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研究の代償

「どうして……どうしてこんなことを……」


 リーシャの隣で涙を浮かべるマリーにオットーはうなだれたままぽつりぽつりと訳を話し始める。


「探していたんだ。マリーの目に合う宝石を」

「私の目に合う宝石……?」

「体の機能を補う魔道具を作るには使う本人と相性のいい石が必要だ。私が作ろうとしていた視力を補う魔道具には一体どんな石が合うのか分からなかった。

 いくら試作品を作ってもうまく行かず、こうするしかなかったんだ」

「宝石は高価ですから、試作を重ねるのにも限度がある。だから盗みを働いたと?」

「そうです。良い魔道具を作るには質のいい宝石が必要だと聞いて……。私にはそんなお金はありませんでしたから」

「方々で盗みを働いていたと。祖母の遺品を知っていたのもそのせいですね?」

「……そうです」


 「はぁ」とリーシャは大きなため息をついた。


(薄々そうかなとは思っていたけど)


 試作に使われたということは、すでに()()()()()()()()()()()ということだ。覚悟していたとはいえ落胆の色を隠せない。


「ちなみに、何の石だったんですか?」

「……確か、水色でボコボコした……」

「水色でボコボコ? ……まさかスミソナイトですか?」

「鉱物に詳しくないので名前までは。鉱物商の店のショウウィンドウでマリーに似合いそうな色の石があったのでつい」

「盗んで砕いたと?」

「申し訳ありません」


 ヘラヘラとうすら笑いを浮かべるオットーに反省の色は見えない。オットーは盗んだ鉱物や宝石の名前を覚えていないようだった。


(いや、覚えていないというよりも興味が無いんだ)


 オットーにとって宝石や鉱物はただの素材。その価値や美しさなどどうでもいいのだろう。妹の目に合いそうな色の石を見つけては盗んで砕き、試作品を作る。それを繰り返してきたような口ぶりだった。


「その壊した石はどうしたんですか?」

「捨てました」

「捨てた? どこに?」

「以前立ち寄った町のゴミ捨て場に。証拠を持ったままという訳には行きませんから」

「はぁ……?」


  カッと頭に血が上るのを感じる。捨てた? しかもゴミ捨て場に? 祖母の蒐集物を?


 もしもオットーがまだ手元に残骸を所持していたならばそれを回収して修復することが出来た。義眼制作に使われてほんの少ししか残っていなかったとしても、細かい破片をかき集めて小さな裸石くらいは作れたかもしれない。

 だが、その希望はオットーの「捨てた」という無慈悲な言葉によって粉々に打ち砕かれた。ゴミ捨て場に捨てられたということはとうの昔に燃やされたか埋められたかしているだろう。


「ありえない……」


 目をつり上げて拳をわなわなと震わせるリーシャからオットーはきまずそうに目をそらした。祖母の遺品に対するリーシャの思いを馬車の中で聞いて知っているからだ。


「私、気づかなくて……」


 リーシャの隣でマリーのか細い声がした。


「お兄さまの顔も私の顔も数日前に初めて見たから、そういうものだと、家族だから同じ色の瞳なのだと疑いもしなかったのです……。目が見えるようになって初めて自分の瞳を見て、なんて綺麗なんでしょうと感動して、大好きなお兄さまと同じ瞳の色だと、心から嬉しかった。

 だけど、お父様とお母様の写真を見て、リーシャの話が本当なんだと分かりました。二人とも私たちとは違う目の色をしていたから。

 でも何故? この目が義眼だというのなら、何故お兄さままで義眼を身につけているの? お兄さまは目が見えていたはず! それなのに……なんで?」


 そう言ってマリーはオットーに詰め寄った。そう。オットーは目を患っている訳でもない。至って健康な青年だった。それが何故、わざわざ自らの目玉を摘出して義眼をはめているのか。マリーには分からなかったのだ。


「その理由は、おそらくさきほどマリーが口にしていた通りですよ」

「私が……?」

「マリーが視力を取り戻したときに同じ瞳の色でありたい。そう思ったのではないですか?」

「……半分正解です」

「半分?」

「効果が分からない物を大切な妹の体に入れるわけにはいかないでしょう。だから自分の体で試したんです。私とマリーは兄妹ですから、魔力の質も似ている。私が使って問題なければマリーにも害はない。そう思って」

「そんな!」


 つまり、自分を実験体として使ったのだ。義眼の魔道具は未知の技術だ。どうやったら視力を復活させることが出来るのか、義眼技師の息子というだけで医学の知識も魔法の知識もないオットーにとって義眼魔道具の開発は茨の道だった。

