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不滅のリーシャは訳アリ騎士と旅に出る  作者: スズシロ
宝石修復師の拾い物
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オスカーの正体

 宿に戻るとリーシャは備え付けの魔道具で湯を沸かした。トランクの中からお気に入りのティーバッグを取り出し、茶を淹れてオスカーに手渡す。


「温かい飲み物を飲むと落ち着きますよ」


 まるでこれから捌かれる羊のような青い顔をしてベッドに腰を掛けているオスカーを不憫に思ったのだ。


「ありがとう」


 受け取ったカップの水面に細かい波紋が浮かぶ。手が震えているのだ。「まるで尋問官にでもなった気分だ」とリーシャは呆れた。


「さて、何処から話したものか……」


 茶を飲んで落ち着いたのか、オスカーは話すべきことを頭の中で整理した。リーシャに伝えなければならないことがいくつかある。それをどうすれば分かりやすく説明できるのか。


「まず……俺はリーシャが探している宝石を知っていた。知っていたが黙っていたのだ。確信が持てなかったとはいえ申し訳ない」

「それはこの写真の宝石のことでしょうか」


 リーシャが依頼品の写真を見せるとオスカーは頷いた。


「何故教えてくれなかったんですか?」

「それは……」

「何か言えない訳でも?」

「……驚かないで聞いてくれるか?」

「ええ。内容次第ですけど」


 リーシャの言葉を聞いたオスカーの眉間に皺が寄る。「冗談ですよ」とリーシャが言うと「脅かさないでくれ」とオスカーは脱力した。


「実は、俺は隣国(イオニア)の王子なんだ」

「ええっ!」


 オスカーの告白にリーシャは大声を上げる。あまりにも「わざとらしい」リアクションだったのでオスカーは思わず「知っていたのか?」と尋ねた。


「いいえ。でも何となく良い家柄の訳ありなのかなとは思っていました」


 行き倒れの浮浪者のようななりをしていたが妙に洗練された所作や高等教育を受けたとしか思えない言葉遣いは廃鉱山の町ではかなり異質だった。

 着の身着のままだったのも「世間知らず」故に身包みを剥がされたり手持ちの物を売るしかない状況だったのだろうと踏んでいたのだが……。


「まさか王子様だったとは」

「はは……そうは見えないだろう」


 オスカーは力なく笑う。


「差し支えなければ事情をお聞きしても良いですか」

「ああ。丁度数か月前の事だ。王宮に一人の魔法師がやって来たのが始まりだった」


 「流れ」の魔法師だと名乗ったその女は鞄に大量の魔道具を詰めてやってきた。珍しい魔道具に興味を持った王は魔法師を客として招き入れ、王宮への滞在を許可したのだった。


「俺の国はまだ魔道具や魔法が浸透していなくてな。剣の腕が立つ者が尊敬され、『騎士になることが誇りだ』とされているような古い国なんだ。それ故に『魔法師』という存在が父の目には珍しく映ったのだろう」


 魔法師は王の前で魔道具や魔法を披露し、あっという間に王の心を掴んだ。そして王宮で生活をしているうちに数いる王族の中からオスカーに目をつけたのだった。


「王宮で生活をしていくうちに本性が出始めたのだろう。最初は謙遜していたもののだんだんと態度が横柄になっていったのだ。父の客人故に皆口出しせずに我慢をしていたが、ある日突然俺の妻にしろと言いだして……」


 突然の要求に王は困惑した。流石に王子であるオスカーに身元も分からないような女を嫁がせる訳には行かない。やんわりと王が断ると魔法師は怒り出し、収納鞄からある魔道具を取り出した。


「それは美しい青色の宝石がついた杖だった。彼女がそれを振り上げると青色の宝石が光り出し、近くにいた侍女の様子がおかしくなったのだ」


 急に無表情になった侍女に魔法師が「窓から飛び降りろ」と命令すると、侍女は躊躇いなく近くの窓から身を投げた。あまりに突然の出来事にその場に居た者たちは凍り付いてしまったのだった。


「驚いた父は兵士達に命令して魔法師を捕えようとしたが遅かった。あっという間に兵士達は魔法師の手に落ちてしまったのだ。その隙に父は『国の外へ逃げろ』と言って俺を玉座の裏にある隠し通路から城の外へ逃がし、俺は必死に国外逃亡をして今に至る……という訳だ」


