第十八話「舞台裏の攻防」
「教頭先生、何かありましたか?」
「……中止させなさい」
教頭は荒い息をつきながら、大きな体を揺らしていた。
わたしは精一杯のとぼけ顔を作る。
「……はい?」
「だから、演劇を中止させなさいと言っている」
「いや、わたしたち、文芸部なので……そんな権限ないんですよね」
「じゃあ、なんで君たちがここにいる?」
——しまった。設定考えてなかった。
視線を落として黙りこくっていると、隣から志保が口を開いた。
「わたしたち、演劇部の手伝いに来たんです。人数が少ないから、転換の時に人手がいるって頼まれて」
志保の足が、小刻みに震えている。
「そうかい。関係者じゃないんだね。悪かったよ」
そう言いながら、教頭は調整室へと向かおうとする。
緞帳の開閉、音響調整ができる場所。
そこへ直接行って、演劇を強制的に止めるつもりだ。
——まずいな。
わたしは反射的に、教頭の前に立ちふさがり、腕を大きく広げた。
教頭は体をびくつかせると、眉間に皺を寄せる。
「な、なんのつもりかね?」
「い、いやー、せっかくですし、こちらから演劇をご覧になってはどうでしょうか? 舞台袖から見るのも、楽しいかもしれませんよ……?」
自分でも尻すぼみに言葉に力が無くなっていくのが分かる。
「……時間がないから、早くどきなさい」
教頭は、わたしたちの肩をぐっと掴み、強引に押しのけようとする。
よろめく志保。
びくともしないわたし。
その時、舞台裏のドアが開いた。
「ちょっと、教頭先生、何やってるんですか?」
——碧、遅刻だよ。
碧が、背後から教頭の腕をがっしりと掴んだ。
「誰だ、君は」
「白石です。こいつらと同じ文芸部です」
「今は君にも用はない。手を離しなさい」
「嫌ですよ。女子二人に迫ってるの、見過ごせませんし」
「誤解だ! 私は調整室に——」
「ダメです」
「なんなんだ、君たちは。本当に」
教頭が苛立ち、碧の手を振りほどこうとする。
その瞬間、碧は教頭を後ろから抱きしめた。
「な、何をす——」
咄嗟にわたしは教頭の口を手で塞ぐ。
大声を出されたら、演劇が強制終了になってしまう。
「椅子……椅子持ってきて! 志保!」
「あれでいい?」
「そのパイプ椅子で!」
志保は、音を立てないように椅子を運ぶ。
碧が教頭を座らせる。
「志保、ガムテープとロープとかその辺ない?」
「演劇部が小道具に使ってたから……あった!」
その声を聞いて、碧が教頭の頭の上から顔を覗かせる。
「志保、こっちにロープ持ってきて」
志保は、ぐるぐると巻かれたロープを両手で抱え、急ぎ足で歩く。
「じゃあ、志保、ここに結びつけて」
「え、えぇ……」
志保の手が、一瞬止まる。
「もう諦めよ、志保」
「うぅ……」
きっと、志保は共犯になりたくなかったのだろう。
気づいていたけど、巻き込みたかった。
志保は友達だから。
志保は、碧の指示通りに、教頭の腕と足をロープでしっかりと縛り上げた。
「……終わったよ」
「ありがとう、志保。次はこっちをお願い」
「……うん」
「わたしが『せーの』って言ったら、手を離すからガムテープを貼って」
わたしは、じわじわと手を移動させながら、
教頭の口元を完全に塞ぐ準備を整える。
「せーの」
わたしがスライドさせるように手を離し、
志保が素早くガムテープを教頭の口に貼りつけた。
「やっと解放されたー」
「おい、雫、こっちも手伝えー」
その後、しばらく教頭は抵抗を続けたが、
やがて静かになり、演劇を観始めた。
舞台上ではアイリの記憶を取り戻すために職員室へと忍び込んだタイキが、先生に見つかりそうになるシーンをやっていた。
突然、志保が客席側を指差す。
「あれ、教頭先生の娘さんじゃないですか?」
「え、どこどこ?」
舞台照明の光を隠すように手をおでこに当てる。
「ほら、左端」
——本当にいた。
「教頭先生、娘さんいらっしゃいますよ、って喋れないですよね……」
娘はじっと演劇を見ていた。
背筋を伸ばし見入っている。
目をぱっちりと開け瞬きひとつしていない。
ふと、教頭に目を戻すと、穏やかな表情でその様子を見つめていた。
そして、小さく首を横に振り、ガムテープ越しにモゴモゴと何かを言った。
「碧、先生、ガムテ外してほしいみたいだけど、いい?」
「え……いいよ」
剥がすと、教頭は静かに言った。
「もう、諦めるよ。君たちも演劇を観てきなさい」
急な教頭からの提案に、三人は思わず黙り込んだ。
その様子を察して、教頭は言葉を続けた。
「信用ならないなら、このまま置いていっていい。ただし、終わったらすぐに来ること」
「ありがとう、ございま、す……?」
碧が首をかしげながら、戸惑いの色を滲ませた声で礼を言う。
この状況に感謝するのも、何かが変な気がしたからだろう。
碧はわたしたちに視線を向ける。
「雫、志保、もう終盤だけど見に行こう」
「碧は最初の方、じっくり見てたからね。ずるい」
「後ろからビデオ撮ってるから、それで許して」
碧が申し訳なさそうに両手を合わせる。
わたしたちは舞台裏の出口へと向かい、そっとドアを開ける。
その瞬間、ふと振り返ると、
教頭は、食い入るように舞台を見つめていた。




