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第十四話「教頭追放計画」

 文芸部の部室。

 時計の針は14:00を回っている。


 わたしは志保と並び、机を挟んで正面に座る碧を見た。

 志保がメガネのブリッジに指をかけ、軽く押し上げる。


「……碧くん、どうするつもりなのかな」

「うぇぇっと」

「うぇぇっと?」


 志保のメガネの奥の瞳が、ギラリと光る。

 脳が、本能的に警告を発している。

 それほどまでに志保が怖い。

 碧、君は今、一番触れてはいけないスイッチを押したのかもしれない。

 

 ——これは、まずい。


 わたしは両手をブンブン振りながら、二人の視線を遮ろうと試みる。


「おーい、二人ともー、聞こえてますかー」

「……」


 挫けるな、わたし。


「じゃあ、まず、状況を整理してみようよ」


 わたしは手元の紙にささっとメモを取りながら話し始める。


「まず、わたしたちの脚本を見た教頭が、物語中の先生が『負ける』という設定に激怒→脚本の取り下げを顧問の朝日先生に命じる→朝日先生はそれを承諾→それに激怒した碧が真壁さんと話し合い、『文化祭当日の演劇を教頭に見せない』ことを決定→しかし、どうやって見せないかの作戦は決まっていない……こんな感じ?」


 二人はこくこくと頷く。


 あれ、二人とも喋らないな?

 これ、わたしが仕切る流れになっちゃった?


 仕方ない。

 本職で鍛えた状況把握能力を見せてやろう。


「順を追って、必要な情報を手に入れよっか。まず、一番大事なのは、教頭の一日のスケジュール」


 わたしは、碧に視線を向ける。


「ねえ、文化祭当日って、先生の配置とかの情報ってもらえたりしないの?」

「文化祭の全体スケジュールと、会場マップしかない。先生の動きとかは書いてないな」

「そっか。でも、あれだけキレてたなら、絶対来るよね」

「まあ、間違いなく来るだろうな」

「じゃあ、そのスケジュール見せて」


 碧がカバンから紙を取り出し、机の上に広げる。

 一日目、二日目が両方記載されている。


 わたしは、緑のマーカーを手に取ると、

『演劇』の一つ上に書かれている『吹奏楽』の欄を塗り潰した。


「この『吹奏楽』の時間帯に、教頭を連れ出すのがベスト」

「理由は?」

「教頭を拘束する時間は、できるだけ短く抑えたほうが成功しやすい。そして、この時間帯は、出店やお化け屋敷みたいな常時開催の企画は続いてるけど、限定イベントは何もない。となると、教頭がいる可能性も高い……どうかな?」