「……滅茶苦茶悪用されてる!」


 話を聞いたリーシャの第一声はそれだった。


「……今の話を聞いた感想がそれか?」

「はい。申し訳ないのですが、正直オスカーの身の上がどうとかは私には関係のないことなので。それよりも、祖母の形見がそんな悪事に使われていたことがショックです」


 リーシャがはっきりと言うとオスカーは呆れたような顔をした。「大変でしたね」と一言労いの言葉くらいはあるものだろうと密かに期待をしていたからだ。


「ところで、私もオスカーに隠していたことがありまして」

「なんだ?」

「実はオスカーが私の探し物の手がかりを知っていることに気付いていました。気付いた上で『手がかり』を手放したくなかったので世話を焼いて私の護衛に雇ったんです」

「なんだと? いつからだ」

「廃鉱山の町を出た時からですよ。私のペンダントを見て顔色を変えたでしょう?」


 リーシャは胸元から太陽を象ったペンダントを出して見せた。


「このペンダントを見せた時、明らかに動揺しましたよね。その時はまだ確信はしていなかったんですけど、蒐集物のリストを見せた時に目が泳いだので『当たり』だなと」

「……そうか。リーシャには隠し事が出来ないな」

「久しぶりに得た手がかりだったので手放したくなくて。利用するような形になってしまって申し訳ないです」

「いや、俺こそ黙っていて申し訳なかった。隠し事があったのはお互い様だ。それに、行き倒れになっていた所を助けて貰って本当に有難かったんだ」


 オスカーは恥ずかしそうに笑う。あの時リーシャに声を掛けて貰わなかったら枯渇熱で命を落としていたかもしれない。運良く生き延びたとしても食い扶持が無く先は短かっただろう。


「感謝しているよ」

「こちらこそ。話してくれてありがとうございました」

「本当に行くのか?」


 オスカーが尋ねるとリーシャは縦に首を振った。「探し物」があると分かった以上行かないという選択肢は無い。オスカーは大きなため息をついた。


「分かった。もう止めはしない」

「勿論、オスカーも来てくれますよね?」

「俺は……」


(折角逃げ延びたのにまたあそこに戻るのか?)


 両親や兄弟、家臣を残して命からがら逃げて来たことを考えるとすぐに「行く」と返事をすることは出来なかった。残してきた者たちが魔法師に抵抗できるとは思えないし、王宮がどんな状態になっているのか想像もしたくないからだ。


「俺が行っても足手まといになるだけだ」

「そんなことはないですよ。王宮の内部構造を教えて貰えるだけで助かりますし、剣の腕だって立つのでしょう?」

「魔法師相手に剣は効かないぞ」

「魔法師の相手は私がします。オスカーには王宮の皆さんへの対応をお願いしたいんです」

「あの人数を俺一人で……」


 リーシャの「指令」にオスカーは頭を抱える。魔法師に操られた兵士達をオスカー一人で押さえることなど可能なのだろうか。


「魔法師が使っているのは恐らく『魅了』の魔道具でしょう。そこまで大人数に掛けられる魔道具なんて聞いたことがありませんが。祖母の蒐集物の質が良い証拠ですね」

「その……『魅了』を解く事は出来ないのか?」

「出来ますよ」


 即答したリーシャにオスカーは目を丸くする。


「打消しの魔法で解くことも出来ますし、魔道具で防ぐことも出来ます。こう言ってはなんですが、魅了は基本的な攻撃魔法ですから」


 そんな「基本的」な魔法ですら魔法に耐性のないオスカーの国では猛威を奮う。「魔法を使わない国だからと言って魔法と魔道具が横行しているこの時代に対策すら行わなかったのは悪手だ」とリーシャは諭した。


「魔法への耐性が無いからこそ対策しておくべきでしたね。その歳で『枯渇熱』を知らないということは本当に魔法を使う人が身近に居なかったのでしょう?」

「まさか、初めて会った時から気付いていたのか?」

「ええ。『枯渇熱』は珍しい病気ではなく、仕事で無茶をしたりするとすぐに発症するような身近な病気ですから。それを知らないということは、余程魔法馴染みのない土地から来たんだなと」

「そうだったのか」

「ちなみにどれくらい身近かと言うと、魔法を使うハードなお仕事をされている方々向けの回復薬が市販されているくらい身近です。繫忙期には薬局から回復薬が消えるとか……」

「良いのかそれは……」


 「ともかく」とリーシャは咳払いをする。


「そういうことなので、現地へ赴く前に色々と準備をしないと」


 相手が魔法師となればそれ相応の対策をしていかなければならない。木乃伊取りが木乃伊になっては敵わないからだ。


「俺で出来ることがあれば言ってくれ」

「そうですね……。ではメモを渡すので買い物をお願いします。この町で手に入ら無さそうなものは私が調達しますので」

「調達? どうやって」

「知らないんですか? お金があれば何でも出来るんですよ」


 あっけらかんと言うリーシャに「もう何も聞くまい」と思ったオスカーだった。

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