不穏な依頼
それから一週間ほどは仕事に慣れてもらうために簡単な仕事をいくつかこなし、その都度改善点や注意点を教える初心者講習を繰り返した。
幸い治安が良い町なだけあり実戦を交える機会は無かったが、リーシャはわざと危険な通りを通ったり治安の悪い地区へ赴いてみたりしてオスカーに実例を交えて一つ一つ丁寧に指南した。
「リーシャは人のことを良く見ているな」
すれ違う人の細かな仕草まで見逃さない観察眼がリーシャの持ち味の一つである。話している相手は勿論、遠くに居る人物やすれ違った人の仕草一つ見逃さない。少しでも不審な所があれば警戒をする。それが今まで無事に仕事をこなしてきた秘訣でもある。
「オスカーも出来るようになってもらわないと困ります」
「……善処するが、なかなか難しい気もするな」
「慣れですよ。この町を出て危険な場所でひと月でも過ごせば嫌でも出来るようになりますから」
「平和ボケしているということかな」
「……そうですね。悪いことではないのですが」
安全な場所にいると迫る脅威に気づきにくくなる。平和な環境に慣れてしまうとそういう「勘」が鈍ってしまうのだ。
「この仕事をするなら『平和ボケ』は命取りです。命の危険を見抜けなくなるだけではなく、カモにされる危険が増しますから」
「聞けば聞くほど殺伐とし過ぎている業界だな……」
「商会の奥様のような良い人ばかりが相手ではありませんからね。『野良』の仕事なら尚更です」
組合を通さない「野良」仕事は表立って依頼出来ない「事情」を抱えたものばかりだ。その代わりに報酬は高額で組合に手数料を取られることもない。
腕の立つ「野良」の修復師は野良仕事で生計を立てており、リーシャも良い仕事が無い時は報酬目当てに野良をすることがあった。
「野良の仕事なんて受けて大丈夫なのか? ロクな依頼人じゃないんだろう」
「ええ。中には犯罪に加担させられるような物もあるので良く選んで受けないといけませんが、組合を通して依頼する時間が無い緊急性のあるものや、難しすぎて組合に断られた物なんかが埋もれているので結構美味しいんですよね」
「なるほど。全てが怪しい依頼という訳ではないのか」
「そういうことです。まぁ、中にはお金に目がくらんで進んで犯罪絡みの仕事を受ける『ろくでなし』も居るみたいですけどね」
悲しいかな、それが野良の修復師の実態でもある。組合に加入していないので実態もあまり把握されておらず野放し状態なのが現状だ。
「さて、今日はどんな仕事があるかな」
組合の窓口に行くとリーシャの顔を見た受付の職員が「あっ」と声を上げた。
「リーシャさん、お待ちしておりました」
「はい?」
「実はリーシャさん宛に指名の依頼が一件来ておりまして……」
そう言うと職員は一通の封筒をリーシャの前に差し出した。
「これは?」
「隣国の王宮からの依頼なのですが……その……実は『曰くつき』の依頼人でして……」
職員は言いにくそうにそう言うとリーシャに一枚の紙を見せる。紙には組合所属の宝石修復師の名前がいくつも書き連ねられていた。
「同じような依頼を受けた修復師が隣国へ渡ったのですが、誰も戻ってこないのです。連絡も取れず音信不通になっていて……」
「え?」
曰くつきどころの話ではない。リストに並ぶ修復師の人数を見てリーシャは息を呑んだ。
「こんなに大勢の修復師が行方不明になっているのに組合は何故依頼を受け続けるんですか?」
「受けている訳では無いのです。修復師が隣国へ渡って少し経つと一方的に送られて来て、こちらからの安否確認の問い合わせには一切答えて頂けない状態なんです。
一応こうして依頼が届いた修復師の方にはお見せしているのですが、額が額なだけに皆様制止を振り切って行ってしまって」
リーシャが封筒を開けると依頼内容の書かれた紙が出て来た。依頼内容は「魔道具の修復」とだけ書いてあり、金貨5000枚という莫大な報酬が目を引く。
「依頼人は……王族の方では無いんですね」
「はい。私も存じ上げなかったのですが、王宮付きの魔法師をされている方みたいです」
「魔法師からの依頼となると、魔法を使うための貴重な魔道具が故障したといったところでしょうか。これだけ高額な報酬を提示しているのですから余程緊急性のある仕事なのでしょう」
個人指名の依頼の相場は大体金貨数十~数百枚程度だ。それが1000どころか5000枚とは。余程難しい仕事か、あるいは……。
「『ヤバい仕事』かもしれもせんね」
口止め料込みの5000枚だ。何かヒントが無いか封筒をよく見て見る。金の箔で王家の紋章が押されている分厚い立派な封筒で、表にはリーシャの名が記されており裏には何も書いていない。
「ん? まだ何か入っていますね」
封筒の中を見ると底の方に何か一枚残っている。封筒を逆さにひっくり返すと一枚の写真が出て来た。
「これは……!」
写真に写っている物をみたリーシャの顔色が変わる。そこに写っていたのは依頼品と思われる「魔道具」だった。
杖の先端に円形の装飾がついておりその真ん中に月の形をした装飾が取りつけられている。月の装飾の真ん中には大きな青い宝石が留まっているようだ。
「この依頼、受けます!」
リーシャは写真を見るなりそう言い切った。
「えっ!」
突然の受諾宣言に職員は驚きの色を隠せない。
「絶対に危険な依頼ですよ! 職員の私が言うことではないかもしれませんが、止めておいたほうが……」
「ご心配頂きありがとうございます。でも、大丈夫です。優秀な護衛もいますし」
リーシャが横目でオスカーに同意を求めるとオスカーは眉間に皺を寄せて言葉に詰まっている。
「……分かりました」
リーシャの勢いに押された職員は説得するのを諦めて念を押す。
「危険だと思ったらすぐに引き返して下さい。絶対ですよ」
「分かりました。ついでに他の修復師の安否も調べてみますね」
依頼書と写真を貴重品の収納鞄へしまうとリーシャとオスカーはギルドを後にした。
「本当に行くのか?」
オスカーが恐る恐るリーシャに尋ねる。
「ええ。明日にでも発ちたいのでこれから買い出しに行きましょう。隣国までの行き方も調べないと……」
「……リーシャ」
オスカーは浮足立つリーシャの手を引いて引き留めた。リーシャは突然手を掴まれて驚いたのか、訝しげにオスカーの顔を見上げる。
「君には危ないことをして欲しくない」
「どうしたんですか急に。確かに危ない仕事かもしれませんが腕には自信がありますし、オスカーが護衛をしてくれるのでしょう?」
「それはそうだが……」
「それとも、もしかしてこの依頼人について何かご存知なのでしょうか」
リーシャがオスカーの目をじっと見つめてそう言うとオスカーの手がリーシャの腕から離れた。恐怖とも焦りとも見える色を目に湛えて何か言葉を探しているような表情で立ち尽くしている。一瞬時間が止まったかのような沈黙が二人の間に流れた。
「すまない」
しばらくして沈黙していたオスカーの口から出たのは謝罪の言葉だった。
「リーシャに話さなければならないことがある」
「……そうですか。人目もありますし、一度宿に戻りましょうか」
リーシャの言葉にオスカーは黙って頷いた。