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不滅のリーシャと破滅のオスカー  作者: スズシロ
「東の花の乙女」と翡翠の指輪
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隠し切れない隠し事

「珍しい。小説ですか?」


 ドアが開く音に驚いてオスカーは咄嗟に本を自分と椅子の背もたれとの間に隠した。何となくリーシャに「東の花の乙女」を読んでる事を知られたくなかったからだ。


「あ、ああ。暇だろうからと皇帝に借りてな」

「へー。何の本ですか?」

「えっと……」


 オスカーが咄嗟に隠したのが見えたのか、リーシャは興味津々な顔で近づいてくる。「このままでは本を取られる」と思ったオスカーは「大したことのない本だ」とすまし顔で答えた。


「ふーん」


 リーシャはオスカーの背中の辺りに目をやる。


(何か隠してるな)


 必死に、いや、不自然に背もたれに背中をくっ付けているのを見ると本がそこに隠されているのは間違いない。


(私に隠さなければならない本って何だろう。私に見せられない何か。ヴィクトールから借りた本。ああ……)


「もしかして、()()ですか?」


 思い浮かんだ単語がぽろっと口から出た。


「ち、違う!」


 あらぬ誤解を受けていると察したオスカーは慌てて否定した。確かにそう見えても仕方がないが、こればかりは誤解を解いておかなければまずい。


 ゴトッ。


 勢いよく立ち上がった反動で、背中に隠していた本が地面に落ちた。


「あっ」


 オスカーが拾うよりも早く、リーシャはその本を拾い上げる。


「……なんだ、『東の花の乙女』ですか。別に隠す必要無いでしょうに。これを皇帝が?」

「……ああ。読むべきだと言われてな」


 観念したオスカーは本の表紙を見てつまらなさそうな顔をするリーシャに訳を話した。故郷から手紙が送られてくる度に姉や妹に「早く読め」と言われていた事、ヴィクトールに「君は読むべきだ」と勧められた事。


「その、これはリーシャの故郷の話なのか?」

「故郷の――と言うより、故郷をモチーフとした話ですね」


 リーシャ曰く、リーシャの母国や周辺地域の文化を混ぜて作られた「架空の国」の話らしい。西方の国の人々が抱く東方のイメージを一つにまとめたような物なので「異国情緒あふれる」様子がウケているそうだ。


「良く書けていると思いますよ。作者は東方出身の方だと思います」

「では、この翡翠の指輪を渡す風習は?」

「……それはうちの国の風習ですね。とはいえ、別に国民的な物では無くて、ごく一部の地域で行われている物ですが」


 全世界を見ても翡翠が採れる産地は限られている。リーシャの国はその限られた産地の一つだった。国の北側にあるごく一部の地域では良質の翡翠が採れる。川から流れ出た翡翠が海岸に打ち上げられるのだ。


「その翡翠が採れる地域で行われている風習で、採った翡翠で指輪を作って想い合う相手に贈るんです。相手が受け取れば婚約成立という仕組みですね」

「自分で翡翠を採るのか?」

「ええ。あそこの翡翠はちょっと特殊で。海岸に打ち上げられるので運さえあれば誰でも拾えるんですよ」


 とはいえ、なかなか採れるものでもない。何十回と浜辺に足を運んでも採れない者もいれば一回で見つける者もいる。まさにその人が持つ運次第と言う訳だ。


「川の上流に大きな原石があって、それらが自然に砕けた物が川を伝って海に流れ出ているんです。原石は厳重に保護をされているので、盗掘者に荒らされない限り資源自体は早々に枯渇することはないでしょうね。

 『東の花の乙女』ブームで翡翠拾いが流行っているらしいので、海岸に落ちているのはほぼ拾いつくされているようですが……」


 このご時世、枯渇していない産地と言うのはそれだけで珍しい。海岸には毎日沢山のファンが訪れて翡翠を拾い尽くしているようだが、それでも新たに流れ出た石や過去に流れ出て海底に溜まっていた石が定期的に打ち上げられているそうだ。


「とはいえ、指輪を作るとなったらそれなりの大きさが必要だろう」

「ええ。しかも共石ともなれば結構な大きさが必要となります」

「共石?」


 聞いたことがない言葉だ。


「一つの石から指輪を二本切り出すんです。同じ石で作った世界に二つだけの指輪。ロマンチックでしょう?」


 なんでも、「東の花の乙女」の主人公が王子に渡したのは同じ石から切り出した揃いの指輪らしい。そうして一つの石から切り出したものを「共石で作った」というようだ。


「まさか、翡翠の指輪を作ろうなんて思っていませんよね」


 リーシャの言葉に慌てて横に首を振る。


「作れるものならば作りたいが、そもそも作り方すら知らん物に手を出す勇気はないぞ」

「それは良かった」


 リーシャはオスカーの対面にある大きな椅子に腰を掛けると「翡翠の加工は難しいんです」と口を尖らせた。

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