表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/45

第十二話「動揺はわたしを狂わせる」

 碧と志保がここにいること自体は、不自然ではない。

 このショッピングモールは、学校からそれほど遠くないのだから。


 でも、なんで二人きり?


 文芸部と演劇部の会議の後に、ここへ来た?


 わたしは、志保のことを知らない。

 わたしは、碧のことを知らない。


 水族館。

 三人で行ったあの日、わたしは二人とはぐれた。

 そして、合流したとき、志保の様子が明らかにおかしかった。

 何かがあったのだろうとは思ったけど、直接聞くことはなかった。


 だから、二人だけでカフェに行ってみた。

 でも、志保は何も言わなかった。

 ただ、わたしに謝っただけだった。


 あれはもしかして、碧と付き合ったことを隠していたの? 

 もしそうだったとしても、志保がわたしに謝る理由はない。


 それなのに。


 それなのに、わたしは怖かった。


 知りたくなかった。

 見たくなかった。


 何が怖いんだろう。


 志保に知られるのが怖い。

 碧に知られるのが怖い。

 二人を失うのが怖い。


 どうすればいい?


 このまま、真っ直ぐ歩けば、二人と鉢合わせる。

 でも、今のわたしの姿を見られて、どうなる?

 見られたところで、何も起きない。

 きっと、二人の目には、ただの買い物客のわたしが映るだけ。


 なのに、どうしようもなく、怖い。


 引き返す?


 不自然すぎる。


 横道に逸れる?


 わたしはどうすればいい?


 わたしの中で何かがぐちゃぐちゃになっていた。



 

 ——その瞬間、時間が止まった。




 志保と碧は向かい合ったまま、笑顔で固まっている。


「え?」


 わたしは、クロノスタシスを使っていない。

 なのに、どうして時間が止まった?


 そんなことは後だ。

 今はこの場から離れる方法を考えろ。


 わたしは、二人の横を駆け抜け、ターゲットの近くへと走る。

 十分な距離を稼ぎ、二人からの視界に入らない位置へ移動する。


 ——うるさい、うるさいうるさい。


 呼吸を整えながら、ゆっくりと歩く。


「……この位置なら、大丈夫」


 誰に言うでもなく、ただ、自分に言い聞かせるように呟く。

 怖くて、そう呟かずにはいられなかった。


 次の瞬間、周囲の音が一斉に耳に流れ込む。


 わたしは、ターゲットから目を逸らさないように集中する。

 そして、さっきまでの感情を仕事の中に沈めた。




 その後も尾行は続けたがチャンスには恵まれず、最終的にはホテルに潜入していた。

 ターゲットの男が電話で話をしている。


「明日の朝一番の便で帰るよ……エリカの友達が来たって? ああ、そうか。うん、ありがとう。お土産、たくさん買ったからね。……ああ、愛してるよ」


 このチャンスを逃すわけにはいかなかった。

 パンツドレスの右足に隠したナイフを手に持ち、

 音を立てずに大きなストライドで一気に距離を詰める。

 するともうターゲットの顔は目の前にあった。


 手が震える。

 鼓動が早まる。

 男の温かい吐息が、わたしの顔にかかる。

 

 怖い。何が怖い?

 この人を殺すのが怖い?

 それとも……


 瞳が半月型に弧を描いている。

 無邪気な笑顔が、脳裏に焼き付く。

 ナイフが男の胸に深く沈み込む。

 生暖かい感触が、手を通して伝わってきた。

 鉄錆の匂いが、部屋中に広がる。

 男の笑顔が、歪んでいく。


 ターゲットを刺殺した後も電話越しの女性の声はしばらく続いた。


「……もしもし? あなた? ……もしもし?」


 わたしはそれを止めなかった。

 カーペットに広がる赤い染みを見つめながら、わたしの手は震え続けていた。


 脈を確認した後、パパに電話をかける。


「……パパ、今、終わった」

『確認は』

「済んだ」

『分かった。ご苦労様』


 パパに電話を入れると、ホテルの部屋を後にし、伊藤さんにメッセージを送る。

 ホテルを出て、裏道に入ると、伊藤さんの車がちょうどのタイミングで停まった。後部座席に乗り込む。


「お疲れ様でした。お嬢様」

「……疲れたよ。伊藤さん」


 伊藤さんは、車を発進させる。

 車内には、重苦しい沈黙が流れていた。

 わたしは、先ほどの出来事を頭の中で何度も再生していた。


「……伊藤さん」

「はい、お嬢様」

「……わたし……怖い」

「何が、ですか?」

「……わたし……人……殺すの……怖い……」


 伊藤さんは、一拍呼吸を置いて応えた。


「お嬢様……あなたは、一人じゃないですよ」

「……わたしの本当の姿知られたら……きっと、わたし」

「そんなことはありませんよ、お嬢様」

「……わたし……このままで……いいのかな?」

「お嬢様……」


 伊藤さんは、ルームミラー越しにわたしの目を見つめた。


 頭が痛い。

 ぐちゃぐちゃだ。


 ショッピングモールで碧と志保を見かけた。

 楽しそうに笑っている二人を見て、胸が締め付けられるように痛かった。


 見られたくない。

 そう思った瞬間、世界が静止した。


 ——まるで、神様がわたしの願いを叶えてくれたかのように。


 幼少期以来の、制御不能なクロノスタシス。

 使う頻度と何か関係があるのだろうか。

 体は平気だから、余計に分からなくなる。


 この力に、わたしは支配されているのだろうか。


 窓の外で、街の灯りが、ぼんやりと流れていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