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第十一話「暗殺者の動揺」

「あ、伊藤さん、こんばんはー」

「お嬢様、お待ちしておりました」


 伊藤さんはいつも通り、伊藤さんのまま完璧な伊藤さんをやっている。

 わたしが物心ついた時から、ずっと変わらない。

 あまりにも変わらなさすぎて、時々思う。


 ——伊藤さんの体だけ、時間が歪んでるんじゃないか?


 そんなことに身ぶるいをしながら、

 わたしは今日も伊藤さんの運転する車で仕事へ向かっていた。


 今日の仕事は19:00スタート。

 だったら、もう少し演劇部の部室にいても良かったんじゃないか?


 思わず頬を膨らませると、ルームミラー越しに伊藤さんと目が合った。


「どうされました、お嬢様。そんなに頬を膨らませて」

「……何でもない」

「今日はそんなに仕事に行きたくないのですか? 珍しいですね」

「そんなんじゃないから」

「失礼いたしました」


 淡々とした伊藤さんの返答。

 わたしはじっとルームミラーを見つめ続ける。


「……もう、ちょっと聞いてもいいんだよ?」

「聞いてほしいのですか?」

「そんなんじゃないから」

「……今日、何かありましたか?」

「伊藤さんがそんなに聞きたいなら、しょうがないなー」


 わたしは、わざとらしくため息をつきながら、それでも話し始めた。


「今日ね、文芸部でね——」


 それから、しばらくの間、わたしは一ヶ月間の文芸部での出来事を伊藤さんに話し続けた。

 どうしてこんなにも、すらすらと言葉が出てくるのか、自分でも不思議なくらいだった。

 考えるより先に、口が動いてしまう。

 言葉が溢れ出して止まらない。


「伊藤さんにこんな話しても困るのに、いっぱい話しちゃった」

「いえ、楽しそうなお嬢様が見れてわたしは嬉しいです」

「……しんどかった話をしたよね? え、もしかして全然聞いてなかったの?」

「申し訳ありません。ですが、久しぶりにこんなに饒舌なお嬢様を見ましたので、つい」

「そう?」

「……ええ」


 それっきり、なんとなくぎこちなくなって、会話は途切れた。

 わたしは、窓の外の流れる景色へと視線を向ける。


 今日の標的は、ショッピングモールを運営する経営者。

 飛行機で現場まで来ているようで、明日の帰り道が有力候補。

 しかし、情報が若干不足していることもあり、今日から機会を伺うことになっている。


 情報によると、今回の暗殺は成功すればニュースでも大々的に取り上げられるらしい。

 ——それがどうしたっていうんだ。


 ショッピングモールは、そんなに遠くないところにあり、

 移動経路の確認のためうろうろと遠回りをしているところだ。


 ここには以前来たことがある。

 ファッションブランドから食品に至るまで実にさまざまな商品を取り揃えている。

 高価格帯なものばかりでウィンドウショッピングで終わった記憶がある。


「お嬢様、もうそろそろ到着いたします」

「早いね。あれ、近くで降ろすんじゃないんだ、今日」

「はい。本日は立体駐車場ですので、一階に停めて見張りながら待つ形になります」


 脳内でシミュレーションを繰り返しながら、外の景色に視線を移す。

 気づけば、すでにショッピングモールの立体駐車場が見えていた。


 ——ここでは殺れない。


 立体駐車場は、その構造上、外からの視線が入りやすい。

 わたしの仕事において、余計な証拠を残すのは愚の骨頂だ。


 地下駐車場でクロノスタシスを使って暗殺を決行し、ターゲットを瞬時に仕留めたあの日。確かに仕事は成功したが、その場で発生した血痕の処理が思った以上に手間取り、掃除屋の手配がギリギリになった。


