明かされた事情
「マリーはオットーさんのことが本当に好きなんですね」
「はい! お兄さまは私にとって唯一の家族ですから」
「唯一? 失礼ですが、他にご家族は?」
「母は私を産むときに……。父は少し前に病で亡くなりました」
「それはなんというか……ご愁傷様です」
「ありがとうございます。兄は目の不自由な私をいつも支えてくれて、とても感謝をしているんです」
「……目を患っていらっしゃったんですか?」
「あっ!」
マリーはハッとした様子で口を噤む。
「とても目を患っているようには見えませんが」
「……他の人に言ってはいけないと言われているのですが」
そう言ってリーシャの隣に椅子を寄せると耳元に口を近づけて小さな声で囁いた。
「実は、お兄さまが私の目を治してくださったんです」
「医療魔法か何かですか?」
「さあ……。ある日、朝起きたら目が見えるようになっていたのです。私、とても驚いて……」
「それはいつのことですか?」
「つい最近です。本当に数日前のことですわ。だから、もしも変なことをしていたらごめんなさい! こうして透明なグラスを見るのも、私初めてなんです」
いとおしそうにグラスの縁をなぞるマリーの手をリーシャは険しい顔で眺めていた。
(やはり、そうなのだろうか)
日の光を反射して美しく光る桃色の瞳を見つめる。まるで宝石のような魅力的な輝き。それがもしも例えではなく本当のことだったら……?
「そんなに見つめないで! 恥ずかしいわ!」
リーシャの視線に気づいたマリーが目を伏せる。
「すみません、マリーの瞳があまりに美しい色だったので」
リーシャはそう言うともう一歩踏み込んだ質問をした。
「長い間旅をしていますが桃色の瞳というのは見たことがなくて、つい見入ってしまいました。オットーさんも同じ色の目をしていらっしゃいますよね? ご家族みんな同じ色をされているのですか?」
「分かりませんわ。私、お母様の顔もお父様の顔も見たことがないんです。お兄さまの顔を初めて見たのもつい数日前のことだから……。この色ってそんなに珍しいんですか?」
「少なくとも、私は一度も見たことがありませんね」
少し冷たい声色に何かを察したのか、マリーはリーシャから目をそらすと黙って俯いた。
「マリー!」
沈黙を破ったのは駆け込んできたオットーの一声だ。駆けてきたのか息を切らしている。オットーの後方にはオットーを走って追いかけるオスカーの姿が見えた。
「お兄さま、どうしたの?」
急に現れたオットーに流石のマリーも驚いたようだ。
「いや、大丈夫かと心配になって……」
「本当にお兄さまは過保護なんだから」
「……」
どこか元気のない様子のマリーに気づいたオットーはリーシャを睨みつけた。リーシャはそれを気にもかけずにじっとオットーを見つめ返す。確信を得た。そんな目をしていた。
「マリー、買い物に行かないか? 野営で使った資材を補給したいんだ」
「仕方ないですね。では、リーシャさん、また後で」
「ええ、また後で」
カフェを出ていく二人と行き違いでオスカーがカフェに駆け込んできた。去っていく二人を眺めながら「良いのか?」とリーシャに尋ねる。
「構いませんよ。もう用事は済みました」
「ということは、分かったのか?」
「ええ。大凡推察通りかと」
「……そうか」
オスカーはリーシャの向かいの席にドカッと座ると大きなため息をついた。
「なかなか骨が折れる仕事だったみたいですね」
「マリーがマリーがと煩くてな。引き留めるのに苦労をした。酒を飲ませても酔わないし、いくら話を逸らそうとしてもマリーの話に戻ってしまうし……。あまり時間が稼げず申し訳ない」
「いえ、十分ですよ。ありがとうございました」
リーシャは片手を挙げて店員を呼ぶとアイスチョコレートを注文した。
「なんだ? それは」
「アイスチョコレートです。この店の名物らしいですよ。頑張ってくれたのでご褒美です」
「そりゃあ有り難い」
疲れた後の体に濃厚な甘さが沁みる。一仕事を終えたオスカーはつかの間の休息を楽しんだ。