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不思議な少女

「この後はどうします? 町中も大分混んでいますし、他に食べたい物などが無ければ早めに町を出ても良いなと思っているのですが」

「次に受ける依頼はもう決まっているのか?」

「はい。美術館の展示品修理の依頼ですね。ここからいくつか先の町にあるのでちょうど良いかと」

「そうか。では食事を終えたら出発しよう」


 食事を終えた二人は乗り合い馬車の停車場へ向かった。もう何日か滞在して祭りを楽しもうかとも考えたのだが、町中の混雑具合とどんどん入って来る馬車の数を見て「さっさと移動した方が良さそうだ」と判断したのだ。

 それに、美味しい麦酒とつまみを腹いっぱい食べて思いのほか満足してしまった。感謝祭の期間中はどこの酒屋も毎日同じメニューなのでこれ以上滞在してもその日のうちには飽きてしまうだろう。


 停車場までの道のりは屋台や露天がひしめき合い、酒を片手に楽しそうに談笑する人々で溢れかえっている。

 人を押し分けながら歩いていると、道の先からひときわ大きな歓声が聞こえた。


「何でしょう?」


 二人は顔を見合わせる。停車場はこの先だ。どうせ通りがかるのだからと少しだけ様子を見に行く事にした。

 道の先には大きな広場があった。どうやら感謝祭の期間中、この広場で様々な催し物が行われているらしい。広場の中心部では大道芸や踊りが行われており、見物客はそれをぐるりと取り囲んでいる。


「あのお姉ちゃんきれい!」


 小さな子供が輪の中で踊っている踊り子を指さして叫んだ。


(これはこれは。可憐なお嬢さんだ)


 リーシャの目の前をふわり、何かが舞った。真っ白な服に大きな花冠を被った、ちょうどリーシャと同い年位に見える少女が舞っている。

 決してうまいとは言えない、むしろくるくると回っているだけの素朴な踊りだが、不思議と目を引きつけられる不思議な魅力があった。

 太陽の光に金色の髪の毛がきらきらと光る。濃い桃色の、まるでガラス玉のような美しい瞳がなんとも妖艶だ。


「きれいだな」


 リーシャの横にいたオスカーが小声でつぶやく。


「ああいう女の子が好みなんですか?」

「えっ? いや、そういうわけでは……!」

「分かっていますよ。ちょっと意地悪をしただけです。あの瞳、珍しい色ですね。ルビーみたいで綺麗です」

「赤……ではないな。桃色の瞳か。聞いたことがないな」


 黒、灰、緑、青……。長い間旅をしたリーシャでさえも桃色の瞳を見るのは初めてだった。少女自身も人の目を惹く可愛らしい出で立ちをしているが、なぜだか瞳に目を惹かれて仕方ない。


「旅の踊り子だろうか」

「それにしては踊り慣れていないような。それに、一人で踊っているのも気になります」


 大抵旅の踊り子達は複数人の集団で行動している。踊り子の娘たちと興業を担当する元締め、それと用心棒。そんな組み合わせで旅をしていることが多い。

 だが、少女の周囲にはそれらしき仲間が見当たらない。


「あそこに立っている男、娘に似てないか?」


 周囲を見渡したオスカーは少女から少し離れた輪の中に立つ一人の青年を指さした。少女と同じ金髪に桃色の瞳。離れた場所からも良く分かる。


「確かに。年齢からいって兄妹でしょうか。もしかしたら地元の方なのかもしれませんね」


 青年は踊っている少女を見守っているようだった。


「さあ、そろそろ行きましょう。停車場はこの先です」


 そんな青年の様子を気に留めることもなく、二人は目的地である馬車の停車場へ向かったのだった。


 * * *


 麦の町の停車場は混みあっていた。収穫感謝祭の期間中は馬車も増便され、超長距離の臨時便も出ている。ひっきりなしに馬車が行き交う様子は圧巻だ。


「ソルテ行きの馬車は……」


 目的地に向かう馬車を探すのも一苦労だ。看板などは無いので馬車に張られた紙や、御者に直接尋ねて確認をしなければならない。


「リーシャ、ソルテ行きの馬車はこれじゃないか?」


 オスカーがそれらしき馬車の前で手招きをする。


「すみません、この馬車はソルテに行きますか?」

「行くよ。もう少しで出るから急いでおくれ」


 御者に二人分の運賃を払い、荷台に乗り込む。すでに荷台には何人か客が乗っており、詰めるようにして座った。リーシャとオスカーが馬車に乗ってすぐに出発の準備が始まったので時間ぎりぎりだったようだ。


「運が良かったですね」

「ああ」


 いくら増便されているとはいえ、次の馬車が出るのは数時間後だ。乗れるのと乗れないのとでは話が違ってくる。


「待って下さい~!」


 ガタン、と馬車が動き出したのと同時に後部から声が聞こえた。その声に応えるように馬車の動きが止まる。


「はぁ、はぁ……間に合った……」


 御者と話をつけたのか、荷台の後部から少女が乗り込んできた。


(ん? この子はさっきの……)


 急いで駆けてきたのか、肩で息をしながら額の汗を拭う。明るい金髪に赤に近い濃い桃色の瞳。先程広場で踊っていた踊り子だ。


「マリー、待ってくれ」


 踊り子の後ろからもう一人、荷台に駆け込んできた者がいる。少女と同じく金髪に桃色の目、広場で少女を見守っていた青年だ。


「お兄さま、遅いです! 危うく間に合わないところでしたよ」

「別に次の便でも良かったんだぞ。何もこんなに急がなくても……」

「ふふふ、善は急げと言うでしょう。速いに越したことはないのです」


 少女と青年は仲むつまじい様子で言い合いをしている。「お兄さま」という呼び名から考えるに、やはり二人は兄妹のようだ。


(大きな荷物を持っているということは、二人は旅人か)


 兄妹は旅行というには大きすぎるトランクを抱えている。どこか遠い場所へ行くのか、鞄を置いた時に「ゴトン」という重そうな音がした。

 鞄から視線を上げた瞬間、少女とリーシャの目が合った。


(あ……この目、似てる)


 日の光が当たってチカッと光った瞳の色にリーシャは見覚えがあった。人工的に作られた魔工宝石のルビー、薔薇色が鮮やかなロードクロサイト、少し色は薄いが透明感の高いローズクオーツ。

 人々を魅了してやまない、自然が生んだ偶然の産物。少女の瞳が宿した透き通るような透明感と深い色味はまるで宝石のようだ。


(そうだ、まるで宝石みたいな目)


 美しい。リーシャは少女から視線を外せずにただその瞳の奥に宿る神秘に見とれていた。

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