 おかげでパパには大いに叱責され、

 慎重に計画を立てるよう何度も念を押されていた。


 今回の立体駐車場は四階建て。

 要人を乗せた車がどの階に駐車するのかは不明だけど、過去の経験上、セキュリティの観点から最上階である四階を選ぶ可能性が高い。

 一般の車と接触しにくく、逃走経路も確保しやすいからだ。

 護衛にとっても、見晴らしのいい場所の方が不審者を発見しやすいはず。


 ——だからといって四階に停まるとは限らない。


 要人護衛のパターンは決まっているようで、時々予想外の選択をする。

 目立たぬよう、あえて二階や三階に停める可能性もある。


「一階の入場ゲートが見える位置に停めて」


 ターゲットの車が入る瞬間をしっかりと見届け、その動きを追う。

 どの階に停まるのか、それを確実に見極めるために。




 三十分後。

 予定よりも遅れて、ターゲットの車が現れる。


「さっ、何階かな。伊藤さん、何階だと思う?」

「三階……でしょうか」

「え、なんで?」

「敢えて、です。車の様子からして、一般車に紛れるつもりかと」

「なるほど。鋭いね、伊藤さん。でも、わたしは四階だと思うなー」


 わたしは、いたずらっぽく笑う。


「予想に負けた方が罰ゲームね」

「……罰ゲーム?」

「そう。わたしが勝ったら、伊藤さんはわたしにワンピースをプレゼントするの」


 伊藤さんが、わずかに動きを止める。


「……はあ」

「あ、心配しないで。どのワンピースにするかは、今日見てくるから」

「……いえ、そういう心配はしていないのです。わたしが勝った場合は何をしてもらえるのですか?」

「ヨシヨシしてあげる」


 伊藤さんの顔が、一瞬、見たことのない複雑な表情になった。


「……はあ」


 伊藤さんはさっきよりも気の抜けた返事をした。


 その声とは裏腹に、徐行で登っていく車を、間に車を一台挟んで淡々と追う。

 三階に差し掛かった時、前の車が駐車し、ターゲットの車がさらに上へと進む。

 四階に到着し、ターゲットの車が駐車スペースに収まるのを確認したわたしは、右手でピースを作り、ルームミラー越しに伊藤さんを見た。


「やった! わたしの勝ち!」

「……到着しましたよ。早く行かないと」

「えー、反応薄いなー。約束破っちゃダメだからね!」

「……どのワンピースを選ぶのか、きちんと決めてきてください」

「はーい! 行ってきます!」


 今日の仕事は、幸先がいい。


 どんなワンピースにしようかな。

 清楚な感じ? いや、それはわたしに似合わないか。

 でも、そういうのが……いいんだよね。

 もっと、リサーチしておけば良かったな。


 運転席と助手席から降りたのは、

 肩幅の広い外国人と、日本人のスーツ姿の男。

 二人が車の後部座席のドアを開けると、ターゲットが姿を現す。

 白髪の混じった眼鏡の中年男。

 事前にもらった写真よりも、少し年老いて見えた。


 わたしは、ターゲットとの距離を約十メートルに保ちつつ、慎重に尾行を開始する。ターゲットが止まれば、自然と別の方向へ向かうか、視線を逸らし、適当な場所に身を隠す。


 ターゲットと護衛たちは四階のエレベーターへ向かう。

 わたしは、階段を使って二階へ降りる。

 二階には、ショッピングモールへの連絡通路があったからだ。


 二階でエレベーターの階数表示に目をやる。

 ——当たり。


 ドアが開くと、ターゲットと護衛たちは他の客と接触することなく降りていく。

 わたしは身を潜め、タイミングを見計らいながら尾行を続ける。




 一時間が経過。

 ターゲットはショッピングモールを隅々まで視察していた。

 店舗に立ち寄り、従業員と話し込み、時折メモを取る。


 わたしは本屋の一角で適当な本を手に取りながら、その様子を観察した。


「……これだけ人がいたら、ここでの実行は厳しいな」


 ショッピングモール内は、平日の夜にも関わらず人の流れが絶えない。

 尾行をしながらも、暗殺のタイミングを計るが、

 ここでの実行はリスクが高すぎる。

 やはり狙うべきは帰り道かホテルかな。


 わたしは適当に手に取った本を棚に戻し、再び通路を歩く。


「尾行に集中しすぎるな。周囲に仲間がいる可能性も考えろ」


 パパとの訓練で何度も繰り返し言われた言葉。

 だけど、どうしても尾行対象ばかりに注意を向けてしまう。


 わたしは意識的に視線を散らし、周囲の人々へと注意を向けた。

 小さな子供を連れた母親と子供、中学生の男子四人組、

 老夫婦、ベビーカーを押す女性。

 

 何の変哲もない、人々の営み——


「……なんで、碧と志保がいるの?」

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