魔法と騎士
「二日間お世話になりました。楽しかったです」
「こちらこそ! コミュニティまで来て下さってありがとうございました。色々とお話出来て楽しかったです」
翌日、アルバルテへ向かう馬車の停車場でリーシャとオスカーはリチアと別れの挨拶を交わしていた。アルバルテに向かう唯一の交通手段ということもあり、朝一の便に乗るために停車場には観光客の列が出来ている。
「アルバルテに戻ったら組合に寄って話をしてみますね」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
アルバルテ行きの馬車が来た。リーシャはリチアと握手を交わすと荷物を持って馬車に乗り込んだ。ガタン、と音がして馬車が走り出す。馬車が走り出しその姿が見えなくなるまで、リチアは名残惜しそうに二人に手を振り続けた。
「そういえば、答えは出たんですか?」
馬車の中、狭い車中で肩を寄せあいながらリーシャは小声でオスカーに尋ねる。
「答え?」
「悩んでいたでしょう。魔法と剣のこれからについて」
「ああ……」
魔法の流入によってイオニアが受け継いできた武の伝統が途絶えてしまうのではないか。騎士という存在が必要とされなくなってしまうのではないか。その悩みを解決するためのヒントとしてリチアが提案したのがコミュニティの訪問だった。
「正直、分からなくなってしまったよ」
「何故ですか?」
「コミュニティは確かに伝統と歴史がある集落だったが、集落の年寄りは古い歴史を負の遺産のように扱っていただろう」
「イオニアでもいずれ同じようになると?」
「魔法が浸透すれば騎士の文化は必要無くなる。不要なものとして忘れ去られてしまうかもしれない」
「そうでしょうか」
リーシャはオスカーの胸元をトンと指で突いた。服の中で身分証の金属板がカチャと鳴った。
「魔法があれば剣は要らない。それが本当ならば『護衛』という仕事はとっくに廃れていると思います」
「……!」
「魔法には魔法の、剣には剣の長所と短所がある。オスカーは魔法うを万能な物だと思っているようですが、口を塞がれたり魔道具を破壊されたりしたら魔法は使えません。魔法が使えない魔法使いはただの人です。そうなってしまえば魔法使いは騎士には勝てません」
「……騎士だって剣を失えばただの人間だ」
「そうでしょうか。武器が無い状態で私はオスカーには勝てません。オスカーどころか、そこら辺を歩いている普通の男の人にだって劣るでしょう。
魔法を使う人間は肉体的な鍛錬など積んでいませんから。非力だからこそ魔法を使う。勿論、中には肉体派の魔法使いもいるでしょうが」
「つまり、いざと言う時には騎士が勝ると?」
「ええ。本当に最後の最後、自分ではどうにもならなくなった時に頼りになるのは魔法使いではなく騎士です。
宝石修復師組合が護衛を雇っているのは、いざと言う時に無力な修復師を守る力があると見込んでいるから。その実績と成果を知っているからなのです」
「……」
リーシャはマントを捲り、ズボンの裾から何かを取り出した。革製の鞘に納められた短剣だ。
「私も魔法が使えなくなった時の為に護身用の短剣を仕込んでいるんですよ」
「そうだったのか」
「過去に何度か使う機会がありました。魔法を封じられた時、短剣一本でもあると心強いものです。それが鍛錬を積んだ騎士だったらどんなに心強いか……」
宝石修復師は戦闘職ではない。特段魔法に秀でていて対人戦闘に強いリーシャが異色なだけであって、普通の宝石修復師は簡単な護身用魔法を使える程度である。
だからこそ、武力で修復師の身を守ってくれる護衛の存在が欠かせないのだ。護衛を雇う事によって未然にトラブルに巻き込まれるのを防ぐという意味もあるが、身体を鍛えていて剣を提げている人間が側に居るという精神的な安心感を得ているのだ。
「だからイオニアでも、魔法師を育成することになっても騎士という職業そのものが無くなることは無いと思います。無くそうという話が出たら口を挿んでも良い位です」
「……そうか。良かった」
オスカーはほっとしたような安堵の表情を浮べた。魔法を取り入れても尚、騎士が生きる道がある。伝統が潰えることはないとリーシャの口から聞けただけでも嬉しい。
誰もが認める凄腕の魔法師、そのお墨付きが得られたのだ。これほど心強い物はない。
「それに、文化や伝統って常に変化していくものだと思うんですよね」
「……というと?」
「コミュニティで『魔女』の歴史が途絶えても、彼女たちが放浪していた時に生まれた『星を崇める文化』や『医療魔法』は星療協会や隕石のブローチ、星導刺繍として残っているでしょう?
