第十七話「文化祭開幕」
文化祭1日目、開幕。
吹奏楽部の演奏が終わると、場内は拍手に包まれた。
しかし、驚いたことに観客の多くは席を立たない。
むしろ、次の演目を待つようにその場に留まっている。
つまり、演劇を観るために残っている人が、それなりに多いということだ。
そんな中、文芸部の三人は体育館の左側の席に横一列に座り、最後の確認を行っていた。
中央に座る碧が、引き締まった声で言う。
「いよいよ、出番だ。気を引き締めていこう」
わたしは体育館の前方に目をやる。
教頭は、予定通りの席に座っている。
「わたしと志保は、今から舞台裏に行く。碧はここで教頭を監視し、もし動きがあれば止める準備をする。教頭がどちらで動いても、全員でそっちに集まって阻止する。これでOK?」
「OK。時間がないから、もう行った方がいいな。裏は頼んだぞ」
「任せて。志保も、頑張ろうね」
隣の志保を見ると、緊張しているのか、コクっと頷いただけだった。
わたしは立ち上がり、志保とともに舞台裏へのドアを開ける。
そこでは、暗がりの中、演劇部のメンバーが最終準備に追われていた。
衣装のチェック、台詞の確認、小道具の最終調整。
緊張感が漂っている。
スーツ姿の真壁さんがわたしたちに気づき、手を上げた。
「よう、夏目ちゃん、小松ちゃん。準備万端かな?」
わたしは軽く微笑み、「バッチリです」と答えつつ、右手でOKマークを作る。
特に何の準備もしていないのは、ここだけの秘密。
真壁さんは真剣な顔で頷くと、「頼んだよ」と一言残し、
他の部員の衣装を手伝いに行った。
わたしは、隣で黙りこくっている志保に声をかける。
「志保、大丈夫? 緊張してる?」
「え、うん。大丈夫だよ」
少し間が空いた後の返事だった。
「ならいいけど。こっちに来ても、わたしがなんとかするから任せて」
「……うん。ありがとう」
その返事も、どこか歯切れが悪い。
体調が悪いようには見えないけど、何か様子がおかしい。
でも、これから退学になりかねない無茶をするかもしれないのだから、
普通はこうなるのが当然なのかもしれない。
わたしが、こういう状況に慣れすぎているだけだ。
腕時計に目をやる。
演劇開始まで、あと五分。
緞帳の裏では、教室のセットが完璧に整えられていた。
四つの机と椅子、黒板、教壇——教室そのものを再現したステージ。
教壇には先生役の真壁さんが立ち、前列の椅子にはタクヤ役の風間くん、アイリ役の美玖、そしてタイキ役の日向さんが並んで座っている。
音響係の一人が真壁さんに声をかけ、
最終確認を終えると、調整室へと戻っていく。
——ついに、幕が上がった。
体育館に拍手が響き渡る中、
先生役の真壁さんが黒板に板書しながら話し始めた。
「今日の授業から確率に入っていく。数Iが終わったら、数Aに入るぞ。ここで脱落する人がちらほら出てくるから、ちゃんと聞くんだぞー」
アイリ役の美玖が、わざと目を細めながら黒板を指差す。
「ねえ、タクヤくん。あの板書、読める?」
隣のタクヤ役の風間くんが、美玖の方へと身を乗り出す。
「えっと……『同様に確からしい』だね。もしかして、アイリさんって視力悪い?」
「た、たまたま見えなかっただけだって!」
あんなあざとい表情できるんだな美玖って。
演劇部の実力を目の当たりにし、わたしは感心してしまう。
だが、隣から制服の袖をグイグイと引っ張られる感触に、
意識を舞台裏に引き戻された。
志保が口に手を添え、わたしの耳元で囁く。
「ねえ、始まっちゃったけど、教頭先生来ないね」
「……ちょっと様子を見てみるか」
わたしたちは体育館メインエリアへと繋がるドアを小さく開ける。
上がわたし、下が志保の順で、頭を重ねて隙間から覗き込む。
「しかめてるー、めっちゃしかめてるー」
「雫、足元も見て。貧乏ってあんなにゆすれるんだね」
「でも、止めてこないね……」
「意外と、やっちゃったら許してくれるパターン?」
「うん。怒られはするだろうけど」
ふと、教頭のすぐそばの碧に視線を移す。
「碧のやつ、ガッツリ演劇観てない? なんか前のめりになってるし。
音も大きいのに、絶対教頭が動いても気づかないって……」
その瞬間、舞台上から響く声。
「授業中に妄想なんて、はしたない。没収してやろう」
その台詞とほぼ同時に、教頭がゆっくりと立ち上がった。
追加したエピソードの前半には伏線として、後半で『先生は悪者ではないのでは?』と思わせるシーンを入れていた。しかし、それが伝わらなかったのか、それとも効果がなかったのか。
いずれにせよ、教頭の逆鱗に触れてしまったみたいだ。
「やっ、やばっ。こっちに向かってくる!」
「雫、どうする?」
「……って、碧、何やってんのよ!」
碧、未だに演劇に夢中だ。
——あのバカ。
「とりあえず、穏便に済ませられないか模索しよう」
二人でドアをそっと閉め、数歩下がる。
だが、作戦を立てる暇もなく、舞台裏のドアが静かに開いた。




