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不滅のリーシャは訳アリ騎士と旅に出る  作者: スズシロ
奇跡と不幸と理不尽と
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夢見がちなお年頃

 翌日、日が昇る前に乗り合い馬車に乗車する。次の中継地まで距離があるため朝早く出発するのだ。


「おはようございます、リーシャさん、オスカーさん」

「おはようございます、マリー。オットーさんも」


 馬車の荷台に乗り込むとすでに何人か乗客が座っていた。この町で降りた客もいれば新たに乗り込んできた客もいるようだ。その乗客たちの中にマリーとオットーの姿もあった。


「リーシャさん、その手に持っている紙は?」

「これですか? 宿のご主人に頂いたんです。どうやらこの近辺で強盗が出たらしく、その注意書きです」

「強盗!」


 リーシャは宿屋の主人から貰った紙をマリーに見せた。麦の町の少し先で起きた強盗事件で、被害者や盗品について書かれた紙だ。


「その影響で警備が厳しくなっているらしく、この先で検問もやっているとか」

「そうなのですね」


 昨晩到着した際には暗くて気がつかなかったが、町中のあちらこちらに自警団と思われる武装した男性たちが立っている。馬車が通る道には検問が敷かれているため、普段よりも到着に時間がかかるようだ。


「強盗とは物騒ですね」


 マリーが手にした紙をのぞき込んだオットーが話に入ってきた。


「麦の町は治安が良いと聞いていたのですが……」

「感謝祭の季節で各地から人が来ていますからね。人が多い分、良くない方々も増えているのでしょう」

「馬車が襲われたりしたらどうしましょう」


 青い顔をして怯えるマリーにオットーは「大丈夫だよ」と声をかける。


「マリーのことは絶対に俺が守る。だから心配するな」

「お兄さま、ありがとうございます」


(本当に仲の良い兄妹だ)


 オットーのマリーを見る目は慈愛に満ちている。かわいがる、というよりも溺愛していると言った方が良いかもしれない。

 対するマリーも兄であるオットーを敬愛しているのが良く分かる。朗らかなで天真爛漫な性格から彼女が「箱入り娘」なのだろうというのは誰の目から見ても明らかだった。


「安心してください。この馬車が通るのは交通量の多い馬車道です。白昼堂々そんな場所で襲おうなんて輩はいないでしょう」

「そうなのですね。安心しました」

「それに、襲われてもオスカーが守ってくれるので大丈夫ですよ」


 リーシャが目配せをするとオスカーは気恥ずかしそうに頷く。


「これでも剣の腕には自信があるんだ。リーシャには指一本触れさせないと約束しよう」

「まぁ、素敵! まるで乙女小説に出てくる王子様のよう!」


 マリーは口元を押さえながら可愛らしく笑う。


(まぁ、本当に王子様なんですけどね……)


