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不滅のリーシャと破滅のオスカー  作者: スズシロ
奇跡と不幸と理不尽と
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奇跡と理不尽

 翌日、検問が撤去され馬車の往来が元に戻ったので二人はソルテ行きの馬車に乗って町を出た。最初に乗った頃よりも随分と客が減っている。終着駅まで乗る乗客はそこまで多くないようだ。


「オットーはどうなるのだろうか」


 検問所の横を通りすぎた時、ふとオスカーがそんな事を口にする。


「……まぁ、悪くはならないと思いますよ」

「そうなのか?」

「『視力を補う魔道具』は貴重ですから。それを売り出せば莫大な資産が手に入る。それを賠償金に充てる事が出来ますよと被害者の地主さんと警備隊宛に手紙を出しておきました」

「というと?」

「一生飼い殺しかもしれませんが、命を取られることは無いかと」

「……なるほど」


 オットーには()()がある。「視力を補う魔道具」を作る技術を持っているのはこの世にただ一人、オットーだけだ。原料や研究に金はかかるが、大金を払ってでもその魔道具を欲しがる人間は山ほど居る。


「大切な人の目を治したい人は大勢いるでしょう。その中にはいくら払っても良いから魔道具が欲しいという方も多くいるはずです。

 需要があるんですよ、オットーさんの魔道具には。それを作れるのがオットーさんだけとなれば、彼が金の卵を産む鶏であると誰の目から見ても明らかでしょう」

「罪を許す代わりオットーの魔道具を専売で売る権利を得れば、盗まれた宝石以上の利益を得られるという訳か」

「壊された宝石は戻ってきませんが、傷ついた心を癒すだけの金は得られます。人質が居ればオットーさんも逃げ出す事はできないでしょうし」

「人質……まさか、マリーを?」

「そうなるでしょうね」

「……」


 マリーがいる限りオットーは逃げ出せない。極端な話、マリーを娶ってしまえばオットーを一生縛り付ける事が出来る。オットーの技術が明らかになれば争奪戦になること間違いなしだ。マリーもオットーも命の保証はあれどこの先平穏な生活は出来ないだろう。


「まぁ、被害者が多そうなのでどうなるかは分かりませんが。とりあえず()()()()()()()()()()とは思いますよ」

「悪いようにならないというか、最悪の事態は免れたというか」

「仕方のないことです。私だって出来るなら返して欲しいですよ。祖母の遺品を」

「ああ、そうだったな」


 せめて試作品である義眼が残っていたら許せたかもしれない。美しいと思ったのだ。馬車の中で見せて貰ったオットーの義眼も、マリーの目に嵌ったロードクロサイトの義眼も。


「そういえば、ロードクロサイトって別名シアンローズと呼ばれているのはご存知ですか?」

「シアンローズ?」

「昔シアンという国があった場所で良く採れるので、その地名から『シアンローズ』という名前が付けられたんです」


 そう言って収納鞄から白い縞の入ったピンク色の石を取り出す。


「これがあの原石と同じ石なのか?」


 オスカーが地主の家で見たのは濃いピンク色をした美しい原石だった。母岩に大きな結晶がいくつも取りついており、傷も内包物も無い透明度の高い結晶が印象的な原石だ。

 対してリーシャが収納鞄から取り出した石は磨かれてはいるものの、不透明で地主の原石と比較すると薄いピンク色をしており何やら白い縞模様が沢山入っている。

 とても同じ種類の石とは思えない。


「このような縞模様が特徴的な石なので、地主さんのロードクロサイトのような透明感が高くて大きな標本は珍しいんですよ」

「そうだろうな。リーシャの石を見ていると良く分かる」

「ただ、透明では無いから価値が無い訳ではなく、この模様の愛らしさに魅了された蒐集家も沢山居るんですよ。模様が入っている石って一つ一つ違う顔をしているから集めがいがあるんです」

