あり得ない推測
「炉を直したことへの礼と、子供が産まれたことを知らせる手紙ですね。写真も一緒に入っています」
折り畳まれた手紙を開くと中から小さな写真が一枚出てきた。依頼人であるエリクとその妻、そして産まれたばかりの子供の写真だ。
「この技師、オットーに似ていないか?」
写真を見たオスカーが言う。
「確かに……。でもエリクとも奥方とも瞳の色が違いますよ」
オスカーの言うとおり、エリクにはオットーの面影があった。エリクはオットーやマリーと同じ明るい金髪だ。だが、瞳の色が違う。エリクの瞳は茶色、妻の瞳は青色だ。オットーやマリーのような桃色ではない。
「それはそうだが」
「ですが、私がオットーに既視感を覚えたのはエリクと重なって見えたからだと思います。義眼技師の道具を見たのも、多分この時でしょう」
「炉を直す時に家の中にも入っただろうしな。他に何か思い出せないのか?」
「うーん……」
些細なことでも良い。何か思い出せない物かと思いを巡らせる。
「この炉というのは料理などに使う炉ではなく、義眼を作るために使っている炉だったような気がします。炉が壊れて仕事が出来なくなって困っているとか、そんな内容の依頼でした」
「義眼を作るのに炉が必要なのか」
「当時の義眼はガラス製でしたから。ガラスを溶かす為に専用の魔導炉を使っておられて」
「当時は……というと、今は違うのか?」
「今は魔法である程度楽に成形出来るようになったので、ガラス以外にも色々とあるみたいですよ。以前担当したお客様の中には鉱石で作った義眼を蒐集していたっしゃる方も居て――」
そこまで言い掛けてリーシャはドキッとした。
(鉱物で作った義眼)
そんなことがあり得るのか? と自分の思いつきに疑問を投げかける。
(そういえばあの義眼、オットーの魔力を感じた。あのときは何も疑問には思わなかったけど……)
オットーのトランクの中にあった義眼技師の工具は昔ながらの技法で義眼を作っている職人が使う道具だ。ということは、オットーは昔ながらの方法で義眼を作っているはずだ。
にも関わらずオットーが作った義眼にはオットーの魔力がこびりついていた。
宝石修復師は魔力の痕跡を読むのに長けている。魔法を使うと使い手の魔力がこびりつき痕跡となって残るのだが、美術品を修復する際に以前どこを修復したのかを痕跡を辿ることによって調べる事が出来るのだ。
魔力がこびりつく理由は主に二つあって、一つは先の通り使い手が対象に魔法を行使した時、もう一つは魔道具を使った時だ。
魔道具を使うと魔力を浸透させた核に使い手の魔力がこびりつく。それによって持ち主を判別することが出来るのだ。
オットーが作った義眼に魔力の痕跡が残っているのはてっきり修復魔法か何かを使ったからだと思っていた。しかし、実は違う理由があったとしたら。
(あの義眼がもしも古い技法で作られたものだとしたら、魔力がこびりついていた理由は複数考えられる。破損個所を修復魔法で補った、もしくは義眼を魔道具として使用していたからだ。でも、そんな事が可能なのだろうか)
義眼を魔道具として使用するとしたら、その目的はただ一つ。しかし、そんな魔道具は聞いたことがない。
「リーシャ?」
怖い顔をして考え込んでいるリーシャを心配したオスカーが声をかける。
「何か分かったのか?」
「……夢物語のようなただの推測です。確証がないのでなんとも。ですが、これならば辻褄があいます」
写真の赤子が順調に成長していれば20歳を越えたくらいの年齢だろう。オットーとも年齢が合う。
「もしもオットーが写真の赤子だったとして、何故あんなにも怯えたような反応をしたのでしょう」
「怯えた? いつの話だ?」
「私が以前合ったことがあるかと訪ねた時です。一瞬でしたが驚いたような顔をして、その後の受け答えも若干声が震えていました」
「気のせいではないのか? こんな赤子の頃の事など覚えていないだろう」
「そうなんですけど……。それに、祖母の蒐集物についても何か知っていそうなのが引っかかって」
リストを見た時のあの反応。考えれば考えるほど「何かある」と思えて仕方がない。
「ソルテに着くまでまだ時間がある。幸い彼らも終着駅まで行くようだからじっくり探ればいい」
「そうですね」
おそらくオットーはリーシャを警戒している。とすれば、話が聞けそうなのは妹のマリーだ。道中の馬車や次の停車場でもっと親睦を深めれば何か分かるかもしれない。
心に引っかかる物を感じながらもまずは情報収集だとリーシャは自分に言い聞かせた。