 まさか目の前にいるのがイオニアの王子だとは思うまい。マリーの純粋な性格は強盗事件でピリピリしている周囲の人々を和ませたようだ。乗り合わせている客の視線を感じる。


「それにしても、お二人は本当に仲が宜しいのですね」

「そうですか?」

「ええ! 初めはお姫様と騎士様だと思っていましたけれど、もしかしてこ、恋人同士……なのでしょうか?」

「マリー」


 暴走する妹をオットーが慌てて制止する。


「あまり踏み込んだことを聞くんじゃない。失礼だろう」

「別に構いませんよ。オスカーは私の婚約者です」

「まぁ! そうだったのですね!」


 「婚約者」という言葉にマリーの目が輝く。ちょうど恋愛に興味が沸くお年頃だ。オットーの話や「乙女小説」という単語を聞くに、マリーはそういうものに夢中なのだ。

 自分と同い年くらいの少女がずっと年上の騎士と婚約をしている。そんな話題に食いつかない訳がない。


「失礼なことをお聞きして申し訳ありません。お二人は大分お年が離れているように見えるのですが……」

「家同士が決めた結婚ですので」


 オットーの質問にリーシャがニコリと笑みを浮かべながら答える。周りの乗客もオットーと同じ事を考えていたのか、聞き耳を立てているのが分かった。


「政略結婚ということですか?」

「そんな感じです。ですが、私はオスカーの誠実な性格や剣の腕に惚れ込んでいるので政略結婚というのをあまり意識したことはないですね」


 リーシャがそう言ってオスカーの腕に自らの腕を絡ませると、オスカーは何かを察したように「そうだな」と返した。


「俺もリーシャの聡明で博識な所を尊敬している。年の差があるのも忘れてしまうくらいだ。リーシャが婚約者で本当に良かったと思っているよ」

「なんて素敵なの!」


興奮したマリーは勢い良く立ち上がった。


「年の差がありながらも愛を育む二人! 互いを尊敬しあい、尊重しているのがよく分かりますわ! まるで恋物語を見ているよう!」

「マリー、危ないから座って」


 オットーに促され、周囲の注目を一点に集めたマリーは恥ずかしそうに座った。


「私もいつかお二人のような恋がしてみたいわ」


 熱に浮かされたような面もちでマリーはつぶやく。


「マリーにはまだ早いよ」

「お兄さまは心配しすぎなのです!」

「そんなことはないさ。強盗の話を聞いたばかりだろう。世の中には悪い大人がいっぱい居るんだ。お二人みたいな良い人ばかりではないんだよ」

「それは……そうですけど……」

「俺はマリーの願いは何でも叶えてあげたいと思っている。でも、恋愛はまだ早い。マリーはまだ子供なんだから」

「そうやっていつも子供扱いして! 私はもう15なのですよ?」


 頬をぷくりと膨らませて怒る様子が愛らしい。オットーは「やれやれ」といった様子で目元に手をやった。


「リーシャさんだって私と同じくらいの年でしょう? それなのにこんなに素敵な騎士様と婚約しているんですよ!」

「お貴族様は俺たちとは違うんだよ」


 オットーはマリーに諭すように言った。


(オスカーはともかく、私は貴族という訳ではないんだけど)


 だが、そう勘違いして貰った方がありがたい。リーシャが「家同士が決めた婚約」だと言ったのはそのためだ。貴族だと匂わせれば必要以上に腹を探られる事はない。貴族のお忍び旅なんて面倒事には関わりたくないと思うのが一般的だからだ。


「まだ先のことかもしれませんが、いつかマリーにも素敵な出会いがありますよ」

「そうかしら?」

「リーシャさん、あまり夢を見させないでください。マリーがこれ以上夢見がちになると困ります」

「お兄さま!」


 談笑する三人をオスカーは微笑ましく思いながら眺めていた。


(やはり妹に似ている)


 楽しそうにリーシャと話すマリーが妹の姿と重なる。妹はマリーよりも少し年下だが、マリーくらいの年齢になれば縁談も舞い込むようになるだろう。


(マリーが結婚か……)


 三人の話を聞いていると妙に現実感が沸いてくる。年の近いジルベール、シルヴィアと違いマリーは二回り以上離れた末の妹だ。両親のみならず兄弟全員が蝶よ花よとかわいがって育てた。まさに目に入れても痛くはないといったところだ。

 まだ齢13の子供だと思っていたが、縁談が来てもおかしくはない年齢だと気づきオスカーは衝撃を受けていた。


「そうだ! ソルテに到着したらどこか美味しいおやつを食べに行きませんか? 乙女だけ、リーシャさんと私の二人きりで!」

「二人で……ですか?」

「ええ!」

「娘二人で出歩くなんて危険だ! 俺も一緒に……」

「それならご安心ください。これでも腕には自信がありますから」


 不服そうにしているオットーにリーシャはさりげなく両手の指にはめている魔道具を見せる。指にはまった指輪の数にぎょっとしたオットーは何も言い返せずにバツが悪そうな顔をした。


「もっとオスカーさんとのお話、聞かせてくださいな」


 マリーがこっそりと耳元で囁くと、リーシャは何も言わずに笑みを浮かべた。

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