突き付けられた証拠
夜、暗くなった町から出て行こうとする人影が二つ、町の入り口に佇んでいた。なにやら口論をしているようで、町明かりに照らされた影がゆらゆらと揺れている。
足止めを食らい徒歩で別の町へ移動する者も多く居たため、その二人の口論を気にする者はいないようだ。
「ソルテまで行かないんですか?」
背後から聞こえてきた声に人影の動きが止まる。
「リーシャさん……」
オットーは一瞬驚きのあまり体を硬直させたが、すぐにリーシャの方へ体を向けると「何かご用ですか?」と答えた。
「町から出て行かれるように見えたので」
「気のせいですよ。星を見たくてちょっと郊外まで散歩をしようと話していた所なんです」
「お兄さま!」
マリーは何か言いたげだが、オットーが制止する。その様子を見たリーシャは懐から強盗に関する警告書を取り出した。
「これ、オットーさんのことですよね」
「……」
オットーは黙ったままリーシャが掲げた警告文を見つめていたが、ふっと笑うとリーシャに問いかけた。
「違いますよ。何を根拠にそんなことをおっしゃるのですか?」
「その目、義眼ですか?」
「……!」
リーシャの指摘にオットーは顔をこわばらせた。
「そんな訳、ないじゃないですか。義眼というのはあくまでも目があるように見せる為のもの。実際に目が見えるようになる訳ではないんですよ。もしもこの目が義眼だというのなら、私の目が見えているはずがない」
「そうでしょうか。確かにそれがただの義眼ならば見えるはずがありません。でも、もしもその義眼が魔道具だったら? 眼球の代わりに視力を得る魔道具だったらどうでしょう」
「そんな道具がある訳がない」
「私もそう思っていました。でも、そうであったら説明が付くんです。この強盗事件も、私の祖母の遺品を何故あなたが知っていたのか、そしてマリーの目が何故見えるようになったのか」
「ばかばかしい」
オットーは吐き捨てるようにそう言うとマリーの手を引いて歩き出した。明かりも持たず、怖がるマリーを気にもとめずにまっくらな夜道へ歩みを進める。
「エリク・グランジェ」
背後から聞こえてきた聞き慣れた名前に足が止まった。
「あなたのお父様ですよね? トスカヤで義眼技師をされていた」
「……人違いでは?」
「昔、エリクさんの家で仕事をしました。そのご縁で息子さんが生まれた時に手紙を頂いたんです。手紙には一枚写真が同封されていて、あなたに良く似たエリクさんの姿が写っていました」
「それは本当ですか?」
マリーはオットーの手をふりほどくとリーシャの元へ駆け寄った。
「リーシャさんは私のお父様とお母様の写真を持っているのですか?」
「はい。ご覧になりますか?」
エリクから送られてきた手紙を収納鞄から取り出しマリーに手渡すと、マリーは震える手で封筒から写真を取り出した。
「ああ……」
マリーの口からため息にも似た声が漏れる。
「お兄さまにそっくり。お父様とお母様はこんなお顔をしていたんですね」
桃色の大きな目からぽろり、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。今まで一度も見たことがなかった父母の顔、記憶にはないが本能的にそこに写っているのが両親だと分かる。大好きな兄に良く似た父を見て疑いようもないとマリーは感じた。
「……リーシャさんのことは、父から良く聞かされていました」
マリーの様子を見て観念したのか、オットーが重い口を開く。
「昔ガラスを溶かすための炉が壊れてしまったことがあって、そのときに宝石修復師を呼んで直してもらったと。なんでも舶来の貴重な魔導炉だったらしく、核を修復して貰ったおかげで廃業せずに済んだ。お前がこうしてご飯を食べられるのもリーシャという修復師のおかげなんだと、度々話していたものです」
「そんな話、私は聞いたことがないです」
「お前が生まれる前の話だよ。母さんが死んで父さんは変わってしまったから」
「オットーさんも気づいていらっしゃいましたよね?」
「はい。リーシャさんに馬車の中で以前会ったことがあるかと聞かれた時にふとこの話を思い出したんです。それまではすっかり忘れていたし、リーシャさんの名前を聞いてもピンとは来なかったのに……。まさか二十年以上も前に父と会った人がこんなに若い娘さんだとは思いませんでしたから」
「……それはそうでしょうね」
自分が生まれる前に父の依頼を受けた人間が、まさか妹と同い年位の少女だなんて夢にも思うまい。
「一体どんなからくりなんです?」
「認識阻害の魔法です。便利でしょう?」
リーシャはふふ、と笑うとポンチョの下から丸い石がついたペンダントを取り出して見せた。
「なるほど、それは便利ですね」
「あなたが義眼だと確信したのはマリーの話を聞いたからです」
「マリーの?」
「数日前、朝起きたら急に目が見えるようになった」
「マリー! 話したのか?」
「ご、ごめんなさい」
「ですが、マリーが話したのは自分の目のことでしょう。それが何故、私が義眼だという話になるんですか? 話が飛躍しすぎていませんか?」
「大事なのは数日前、ということです」
リーシャは強盗の警告文を改めてオットーの眼前に掲げる。
「この強盗事件が起きたのは私が麦の町に着いた直後、つまり五日ほど前のことです。そして盗まれたのはロードクロサイト、あなた方の瞳と同じ色の鉱物です」
「……まさか」
マリーは何かを察したようで悲鳴にも似た声を出した。
「あなたは盗んだロードクロサイトを使って義眼を作ったのではないですか?」
「何の証拠があってそんなことを」
「そのロードクロサイトは私が修復したものです」
オットーは思わず「あっ」と呟いた。
「強盗に入られる少し前に、持ち主である地主さんから依頼を受けて修復したんです。なんでも手が滑って床に落としてしまったらしく粉々に砕けてしまっていて、元の形に戻すのに難儀しました。つまりあのロードクロサイトには私の魔力が多量にこびりついているはずなんです」
「……」
「瞼の上からでもいい。あなたの目を触らせていただければはっきりしますよ。魔力の判別は宝石修復師の十八番ですから」
真っ青な顔をしたオットーを見たマリーはそれが肯定を意味する沈黙なのだと悟った。そして自分の目が急に見えるようになった意味を知り、絶望にも近い気持ちを味わっていた。




