第十六話「最後の説得」
文芸部の部室に戻ったわたしたちは、さっそく脚本の修正作業に取り掛かった。
碧が主に手を動かし、わたしと志保が意見を出す。
訂正、議論、再修正。
それを繰り返すこと約一時間、ついに脚本が完成した。
そして、わたしたちは修正した脚本を手に、演劇部の部室の前まで来ていた。
ドア越しに、練習中の声が聞こえてくる。
「失礼します」
碧がそう言いながらドアを開ける。
初めて演劇の練習中に訪れた部室は、熱気に満ちていて、
まるで別の空間に足を踏み入れたようだった。
それに、酸素が薄い。
部屋の奥で真壁さんが椅子に座り、他の部員たちの演技を見守っていた。
真壁さんはわたしたちの姿を見つけると、少し疲れたような表情で口を開く。
「おつかれ。教頭を追い出す策でも見つかったか?」
「お疲れ様です。どうにも教頭を追い出すのは難しそうです」
「……つまり、ダメってことか」
「でも、教頭に見られても問題ない方法があるかもしれません」
「詳しく聞こうか」
わたしたちは、教頭が脚本に反発する理由についての推測を説明した。
そして、追加のエピソードを加えればその問題が解決できること、さらに、もし教頭が演劇を強制的に止めようとした場合の対策まで、細かく話した。
さすがに、最悪の事態に備えたシナリオには全員笑ってしまったけど。
「なるほど、大筋はわかった。それで……追加のストーリーってのは?」
真壁さんが興味を示した。
碧は修正した脚本を読み上げる。
「先生がアイリの記憶を奪ったのは、
空想の怖さを知っているからだった——
先生は子供の頃、アーティストになる夢を持っていた。
でも、その夢にしがみついて生きた結果、
何の役にも立たない時間ばかりを過ごしてしまった。
そして結局、夢を叶えることなく、教師になった。
先生は『空想』という怪物に振り回され、人生を無駄にしたと感じていた。
だからこそ、生徒たちにも同じ過ちを繰り返してほしくないと思った。
でも、タイキがアイリを助けるために行動する姿を見て、先生は思い出す。
かつて、どれほど自分がバカらしく見えるその『空想』に救われていたかを。
それがあるという事実が、どれほど自分を生かす力になっていたかを——」
碧が言い終えた後、真壁さんは少し間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……いい話だな」
その声には、ほんのわずかに温かさが滲んでいた。
でも、その直後、真壁さんは眉を寄せ、首を横に振る。
「でも……やっぱり無理だよ。もしそれで教頭が怒って、演劇部が潰れるようなことになったら、後輩たちに顔向けできない」
「何かあったら、文芸部が全責任を取ります」
真壁さんはカクっと首を傾ける。
「どうやって?」
「……たとえば、『文芸部に脅されて仕方なく演じた』ってことにしてください」
「そんな雑な言い訳、すぐバレるだろ」
「もし必要になったら、ちゃんと脚本を書きます。俺たち文芸部が『悪者』になるストーリーを」
一瞬の沈黙。
そして、真壁さんは笑った。
苦笑とも、呆れとも言えない表情で、頭を掻く。
「まいったな……白石くんの押しの強さには敵わない」
碧の瞳に輝きが戻る。
「わかった。やろう。その脚本で」
「本当ですか!?」
わたしと志保は思わず手を取り合った。
「でも、条件がある」
真壁さんは真剣な目で碧を見つめた。
碧が息を飲み込む音が聞こえる。
「明日になって『やっぱりやめよう』とかはナシだ。本番では、これ一本でいく。絶対に、途中で逃げるな。いいな?」
「はい! ありがとうございます! 絶対に、やりますし、きっと、大丈夫です」
「うん、頼んだよ」
真壁さんはそう言うと、立ち上がり、部員たちに向き直る。
「さて、またまた練習の変更だ。これで、本当に最後だぞ。みんな、水分取ったら再スタートな」
演劇部員たちから、地底から響くような呻き声が上がる。
「では、よろしくお願いします」
碧が一礼をし、部室を後にする。
わたしと志保もそれに続いた。
その時、誰かがわたしの腕を掴んだ。
「雫……許さないから……わたしは、絶対に許さないからな……!」
「ご、ごめんって……」
視線を向けると、そこには美玖がいた。
そういえば、「台詞が覚えられない!」とか嘆いていたっけ。
週明けにお詫びとしてお菓子でも持ってこよう。
わたしは苦笑しながら手を振り解き、静かに部室のドアを閉めた。
廊下に出るなり、碧が深く息を吐く。
「……終わった。やっと、終わった……」
「明日、絶対に成功させようね!」
志保はまだ『やってやるぜモード』継続中らしい。
目がバキバキに開いている。
「とは言っても、明日の計画もあるんだけどね」
わたしはポツリと呟く。
それからわたしたちは、部室に戻り教頭が憤慨してしまった場合の計画を立て、帰宅した。
そして夜——
わたしはお風呂から上がると入念にストレッチをしてから、深い眠りにつく。




