、ラブコメを軸に話を進めよう——」

「ちょっと待った」


 手を挙げたのは副部長の日向さんだ。


「ラブコメはいいけど、そもそも演劇部って運動部に比べれば地味だし、恥ずかしい思いをしなきゃってところ、あるじゃん。その羞恥心を突破させるだけの魅力を見せられるか? もっと演技とか興味ない人でも『入ってみようかな』って思えるような内容がいい気がするんだけど。どう?」


 えー。


 その注目されてる感じがいいんじゃないのか演劇部って。

 びっくりだ。


 一同が微妙な唸り声をあげ、沈黙が落ちる。


 その均衡を破ったのは、一言もしゃべっていなかった一年生の男子、風間くんだった。


「あの、運動部っぽく見せるってのはどうでしょうか?」


 真壁さんが体ごと風間くんの方を向く。


「運動部っぽくというと?」

「演劇部に入っても動けるよ、みたいな……あれです。アクションです!」


 真壁さんはしばし思案顔になり、やがて首をひねる。


「……アクションか。俺たち、そんなのやったことないし、今後もやらないと思うが。なんか、文化祭見て入ってきた人たち騙してるみたいにならないか……?」


 日向さんがひらひらと手を振って笑う。


「ならないならない。大丈夫だってー、今回だけいつもやってます風を装ってだな。真壁だって、演劇部が潰れたら悲しいだろ?」


 そう言いながら、日向さんは真壁さんの肩に腕を回している。


「うん……それはそうだが……。

 まあいい、演劇部が存続するっていうなら、そうしよう」


 美玖と風間くんは顔を見合わせ、肩を撫で下ろしていた。


 なるほど。


 どうやら真壁さんの頑固さに手を焼いているのが演劇部の常で、いざというときに宥める役が副部長の日向さんらしい。何となく、演劇部員のコミュニケーションシステムを掴んできた。


 ——真壁さんの気が変わらないうちに早くしてくれ。


 わたしの視線に気づいた碧は口を開く。


「それでは、今年の文化祭の演劇は文芸部脚本によるラブコメアクションってことでいいですか?」


 真壁さんは、首に巻き付いた日向さんの腕を解きつつ頷いた。


「うん、それで構わない……よ」


 明らかに納得していない真壁さんの表情に顔を引き攣らせながら、碧は言葉を続ける。


「……では、この方針で脚本を書きますので、少し時間をください。

 今日はありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げる。

 真壁さんの顔をまともに直視する余裕もなく、

 わたしたちは演劇部の部室を後にした。




「ぷはー、つっかれたー」

 

 文芸部の部室に戻るなり、わたしは机に突っ伏した。


 完全アウェー環境に、上級生たちの鋭い視線。

 心身の疲労はピークに達していた。

 いや、ほとんど精神的疲労だろう。


 少し安堵して一息ついたあと、碧への怒りが込み上げてきた。


「にしてもさ、碧はなんで急に発言できなくなるかなー。ああいう場で」

「……ちゃんと見たか? 真壁さんの顔。怖かっただろ!」

「男を見せてよ!」

「雫の方がよっぽど男っぽ——」


 机に身を乗り出し、顔を近づけると、碧は両手を挙げて降参のポーズを取る。


「ん? なんか言おうとした? ん?」

「いえ! 何でもありません!」

「よろしい、よろしい」


 ちょうどその時、部室のドアがゆっくりと開いた。

 片手に二本のジュースを持った志保が入ってくる。


「碧くん、どっちがいい?」

「え、まさかの奢り!?」


 志保はご機嫌そうに体を左右に揺らしている。


「自販機で当たり出ちゃったんだー」

「すげえ、幸運! じゃあ、ファンタで!」


 碧は、渡されたファンタを両手で大事そうに抱え、一口。

 ……可愛い。


「……えー、碧だけずるいじゃん。志保、私のはー?」

「ラブコメ以外のジャンルをちゃんと覚えたらね」

「ぬぬ……」


 SFも知ってるぞ!と言い返そうかと思ったけど、「一個も二個も変わらない」と返される未来が見えたので、口をつぐんだ。


 志保は椅子に座り、持っていた麦茶を一口飲んでから口を開く。


「それはそうと、不条理劇にならなくて本当によかったよね。

 花村さんの話を聞く限り、かなり上級者向けみたいだったから」


 碧が腕を組み替える。


「雫のあの一言、まじでファインプレーだったな」

「そ、そうかな? ありがとう」


 平然を装おうとするほど、口元が緩みそうになる。

 意識的に顔を右へ向けると、志保が胸の前で挙手した。


「それで、碧くん。ラブコメアクションとは、何ですか?」

「ラブコメアクションってのは、つまり、あれだ。うん、あれだ」


 碧は、まっすぐ志保を見つめている。

 見つめているだけだった。


「つまり、思い当たる作品が一つもない、ということでよろしいですね?」

「はい、その認識で大丈夫です!」


 なぜか自信満々に言い切る碧に、わたしは目を細め、軽蔑の視線を送る。


「じゃあ、雫は? ラブコメアクションに何かアイデアある?」

「んー、具体的な作品はよく分かんないけど、

 中学生にも高校生にも共通して分かるような要素が欲しいかなって思う」

「……確かに。じゃあ、舞台は学校内にしようか」


 それまで沈黙し、どこを見つめているのかも分からなかった碧が、

 突然「バンッ!」と机を叩いて立ち上がる。


「わかった!」

「ん?」

「舞台はとある高校。主人公の男子高校生は、クラスメイトの高嶺の花に恋をしている。そんなある日、彼女の大切なものが何者かに盗まれる。涙に暮れる彼女を見て、主人公は立ち上がる。強大な敵に立ち向かい、彼女の奪われたものを取り戻すために——!」


 急なプロット発表に、わたしと志保は驚きつつも、思わず拍手した。

 碧は、絵に描いたような照れ笑いを浮かべながら、頭をかく。


「ところどころ、碧の願望が入り混じってるけど、話の流れはウケそう」

「全男子高校生の夢を詰め込んだだけだ」

「全男子高校生の中に、碧も入ってるじゃん」

「……雫、お前、鋭いな」


 志保は、わたしたちのやり取りをニコニコと眺めていた。


「碧くんのファーストインプレッションを信じて、その脚本で行こうよ。

 碧くん、この流れで作っていいかどうか、真壁さんに確認の連絡入れてくれる?」


 碧は、あからさまに顔を曇らせながら、ポケットからスマホを取り出す。


「……俺がしなきゃダメ?」

「お願いします」


 書いては消し、書いては消しを繰り返す碧のスマホ画面を見ながら、

 わたしはバッグの紐を肩にかけた。

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