オットーへの疑念
二つ目の中継地点に到着したのは日が暮れる直前だった。日没前に町へ入ろうと町の入り口には馬車の行列が出来ている。収穫感謝祭で混み合っているせいか停車場に停めきれない馬車が近辺の道に溢れていた。
「今日は宿がいっぱいだそうです」
停車場の駅舎で情報収集をしたリーシャが外で待っていたオスカーの所へ戻ってきた。
「この混み具合だ。仕方あるまい」
「どこか空いている場所で野営をしましょう」
こうしている間にもひっきりなしに馬車が町に入ってくる。早めに場所を探さなければ野営をする場所もなくなってしまいそうだ。
「停車場の近くはもう空いてなさそうだな。少し離れた場所に行くか」
「駅舎で聞いたところ、向こうにある広場を臨時の野営地として解放しているそうです。そちらに向かいましょう」
「分かった」
臨時で解放されているという駅舎から少し離れた大きめの広場に向かう。町の中心部から少し離れた場所だが、近隣の飲食店は旅人で賑わっているようだった。
広場にはすでに大勢の旅人がおり、各々夜を明かす準備をしている。天幕を張っている者もいればそのままの格好で寝そべっている者もおり、野営の様子は人それぞれだ。
リーシャとオスカーは広場の端の方に天幕を張れそうな少し開けた空間を見つけ、そこで野営をすることにした。
「オスカーと野営をするのも久しぶりですね」
「そうだな。最近は町で夜を明かすことが多かったからな。どれ、手伝おう」
リーシャの収納袋から取り出した天幕を慣れた手つきで設営する。初めてリーシャと野営をした時は小さな収納袋から大きな天幕が出てきたのに驚いたものだが、今はもう慣れっこだ。
天幕の仲に敷き布を敷き、寝袋を二つ設置する。周囲に竈を組めそうな石がないので買っておいた薪を組み、その上に鍋を吊り下げることにした。
「火よ、我らに恵みを与えたまえ」
パチッと空気がはじける音がして薪に火がついた。
「今日は干した魚を使った鍋にしましょう」
「もしかしてアルバルテで買ったやつか?」
「はい。戻し汁が良い出汁になるんですよね。何種類か買ってあるのでまずはそれを水で戻しましょう」
大きい方の収納鞄から包み紙に包まれた干物を取り出す。綴じ紐を解いて包みを開けると中から細かくカットされた干物が出てきた。
「細かく切ってあるのには意味があるのか?」
「これは旅人用の加工方法で、荷物がかさばらないようにするのと調理器具を使わずにそのまま食べられるようにするための加工方法なんです。
もちろん現地の方々は丸々一匹購入して行かれる方ばかりですが、私のような旅人は荷物の容量の関係でそうも行きませんから」
「そういえば、収納鞄は貴重品なのだったな」
「ええ。かなりお金を出さないと買えないので持っていない人の方が多いと思いますよ」
「収納鞄がないとすると、確かに荷物の容量が限られてくるな」
リーシャが当たり前のように使っているので感覚が麻痺しているが、こうした大きな天幕や潤沢な食料を持ち運べる人間は旅人の中でもごく一部だ。
荷馬車を引いている行商人は別として、徒歩で旅をしている人間が魔道具無しに持てる荷物の量は限られている。そのため、持ち運ぶ食料一つでも嵩を減らす工夫がなされているのだ。
「馬車が通っている町ならば大抵この加工をしてもらえると思いますよ」
「それほど一般的ということか」
「ええ。魚だけでなく干し肉や干し野菜も。言えば無料で加工してもらえるはずです」
水で干し魚を戻したらその戻し汁ごと鍋に入れる。そこに干し野菜を入れしばらく煮込んだ後、小麦粉に塩を加えて水で練った物をスプーンで小さくちぎりながら加えた。
「最後に香草を加えたら完成です」
塩で味を調えて器によそい、上に乾燥させた香草の粉を振りかける。
「こんな香草買ってあったか?」
「以前皇帝陛下にいただいた物ですよ。色々な種類の薬草や香草を大量に頂いたので使わないと勿体ないでしょう」
「……」
リーシャの口から出た思いがけない名前にオスカーの表情が曇った。「偉大なる帝国」を去る際にヴィクトールから渡された大量の薬草、その中の一つを料理用に加工したのだ。
「さあ、頂きましょう」
「……ああ」
リーシャの手料理に喜びつつも、脳裏にあの男の顔がちらつく。なんとも複雑な心境だ。
「予定通りならば、明日ソルテに着きますね」
「予定通りには行かないのか?」
「どうやらこの先に検問が設けられているらしく、そこを通過するのにかなりの時間がかかるとか。ここで野営している人たちの中にも夜までに検問を通過出来なかった馬車の客が多くいるようです」
「となると、俺たちの馬車も明日町を出られるか怪しいな」
「ええ。おそらく明朝、また馬車に集合した際に知らせがあるでしょうね」
麦の町近辺で発生した強盗事件の影響でかなり厳しく取り調べが行われているらしい。荷物の一つ一つまで見聞しているため相当な時間がかかっているようだ。
「なので明日はマリーとお出かけをしようかと」
「ほう」
「二人きりの方が色々と聞き出せそうですし。オスカーにはオットーさんの足止めをお願いしたいのですが」
「承知した。どこまで足止め出来るか分からんが努力する」
検問で足止めとなれば少しばかりの時間が出来る。その間にマリーから情報を引きだそうという算段だ。
(幸いマリーは私と話をしたがっている。こちらから誘えば喜んで誘いに乗ってくれるはず)
問題はオットーだ。あの様子だと何が何でもマリーに着いてこようとするだろう。そこをオスカーに引き留めて貰う。この計画がうまく行くかはオスカー次第だ。
「……だが、本当にオットーが?」
「分かりません。個人的にはその可能性が高いと思っていますが」
リーシャは懐から一枚の紙を取り出す。麦の町近辺で発生した強盗に関する警告書だ。
「だが、もしそうだとして、何の理由があって強盗なんて」
「……」
今朝、一つ目の中継地で宿泊していた宿屋を出るときに宿屋の主人に引き留められた。麦の町周辺で強盗が発生し、あるものを盗まれたと言うのだ。
記帳する際にリーシャが宝石修復師だと知った主人は「あんたも気をつけな」と忠告をしてくれたのだった。
「今はまだ確かなことは言えません。余りに信じられない話というか、自分でも本当にそんな事があり得るのかと疑っている状態で」
麦の町近郊で発生した強盗事件の犯人、それがオットーであるとリーシャは疑っていた。宿屋で貰った紙を目にした瞬間、全てが繋がったような気がしたのだ。
「会ったことがあるのか」とリーシャが尋ねた時に動揺した理由、祖母の遺品との接点、そして何故オットーと両親の目の色が違うのか。
だが、もしもリーシャが推測している通りならば、あまりにも非現実的な話だった。
(そんな物が本当にあるんだろうか。そして、何故彼はそこまでしてそんな物を……)
その謎を解く為にはやはりマリーから話を聞かねばならない。うまく話を聞き出せれば、確信を得られる。リーシャはそう考えていた。
「ともかく、明日が勝負です。検問を通る前に証拠を得ないと」
おそらく、オットーは検問を通過してしまう。だから検問を通る前にマリーと彼から聞き出さねばならない。彼が盗んだ物をどうしたのか。そして祖母の遺品が無事かどうかを。




