ちょっとしたアイデア
(神の所業……。では、リーシャの『お守り』は?)
三人の話を聞いている限りでは魔法で人体を再生するのは不可能に近いはずだ。だが、以前リーシャから聞いた話ではリーシャの「お守り」は即死以外の損傷を瞬時に回復させる魔道具だという。
(そんなものが存在し得るのか?)
だが、実際リーシャは何度も「お守り」に助けられたと言っていた。
(そういえば、以前お守りについて尋ねた時に『今こうして五体満足でいられるのはお守りのお陰だ』と言っていたな。という事は、過去に四肢や臓器が欠けるような出来事があったということだ。
それにも関わらず、今のリーシャにそんな痕跡は見当たらない。実際にこの目で効果を確かめた訳ではないが、もしもリーシャの言う通りならば――一体あのペンダントの正体は……)
リーシャからお守りの存在について打ち明けられたのはイオニアを出た直後だった。その頃は魔法について良く分かっておらず、即死以外の怪我を瞬時に治すと聞いても「そんな凄い魔法があるのか」と思う程度だったが……。
(それがどれだけ異質な物なのか、今なら分かる)
イオニアに居る頃は魔法とは万能な物なのだと思っていた。絵本に描かれているような「無から有を生み出す物」、すなわち奇跡を起こす神秘の業だと。
だが、旅をするうちに魔法にも出来る事と出来ない事があるのだと知った。水の無い乾いた土地に雨を降らせる事は出来ないし、補修に使う素材無しに宝石を修復する事は出来ない。欠けた腕を治す事も、失った命をよみがえらせる事も出来ない。それが魔法の限界なのだと。
だからこそ、瞬時に怪我――しかも欠損を回復させる魔道具がどれだけ異質なのも良く分かる。そして、それをリーシャがオスカーに打ち明けたことがどういう意味を持つのかも。
(そんな「御守り」の存在が世に明らかになればどうなるか容易に想像がつく。だからこそリーシャは御守りの存在を隠し続けていたのだ)
『オスカーを信用しているからです』
あの時リーシャはそう言った。「お守り」の価値が分かったからこそ、その「信用」という言葉がどれほど重い物だったのかオスカーは今更ながら実感していた。
「……カー、オスカー?」
物思いに耽っているオスカーの様子を訝しんだリーシャが肩を揺らす。オスカーはハッと我に返ると不思議そうな顔をしているリーシャの顔に自らの顔を寄せた。
「寝ぼけてるんですか?」
「……はっ、すまない!」
リーシャの冷ややかな視線を感じて数歩距離を取る。
(思わず抱きしめそうになってしまった)
リチア達が居る面前で危うく熱い抱擁を交わす所だった。リーシャの気持ちに舞い上がって周りが見えなくなっていた。いけないことだ。
「ほら、完成だよ」
澱んだ場の空気を払拭するように、ゲルタが声を上げる。いつの間にか磨きの作業まで終えていたようだ。
「年季を経て味が出た物も素敵ですが、仕上げたばかりの物も美しくて良いですね」
完成したばかりのブローチを手渡されたリーシャは手のひらの上でブローチを転がす。丁寧に磨かれて傷一つない肌はまるで鏡のようだ。
「新人の色ですよね。私達にはもう出せない、最初だけの特別な色」
「ああ、確かにそうですね。真鍮は時間が経つと黒くくすんでしまいますから」
「このピカピカのブローチをしている人を見かけると懐かしくなるんです。私にもああいう時期があったなぁって」
リチアは懐かしむようにリーシャの手のひらに乗ったブローチを見つめた。医療魔法師として何年も経験を積むと、それに合わせるようにブローチの色がくすんでいく。
中にはある程度黒くなったら磨き直す者もいるそうだが、ブローチの変色は「一人前の証」としてそのままにしている者の方が多いそうだ。
「大したことない作業風景でつまらなかったでしょう?」
エリデが申し訳なさそうに言う。
「いえ、色々なお話も伺えて楽しかったです」
「ありがとうございました」と礼を言おうとしたリーシャがふと切断機の横を見ると、大きく膨れた麻袋が目に入った。
「その袋は?」
何かが一杯になるまでぱんぱんに詰められた麻袋の表面にはごつごつとした模様が浮かび上がっている。中に固い物が入っている証拠だ。
「これかしら? ブローチには使えない小さな端材とか切断時に出た粉をまとめて入れているの」
「纏めてどうされるのですか?」
「捨てるのよ。使い道が無いから。少し離れた所に石捨て場があって、溜まったら皆でそこまで運ぶの」
「……」
(勿体ない)
女性の言葉を聞いたリーシャは咄嗟にそう思った。確かに隕石は魔道具の核としては何の価値も無い素材だ。魔法を寄せにくいし、正直見た目も地味で人気が無い。
だが、鉱脈がある訳でもないし常に採れるわけでもない。絶対数としては少ないし、今も一部の蒐集家には蒐集物として人気がある。
それを不要品として捨て置くのはあまりにも勿体ない。
「失礼を承知で伺いますが、星療協会は資金難なんですよね?」
「……はい。お恥ずかしながら……」
「宜しければこの隕石の端材、少し分けて頂けませんか? もしかしたら使い道があるかもしれません」
「え?」
リチアとエリデ、ゲルタは顔を見合わせた。装飾品に加工すらできない小さくて歪な端材と細かい粉で一体何が出来るというのだろうか。これに使い道があるとは俄かには信じがたい。
「捨てるつもりだったから別に構わないよ。いくらでも使っておくれ」
「ありがとうございます」
麻袋を縛っていた紐をほどくと中から大量の小さな端材が出て来た。全て隕石を加工した時に出た物だ。リーシャはその中からいくつか適当な大きさの物を選ぶと手のひらの上にのせ、短く「言葉」を唱えた。
「隕石よ、緩く溶け合い我が望む形になれ」
手のひらにのせた四つの端材は淡い光を帯びると液状になり溶け合い流れるように輪の形を取る。輪が真円となり形が定まると光が弾け、一本の指輪になった。
「これは……指輪ですか?」
「はい。まぁ、隕石の良さは無くなってしまいましたが……」
リーシャは指輪をリチアの指に嵌める。隕石の凹凸やごつごつとした質感は消え、灰色に鈍く光りつるりとしていた。
「鉄隕石なので金属っぽい質感になりましたね。端材なのでそのままでは量が足りず、複数の端材を修復魔法で合成して成形したんです」
「魔工宝石みたいだな」
「みたいというか、魔工宝石と同じ作り方ですよ。だから隕石そのものというよりは、合成隕石……人工的な隕石と呼んだ方が良いかもしれません」
「あの隕石の欠片がこんな素敵な指輪になるなんて!」
リチアは自らの指に嵌った指輪を輝いた目で眺めている。陶器の様な滑らかな触り心地が気に入ったようだ。