「気に入った模様の石を集めるのも楽しそうだな」

「ええ。それこそ蒐集物コレクションって感じがするでしょう?」

「ああ」


 勿論、透明度が高く内包物が少ない宝石質なロードクロサイトの方が宝飾品や魔道具の核としての需要はある。だが、カボションカットに加工してインカローズ独特の模様を楽しむ者も多い。

 宝石の楽しみ方は人それぞれ、千差万別だ。


「それにしてもあの義眼、良いカットの仕方をしていましたね」

「カットとは、宝石の加工のことか?」

「はい。義眼一つにつきどれくらいの量のロードクロサイトを使用しているのかは分かりませんが、結晶の塊から上手く傷や内包物が無い箇所を切り出していたなと……」

「確かに、見ただけじゃ石で出来ているなんて分からなかったからな」

「盗んだ石を勝手に破壊するのは許されない行為ですが、やはり彼には類い稀な才能があります。あの才能をもっと活かせる環境に生まれていれば……と思わざるを得ません」


 人は生まれ落ちる環境を選ぶことが出来ない。もしもオットーがオスカーの様な恵まれた環境に生まれていたら……。オットー自身、何度もそう思ったことだろう。

 オットーは決して貧しい生活をしていた訳ではない。高価な舶来品の魔導炉を買えて立派な一軒家に住んでいた両親の元に生まれ、父親が亡くなってからも豊かな生活を送るには十分な収入があったはずだ。義眼職人は安月給ではない。


 ただ、宝石を消耗品として扱うには金が足りなかった。妹の目を治すためには質の良い高価な宝石が必要だが、どの宝石が妹の目に合うのか分からない。

 一つ二つならば手持ちの金で工面出来たが、適合する石を見つけるまでとなると難しい。それこそパトロンのような資産家が手を差し伸べてくれるような奇跡が起きなければ、自力で研究を完遂させることは出来なかっただろう。


「奇跡が起きていれば――。ですが、滅多に起きないことだからこそ『奇跡』と呼ぶのです」

「彼には奇跡は起きなかった」

「ええ。ですがそれを不幸だと嘆いて犯罪に手を染めるのは間違っています。そもそも、人生は理不尽な物です。オットーさんが不幸だというのならば、オットーさんに蒐集物を壊された私の方がもっと不幸だと思いませんか?」

「……やっぱりそうだったのか?」

「はい。話から推測するに、恐らくスミソナイトでしょう」


 リーシャは収納鞄から蒐集物のリストを取り出すとスミソナイトの項目に大きくバツ印を付ける。


「薄い水色の鉱物で、ボコボコとした形が可愛らしい立派な鉱物標本でした。まるでお菓子みたいな見た目をしていて、お気に入りの標本の一つだったんです。

 それを盗んで砕いた挙句にゴミ捨て場に捨てたと」

「……」


 なんと声を掛けたら良いのか分からずオスカーは言葉に詰まってしまった。リーシャの心情は察するに余りある。


「一応警備隊の兵士にはこちらが被った被害を伝えた上でオットーさんから捨てた場所を聞きだして探して欲しいとお願いをしておきました」

「見つかると良いな」

「随分前の話でしょうし、難しいでしょうね。それこそ見つかったら奇跡です」

「奇跡とは、実際に起こりえるから奇跡と呼ばれるんだ。難しいかもしれないが、可能性が無いわけじゃない。情報を得られただけでも良かったじゃないか」

「まぁ、そうですけど」


 実際、もしもオットーやマリーと同じ馬車に乗り合わせなかったら一生スミソナイトの所在は分からなかっただろう。そういう意味では既に奇跡が起こっているとも言える。


(だからって既に砕かれて捨てられた後だなんて。やっぱり人生は理不尽な物だ)


 奇跡とは、滅多に起きないから奇跡と呼ばれる。しかし全く起きない訳ではないから奇跡として語り継がれるのだ。

 オスカーの言う通り奇跡が起きるのを待つしかないと、遠のいていく検問所を眺めながらリーシャは何とも言えない気持ちになったのだった。

8章はこれで完結となります!

この話はずっと書きたかったお話で、何度も何度も書き直してようやく完成させることが出来ました。

次章も引き続きよろしくお願いいたします。


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