家族というもの
「すみません、検問に時間がかかっておりまして……順番待ちをしているのですが今日中町を出ることは難しそうで……」
翌朝、指定された時間に停車場へ行くと御者が申し訳なさそうに頭を下げた。予想通り今日はこの町に足止めされるようだ。
「マリー、よければ今日は二人きりでおでかけしませんか?」
「え? 宜しいのですか?」
リーシャの提案にマリーは目を輝かせた。
「リーシャさん、ご迷惑になるでしょうし危険ですから私もご一緒……」
「オットーさん。女同士、殿方には聞かせられない秘密の話をしたいのです。ご遠慮いただけますか?」
リーシャはマリーの手を取り自らの側に引き寄せると腰に手をやりにこりと微笑んだ。
「きゃっ!」
マリーは口に手を当てて真っ赤な顔であわあわしている。オスカーはオットーの肩に手を置くと首を横に振った。
「オットー、過干渉は嫌われるぞ」
「え?」
「俺も同じくらいの年頃の妹が居るから分かるのだ。あのくらいの年頃の娘は気むずかしい。あまり干渉しすぎるのは良くないぞ」
「そ、そういうものなのですか……?」
「そうだ。今日くらい良いじゃないか。小さな町だし、何かあればすぐに駆けつけられるさ。どうだ? 俺と一緒に一杯やろう。男同士でしか出来ない話もあるだろう」
(これで良いか?)
オスカーがチラッとリーシャの方を見るとリーシャはニコリと笑みを浮かべたまま「オットーさん、オスカーのことを宜しくお願いします」と頭を下げた。
「では、行きましょうか」
酒場の方へと向かうオスカーとオットーを見送ってからリーシャはマリーの手を引いた。
「一体どちらへ?」
「特に決めてはいないのですが、何かやりたいことや食べたいものなどありますか?」
「美味しいおやつを……。お茶を飲みながらリーシャさんのお話を聞きたいです!」
「分かりました。では、駅舎でどこか良いお店がないか聞いてきますね」
駅舎の職員にどこか良い店がないか聞き込みをし、停車場から少し離れた大通り沿いにあるカフェを教えてもらった。人通りが多い場所に面しているので若い娘二人だけでも安心だろうとのことだ。
「こぢんまりとしていますが、活気があって良いお店ですね」
そこまで広い訳ではないが清潔感のある居心地の良さそうな店内だ。旅の途中と思われる若い夫婦や地元の娘達など、若者に人気がある店のようだった。
「皆様同じような物を頼まれていますね」
「アイスチョコレートでしょうか」
よく見るとどの机にも同じ飲み物が乗っている。可愛らしい模様の入ったガラスのコップに入った茶色い飲み物だ。上にはアイスクリームが乗っている。
「この店の名物でしょうか? 私、あれにします!」
「では、私も同じ物を」
せっかくなので人気がありそうなアイスチョコレートを注文することにした。
「あの、早速なのですが色々と質問をしても良いでしょうか?」
注文を済ませるとマリーはぐいと身を乗り出した。話を切り出すタイミングを伺っていたのか、そわそわとしている。
「どうぞ」
「リーシャさんとオスカーさんはどこで出会ったのですか?」
「私たちの馴れ初めですか? 先日お話したとおり、私たちは家同士が決めた婚約関係でして……初めて直接オスカーと会ったのは、私が彼の国を尋ねた時でした」
「リーシャさんはオスカーさんとは違う国の生まれなのですか?」
「はい。私の国は魔法が発達した国で、オスカーの国に技術を伝えるために嫁ぐことになったのです」
「まぁ……!」
(嘘は言っていない)
大体合っている、というやつだ。
「国を越えた愛だなんて素敵ですわ!」
「そうでしょうか」
「ええ! オスカーさんのどこに惚れたんですか?」
「惚れ……そうですね。一目惚れ、という感じではありませんでした」
「と言うと?」
「正直、最初は冴えない男だなという印象でした。やつれていて服はくたくただし、すぐに騙されて一文無しになったりして」
「まあ、そんな事が!」
「でも、一緒に過ごすうちに気づいたんです。彼は誰よりもまっすぐで実直で、不器用なところがなんだか可愛いなって」
「あれだけ年上の殿方を可愛いだなんて、リーシャさんは大人ですね!」
運ばれてきたアイスチョコレートを啜りながらマリーは頬を手にやった。彼女にとってオスカーは二回り以上も年上の男性である。それを「可愛い」と言ってのけるリーシャに羨望のまなざしを向けている。
「オスカーとはあまり年の差を感じないのです。だから一緒にいて心地がよいというか、安心するというか」
「リーシャさんとオスカーさんは家族なのですね」
「家族?」
「私もお兄さまと一緒にいると心地が良くて安心しますもの!」
「……なるほど」
正直「家族」という言葉に良い印象はない。厳しい祖母と店の仕事をリーシャに押しつけたいのが見え見えの両親、魔法の修練を積まずに甘やかされて育った自由奔放な妹。彼らがリーシャにとって良き「家族」であったかというと、残念ながらそうとは言えないだろう。
だからこそリーシャは彼らから離れるべく旅に出た。「家族」である繋がりを捨て、姓を捨て、ただのリーシャとして旅をしている。それが気ままで性にあっていたのだ。
(家族)
オスカーの家族は皆仲がいい。イオニアに居たのはほんの短い間だったが、仲むつまじい両親と気兼ねなく話せる兄弟姉妹。温かくて平穏な、「良き家族」だと思った。
(そうか、本当ならばこういう繋がりのことを家族というのか)
オスカーとはまだ正式に婚約した訳ではない。互いに想いを伝え合ってはいるが、イオニアで正式な手続きを踏んだわけではないからだ。
そんな二人が何故「婚約者」だと名乗っているかというと、それはフロリア公国での契約があるからであり、いわば仕事としての形だけの「婚約者」であることには変わりがない。
「家族とは、こういう物なのですね」
目から鱗が落ちた、というよりは「なるほど」と新たな気づきを得たような感覚だ。
「……?」
マリーはリーシャの言葉の意味が良く分からなかったようで首を傾げている。
「いえ、実家とは折り合いが悪いものですから今まで家族や家庭を持つことの良さが良く分からなかった物で」
「そんなご事情があったなんて、つらいことを思い出させてしまってごめんなさい!」
「良いんです。なるほど、と思っただけなのでお気になさらず」
リーシャはアイスチョコレートをずずっと飲み干すと話を切り返した。