 ふと目をやると、志保の怒りのオーラは消えていた。


「……吹奏楽には教頭は絶対来ると思う」

「なんで?」

「吹奏楽部の友達が言ってた。教頭は、ストーカーみたいに見に来るって」

「……え、ストーカー?」

「うん。去年も小さい公演まで全部チェックして、ベタ褒めしてたらしい。うちの吹奏楽部は地区でも有名だから、外部向けのアピールとしても把握しておきたいんじゃない?」

「……なるほど、じゃあ、その時間に確実にいるわけだ」


 わたしは、赤のボールペンを手に取り、

 スケジュール表の『吹奏楽』の隣に大きく印をつける。


「そうと決まれば、演奏中に教頭を連れ出して、わたしたちの演劇が終わるまで、ざっと2時間弱、体育館の外に閉じ込める方法を考えればいいってことになるね」


 碧はお手本のようにキョトンとしている。


「ここまで、ついてきてる?」

「うん、大丈夫。てか、今日の雫、すごいな。キレッキレ」

「ん? いつもこんな感じだよ?」


 ——さすがにやりすぎたか。


 わたしは、さらに別の項目に赤ペンで丸をつけた。


「ここまでの情報から考えると、やるべきことはシンプル」

「……何?」

「教頭がそこに行くしかない状況を作る」


 視線を誘導し、ターゲットの意識を奪う。

 これ、本職の常套手段。


 碧が、わたしの手からボールペンを奪い、ペン先をカチッと収める。


「できるだけ長時間拘束するなら、体育館から一番遠い校門付近のポテトフライの出店はどうだ?」

「ポテトフライ?」

「火を使ってるし、ちょっとした騒ぎを起こすのに適してそうじゃないか?」

「うーん……でも、小火程度だと、すぐ消されて終わりそう」

「教頭が駆けつける前に片付いても意味ないしな」


 碧はボールペンを器用にクルクルと回す。


 椅子がゆっくりと床を擦る音が響く。

 志保が立ち上がった。


「調査に行こうよ」


 その瞳は、すでに決意に満ちていた。




 志保の一言で、わたしたちは『教頭追放計画』の調査を開始した。

 といっても、何か具体的な作戦があるわけではなく、文化祭の準備が進む校内を巡り、何かヒントになりそうなものを探すという、いささか場当たり的なものだった。


 志保がマップを開き、指で次の目的地を示す。


「次は、三階に行こう」


 階段を上がると、ちょうどお化け屋敷の準備が行われている教室にぶつかった。

 黒いビニールシートが窓や壁を覆い、暗闇を演出している。

 衣装を着た生徒たちが、懐中電灯を片手に動きを確認している。


 閉じ込めるには、うってつけの場所だ。


 碧が、教室の前の廊下を行ったり来たりする。


「ここ、絶対いいと思うんだけどな」

「わたしもそう思う。でも、二時間も閉じ込めるとなると、ちょっと厳しいよね」


 志保が腕を組み、考え込む。


「それに、ここの人たちが協力してくれるかどうかも問題だよね。メリットがないと動いてくれないんじゃないかな」


 協力のメリットか。


 文化祭では、各クラスや部活動が来場者数を競うランキングがあり、アトラクション部門とグルメ部門の二部門で争われる。各部門のトップに輝いた団体は表彰され、そのメンバーの名前が一年間、学校の掲示板に掲載される。


 この事実が生徒たちを熱くさせる。


 ——青春の魔法。

 そんな青春にわたしたち文芸部は付け込もうとしている。


「協力してくれたら、お礼にお客さんを呼んでくるのはどう?」


 わたしの提案に、志保がメガネを指で押し上げながら、

 真剣な目でこちらを覗き込んでくる。


「ちょっとその話、詳しく」

「えっと、例えば、一時間教頭を閉じ込めることができたら、二日目に二十人の客を連れてくる契約、みたいな?」


 教室の前をうろうろしていた碧が、ピタッと足を止めたかと思うと、

 わたしの両肩に手を置いてきた。


「雫、お前、天才だな」


 反射的に、碧の手を振り払う。


「でしょ? でも、そもそも二時間も拘束するのって無理じゃない? 力技でやったら、普通に停学になってもおかしくないし」


 志保が手にしていたマップを折りたたむ。

 一方、碧はまた行ったり来たりを再開した。


「長時間拘束するなら、それなりの理由が必要だよね。だから、まずは教頭について知ろうよ」

「でも、どうやって?」

「教頭と同じやり方で」


 志保が、張り付いたような笑顔を向けてくる。


「教頭先生の『見られたくないもの』を見よう」

「いやいや、どうやるのよ」

「同じやり方で仕返しすればいいよ。職員室に行って、教頭先生の机を覗き見る。終わり」

「その『終わり』って……」


 なんだその強行策。


 だけど、志保の言い分にも一理ある。

 二時間もの間、先の予定がある教頭を拘束するのは相当難しい。

 そのためには、何らかの『弱み』か『拘束せざるを得ない状況』が必要になる。


 碧がこちらに歩み寄る。


「なんかいい案出た?」

「碧も少しは考えてよ」

「こうして考えてるってー」

「志保が『教頭先生の弱みに付け込みたい』って」


 志保が両手をぶんぶん振り、全力で否定する。


「そんなこと言ってない! 教頭先生の情報をもっと知ろうって話!」


 碧が、ようやく真剣な顔をする。


「じゃあ、今から職員室に行こう」

「何か策は?」

「んっとね……」


 言葉を濁しながら、碧はすでに職員室の方へ歩き出している。

 わたしたちには、時間がなかった。


「まず、職員室に入って朝日先生に話しかけて、交渉するふりをする。その隙に、他の人が教頭の机を覗き見る。以上。」

「いやいや、そんな簡単に覗き込めるもんじゃないでしょ。第一、教頭の机って一番奥の席でしょ? 朝日先生の席と離れてるかもしれないし」

「大丈夫だ。朝日先生の席は、教頭の席のすぐ近くの島。この前、真壁さんと職員室に行った時に確認した」

「なるほどね……じゃあ、それに賭ける、か……」


 他に方法が思い浮かばない以上、やるしかなかった。


 一抹の不安を抱えたまま、わたしたちは職員室の前に辿り着いた。


 碧が、職員室の後ろの窓にそっと近づき、中の様子を探る。

 ゆっくりと顔を窓枠の内側に出し、数秒間じっと中を見つめる。

 そして、こちらに向かって親指を立てると、すぐに戻ってきた。


「今、チャンスだ」


 碧は、小声で話し出す。


「教頭がいない。しかも、朝日先生はいるけど、他の先生は三人くらいしかいない。たぶん、文化祭準備の最終確認や見回りで、職員室を空けてるんだろうな」

「この機を逃したら、もう次はないかもしれないってことね」

「そういうこと。行くぞ」


 わたしたちは、決意を固め、行動に移す。

 作戦開始だ。

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