 それでもオットーが義眼の魔道具を完成させることが出来たのは、妹の目を治してやりたいという執念と、妹への深い愛情があったからである。


「大変でしたよ、これを完成させるのは。父はただの義眼技師で、私は魔道具に関してはただの素人でしたから。休日に大きな町に出て魔道具技師に頭を下げて魔道具づくりの基礎を一から学びました。町医者に目の構造や視力について尋ねに行ったこともあった。みんな『そんな魔道具が作れるはずがない』って笑っていましたが、私はどうしても妹の目を治してやりたかった」

「あなたの技術力には感服しました。本物の目と同じように作用する義眼なんて大発明ですよ。もしも正当な手段で作られた物ならば、皆拍手をもってあなたを迎えたでしょうね」


 実際、この義眼は画期的な発明だ。いくらでも金を出してオットーを迎え入れたいという商人や貴族は大勢いるだろう。

 不幸だったのは、オットーの研究を理解し、手を差し伸べてくれる人が居なかったことだ。宝石という高価な原料を使う以上、ただの義眼技師であるオットーが一人で研究を続けるのは不可能だった。


(もしも一人でも義眼技師の組合に彼を信じてくれる人が居たら……)


 夢物語などと思わずに「視力を補う魔道具」に賭けてくれるような、熱意のあるパトロンが居たら……。オットーは罪を犯さずに済んだかもしれない。


(けれど、それは理想論だ。現実はそんなに甘くはない)


()()()()()……ですか。叶うならば、私もそうありたかった」


 オットーは諦めに満ちた顔をしていた。


「誰も信じてくれなかった。そんな魔道具が出来る訳がないと。もしも貴方にもっと早く出会えていれば何か変わったでしょうか」

「もしもの話をしても仕方ありません。今更それを考えても何にもならない。ただの想像でしかないのですから」


 リーシャの言葉にオットーは項垂れた。


 オットーの背後にあった闇に突然いくつもの光が灯る。驚いたオットーが振り向くと、そこには大勢の兵士とオスカーの姿があった。


「リーシャ、検問所から兵士を連れて来たぞ」

「ありがとうございます」


 オスカーはリーシャに頼まれて近くにある検問所に兵士を呼びに行っていたのだ。「強盗の犯人と思わしき人物がいる」と告げると兵士達はすぐに着いて来てくれた。


「貴女は足止め役だったんですね」

「申し訳ありません。先ほどの反応から、恐らく今夜にでもこっそり町を出て行かれるだろうなと思ったものですから」

「見逃しては頂けませんか?」

「もう無理だとお分かりでしょう?」


 背後を囲む兵士を見てオットーは寂しげな表情を浮べた。いくらオスカーが「強い」と太鼓判を押す腕の持ち主であってもこの量の兵士とリーシャ達を振り切って逃げるのは無理だと悟ったのだ。


「リーシャさん、お願いです、お兄様は私の為にこんなことを……! どうか酷い事はしないでください」


 暗闇の中にマリーの悲痛な叫び声が響く。


「私はどうなってもいい……お兄様のことはお許しください……」


 リーシャに縋りつくマリーを見ていられなくてオスカーはつい目を背けた。妹と同い年くらいの子供が泣いているのを見るとつい助けてやりたくなってしまうからだ。

無理だと分かっていても尚懇願しつづけるマリーをリーシャは優しく引き離すと「ごめんなさい」と言った。


「それは出来ません。宝石を盗まれたり壊された方々が居るのです。オットーさんはその罪を償わなくてはならない」

「でしたら、出来る限りお返しします! 私に出来る事ならばなんでも……! この眼も、全てお返ししますから!」

「駄目だ、マリー! お願いです、せめて妹の目だけは……せっかく見えるようになったんです! マリーの目だけはお許しください」


 地面に頭を擦りつけて懇願するオットーを兵士が引き立てる。取り調べを行うために一度検問所へ連れて行くのだ。


「お兄様!」


 マリーは兵士に連れていかれるオットーの後を追った。追い払おうとする兵士に縋りつき「私も連れて行って下さい」と何度も何度も繰り返す。


「一緒に連れて行ってあげてください。彼女からも話を聞いた方が良いと思います」


 リーシャは兵士の一人にそう告げると、兵士にあることを耳打ちした。兵士は驚いたような表情を浮べると「分かりました」と返答を返し、地面に座り込んで泣いているマリーを抱き起すと「行くぞ」と声を掛ける。

 リーシャとオスカーは町の入口に佇んだまま、暗闇の向こうへ消えて行く二人の姿をただ黙って見送った。

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