オスカーの生まれたイオニアだって、元々は遊牧民だったって言ってたじゃないですか。遊牧を辞めて定住したけど、『香草と羊のスープ』のようにその時の名残は残っている」
「確かにそうだな。遊牧民をしていたのは遥か昔のことで、俺たちは伝え聞いた話でしか実態は分からない。だが、我が国の民は皆羊のスープの作り方を知っているし、スープの由来として先祖が遊牧民であったことを知っている。
……そうか。失われてしまった文化や歴史であっても全てが消え去る訳ではない。生活の一部、文化の一部として痕跡は残り続けるんだな」
「人々は常に新しい物を生み出し、古い物は淘汰されます。ですが、その新しい物も無から生まれた訳ではない。必ず元になった何かがあるのです。
伝統や文化と言うのは進化や融合を繰り返して作られていく物だと私は考えています。昨日作った星導刺繍の指輪だって、百年後にはコミュニティの伝統工芸になっているかもしれないでしょう?」
「ああ」
「イオニアは今、その進化の途中なんです。魔法という新しい文化を受け入れ、自分達の物として消化しようとしている。オスカーはそんな大きな変化の旗振り役として選ばれたのですから悩むのも当然です」
オスカーの父であるイオニアの国王はオスカーに魔法を国に取り入れる際の「先導者」になれと告げた。オスカーがリーシャの旅に同行しているのは魔法に関する知識や技術を身に着け、イオニアを正しい方向へ導く役目を全うするためだ。
(初めは軽い気持ちで……リーシャと旅を続けたい一心で引き受けた役目だったが、まさかこんなに悩むことになるとは)
自分の一声で国の方針が決まってしまう。それはとても恐ろしいことだった。オスカーにはジルベールという王位を継ぐことが決まっている兄がおり、正直生涯騎士として国の運営に関わらない生き方をしようと考えていた。その方が気楽だし、自分に向いていると思っていたのだ。
しかし、ひょんなことからこうして大きな役目を任されてしまった。完全に想定外だ。
「父上は何故、俺にこのような役割を与えたのだろうか」
(分からない)
悩むオスカーにリーシャは言う。
「オスカーがそうやって国の事を想って悩んでくれる性格だと知っていらっしゃるからではないでしょうか。オスカーになら任せられる。きっとそうお考えになったんですよ」
(多分、深い事は考えてないと思うけど)
リーシャは察していた。王はそこまで考えていないということを。イオニアの事件を解決した日、王がしきりにオスカーをリーシャに帯同させたがっていたことにリーシャは気づいていた。
オスカーが手袋を外し、その手に指輪が嵌っていたのをみた周囲の反応を見れば明らかだ。
(王様はただ、オスカーを私から離したくなかった。多分それだけだ)
結婚適齢期を過ぎても結婚をしない武芸一筋の息子。それが年若い(ように見える)少女を連れて帰って来たのだ。しかもその少女が魔法に長けた凄腕の宝石修復師と来たら、何が何でも繋ぎ止めようとするのは明白だ。
(だから、多分オスカーが悩むような複雑な理由じゃない。でも、それはオスカーには言わないでおこう。その方が彼の為になるから)
結果的に、国王の判断はイオニアに大きな恵みを与えることになるだろう。リーシャとの旅でオスカーが得る知識や技術は今後のイオニアにとって大きな糧となる。それは間違いない。
「俺になら任せられる……か」
オスカーはぽつりと呟く。
(「任せる」という言葉がこれほど重い物だとは)
自らの肩にずっしりとした重さを感じる。だが、それは決して「重荷」ではない。知りたいのだ。オスカー自身も、魔法について学び、理解し、考えたいと思っている。
「出来るかは分からないが、俺なりに……分からないからこそ出来る事があると信じている。父上のお役に立てるかは分からないが、それなりの成果を持ち帰れるよう努力しよう」
何年後か、何十年後になるかも分からないが、またイオニアに帰る日が来たら祖国の力になりたい。時間はたっぷりある。様々な物を見て、聞いて、知って、学んだ事を祖国へ持ち帰る。馬車の後部から見える一本道を眺めるオスカーはどこか晴れやかな面持ちだった。
7章完結です。
引き続き8章を投稿して参りますのでどうぞお楽しみに。
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