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隕石のブローチ

 夕方、仕事を終えたリチアと合流した二人は食堂へ向かった。コミュニティ唯一の飲食店で、コミュニティの女性たちが交代で仕切っているらしい。

 レストランというよりはどちらかと言うと酒場のような雰囲気で、ランプで灯りをとっている雰囲気のある食堂だった。


「あら、リチア。戻ったの」

「おばさん! お久しぶりです。昨日帰ってきました」

「そう。今回は長かったわね」

「海を渡って東の方まで行っていたので……。あっ、こちらは帰りの船で一緒になったリーシャさんとオスカーさん」

「はじめまして」


 リーシャが会釈をすると食堂の女将、ローナは「まぁ」と驚いた。


「リチアがお友達を連れてくるなんて! 星くらいしか見る所が無い村だけど、ゆっくりして行ってくださいね」

「ありがとうございます」

「おばさん、今日のおススメは何ですか?」

「鹿肉のシチュー。あと鹿肉のパイね。猟師さんが沢山届けてくれたから安く出してるの」

「じゃあそれを三つずつ」


 コミュニティでは基本的に自給自足の生活をしている。平原の端で住人が暮らしていける程度の小規模な農園を営んでいるが、度々そこを荒す鹿が出るそうだ。

 その鹿を近隣に住む猟師に仕留めて貰い、肉や皮を買い取っているのだという。アルバルテに買いに行くよりも安く新鮮な肉を購入できるので助かっているらしい。


「ローナおばさんはご近所さんで、このコミュニティに引っ越してきた時からお世話になっているんです。おじさんが獲ってきた肉を食堂で出していて観光客の方にも評判なんですよ」

「おじさん……というと、ローナさんの旦那様は猟師をされているのですか?」

「はい。元々は別の町で猟師をされていた方なのですが、たまたまこの近辺で猟をしている時におばさんと出会ったそうです。コミュニティでは出会いが少ないので、皆大抵外の方と結婚するんですよ」

「確かに、あまり男性を見かけないな」

「コミュニティの中に仕事が無いのでほとんどの男性はアルバルテに出稼ぎに出ているんです。学校も無いので子供達も大きくなればアルバルテへ出て行くので村には女ばかり残っていて。

 冬になれば雪でアルバルテとも行き来出来なくなるので、女だけで出来る仕事として観光業や伝統工芸、協会の仕事を皆で分け合っているんです」

「協会の仕事?」

「ええ。医師が使う薬草採集や隕石の加工です」

「隕石の加工をここでされているんですか?」

「はい。支部の中に加工場があって、そこで。このブローチも手作りなんですよ」


(驚いた。てっきり外注している物だと思っていたけど……)


 ルチアの胸元に輝く「星療協会」の証、隕石のブローチは村の女達の手作り品だという。そう言えば「コミュニティは隕石が良く落ちる場所の近くに作られている」とリチアが言っていた。

 ということは、このコミュニティも隕石が採れる場所なのだ。水晶が採れる場所で水晶細工が栄えるように、隕石が採れる場所で隕石細工が作られていても何ら不思議ではない。


「ご興味がおありですか?」


 目の色を変えたリーシャを見てリチアはふふっと笑う。


「すみません、鉱物や宝石に目が無いもので」


 リーシャは恥ずかしそうに居直った。


「宜しければ明日、見学に来ませんか?」

「宜しいのですか?」

「はい。鉱物がお好きならば是非。加工前の隕石もいくつかあるはずですので」

「……! ありがとうございます」


(久しぶりに楽しそうだな)


 目を輝かせるリーシャを見てオスカーは嬉しそうに微笑んだ。冠の国と言いフロリア公国と言い、ここ最近心労続きだ。温泉で羽を伸ばせはしたものの、やはりリーシャには「石」が効く。


(とはいえ、隕石か。俺も実物を見るのは初めてだな)


 母国であるイオニアの北東に広がる砂漠に落ちる、と聞いた事があるが、実物は未だ見た事がない。天から降り注ぐ星の欠片。幼い頃は神話を描いた絵本に出てくる「架空の物」だと思っていた。


「隕石をブローチに加工するとは、なかなかロマンティックだな」


 心の中で思っていた言葉がぽろりと口から洩れた。


「ロマンティック?」

「あっ、いや」


 オスカーの口から出た「ロマンティック」という言葉があまりにも似つかわしくなくて、リーシャは不可解そうな顔をした。


「宙から降り注ぐ星の欠片を装飾品に仕立てるなんて浪漫があるなと思ってな……」

「宙から降り注ぐ星の欠片……。オスカーって実は浪漫主義者だったりします?」

「あ、あああ、いや、そういう訳では」

「星と言えば、お二人が宿泊されているロッジからも綺麗な星空が見えるんですよ」


 喋れば喋る程墓穴を掘るオスカーを見かねたのかリチアが助け舟を出した。


「夜中になるとコミュニティの灯りがほとんど消えるので、とても綺麗に星が見えるんです。天文台で望遠鏡の貸し出しもしているので宜しければ」

「星空ですか。良いですね」


 大都市であるアルバルテから離れた山の中だ。さぞ綺麗な星空が見える事だろう。


「お待たせ。鹿肉のシチューとパイだよ。パンはおかわり自由だから足りなかったら声を掛けとくれ」


 話がひと段落したのを見計らってローナが食事を運んできた。素朴なシチュー皿に盛られた熱々のシチューと大きなパイが丸々一枚、それに食堂で焼いているというお手製のパンだ。


「良い匂い」


 大きくカットされた鹿肉がこれでもかという程入れられた山の料理である。長時間煮込んで溶け込んだ野菜の甘みが優しい。丁寧な下処理で臭みがない鹿肉も絶品だ。

 長い間船に乗っていたので久しぶりに食べるマトモな料理だった。船の食事も不味くは無いが、やはり使える食材や厨房設備に限りがあるためそれなりの物になってしまう。


 アルバルテに着いてからすぐ馬車に乗って移動したので街で昼食を食べる余裕も無かった。

 特に船酔いしていたオスカーは薬やリチアの魔法で症状を緩和してはいたものの本調子では無く、食事を楽しむ余裕が無かったのだ。

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