リベルタ商会
翌日、リーシャとオスカーはその日受けられそうな仕事を紹介して貰うべく朝いちばんに宝石修復師の組合窓口へ赴いた。
「リーシャさんならどの仕事でも大丈夫ですよ」
身分証から実績情報を照会した職員が言う。
「彼の初仕事なので出来れば街中の仕事があれば有難いのですが」
「でしたら……こちらは如何でしょうか」
職員がいくつか条件に合う依頼内容が書かれた書類をピックアップしてくれた。
一つ目の依頼主は宝石販売店で「仕入れた石の修復をして欲しい」というもの。二つ目の依頼主は商会の奥方で「思い入れのある装身具を直して欲しい」というもの。三つ目は町の中央にある教会で「魔道具の修理をして欲しい」というものだった。
「仕入れた石の修理って何をする仕事なんだ?」
オスカーは宝石販売店の依頼書を不思議そうに眺めている。
「壊れた宝石を安く仕入れて修復した上で高く販売するんですよ。宝石修復師を雇ってもお釣りが来ると判断しての依頼でしょう」
「なるほど」
この三つの中で一番面倒が無さそうなのは二枚目の依頼だ。販売品の修復は修復の出来そのものが商品の価値を左右するのでトラブルに巻き込まれやすそうだし、信仰していない教会と関わるのも気が進まない。
「この二枚目の依頼を受けます」
「かしこまりました」
依頼を受託する手続きをした後、廃鉱山で採って選別した屑石を買い取ってもらう。
「こんな小石を何に使うんだ?」
「修復には対象と同じ種類の石が必要なので、組合側がストックとして買い取ってくれるんです」
宝石の修復は素体となる宝石の破損個所に同じ種類の宝石を魔法で流し込む方法が主流だ。修理用の素材は出来るだけ「同じ種類の同じ産地の物」が好ましいが、それを都度調達するのは骨が折れる。
そこで組合に所属する修復師が各地の廃鉱山や鉱山で収集したものを組合が一括で買い取り、必要な時に必要な人に配れるようにしたのだ。
買い取られた屑石は精錬されて一定以上の質がある「修復素材」に生まれ変わる。屑石の他にも使わなくなった装身具を顧客から買い取り、装身具に留めてある宝石を「素材」として再利用することもあった。
「まぁ大した金額にはならないのでちょっとしたお小遣い稼ぎみたいなものですよ。私もストックを利用させて貰っているのでそのお礼みたいものです」
「そんな互助システムがあるなんて素晴らしいな」
オスカーはしきりに感心していた。宝石を産出する鉱山が減少し続けているので不要石や廃棄石、宝石として到底使えないような屑石まで無駄なく利用できるよう組合が考えたシステムだ。
宝石修復師が選別したあとの「屑石」だが精錬すればそれなりの質にはなる。資源が減少している今、どんな屑石も貴重な素材であることには変わりないのだ。
依頼を受けて仕事着に着替えた二人は早速依頼主の元へ向かった。ギルドからそう離れていない反物を扱う商会が目的地だ。
「この町は比較的安全そうですが町中ではスリや物盗りに注意して下さい。知らない町の場合どこが治安の悪い地域か分からないので、事前にギルドで確認が必要です」
リーシャは地図にペンでマーキングしてある地域を指す。町の中央部は治安が良いが、端の方にある地区や通らない方が良い通りなどに印がつけられていた。
「情報収集も護衛の役目ということだな」
「その通りです。安全なルートの割り出しや直近で起きた事件の情報収集などもして頂けると助かります」
「心得た」
「依頼主の家に着いて修復師が仕事をしている間は周りの警戒をして下さい。良い依頼主ばかりではないので」
宝石修復師の持ち物目当てに強盗が待ち構えていることや、修復師の技術を独り占めしようと監禁を目論む悪い依頼主もいる。実際リーシャは何度か危ない目にあっていたので体験談を交えながらオスカーに注意点を説明した。
「恐ろしいな……」
武力行使をしてくる輩も居ると聞いて「やはり危険すぎるのでは?」とオスカーは思った。大の男でもゾッとするような状況をこんな細身の少女は一人でくぐり抜けて来たなんて信じられない。
「慣れてくれば割と分かるようになりますよ。目が養われると言いますか」
「人を見る目だけはあるので」とリーシャは胸を張った。
* * *
大通りに面した場所にある「リベルタ商会」は各地から仕入れた反物を扱う比較的大きな商会である。国内にとどまらず他国にも人を遣って珍しい布地を集めているので近隣の服屋やお針子の間では有名らしい。
「こんにちは。宝石修復師組合の紹介で来ました」
店員に声をかけて身分証と依頼書を見せると応接室へ案内された。布を扱っている店なだけあり、ソファーやカーテン、テーブルクロスに至るまで豪華絢爛な作りをしている。
「まるでどこかの王宮の一室みたいな感じですね……」
ソファーに座って待つように言われたが煌びやかな内装にリーシャは落ち着かない様子だ。一方オスカーは緊張しているのか少し硬い表情でリーシャの後ろにじっと立っている。
「待たせてしまってごめんなさい」
暫く待っていると一人の淑女が応接室へ入って来た。これまた高そうなピンクの生地で作られた豪華なドレスを身に纏っている。広告塔の役割も担っているのだろう。華美ながらも流行に合わせたデザインのドレスだ。
「はじめまして。宝石修復師組合から紹介を受けて参りました、リーシャと申します。こちらは護衛のオスカーです」
「はじめまして。リベルタ商会のエレーヌよ。来て下さって嬉しいわ」
エレーヌはリーシャと握手を交わすと持っていた小箱を机の上に置いた。
「早速で悪いんだけど、見て貰えるかしら」
「拝見します」
綺麗に装飾がされた小さな宝石箱を開けると緑色の大きな宝石がついた指輪が入っている。
「エメラルドですか?」
指輪を手に取り注意深く眺めた後、リーシャはどこか驚きを含んだような声で問いかけた。
「そう。夫に貰った大事な指輪なのだけれど、机にぶつけた拍子に亀裂が入ってしまって。直せるかしら」
エメラルドを観察してみると確かに表面から下に伸びるように大きな亀裂が入っているのが見える。ヒビの入り方から固い角かなにかにぶつけてしまったのが容易に想像できた。
「表面が少し欠けていますが大きな欠損は無いようですし、この位の亀裂ならばここで直せると思います」
「良かった!」
「ただ、エメラルドは元々ヒビが入りやすい石なので今回入った亀裂と元々入っていた亀裂を見分けるのが難しくて。『自然な状態』には戻せないのですが宜しいでしょうか?」
「そうなの? あまり傷があったような覚えはないけれど……」
欠けが生じる前の指輪を思い浮かべてエレーヌは首を傾げる。夫に貰った時のことを思い浮かべながらじっくりとエメラルドを眺めることもあったが、目立つような傷があったような記憶は無い。
「そうですね……。では、修復を始める前に少し『エメラルド』という宝石について説明しましょうか」
リーシャは収納鞄から木製の指輪入れを取り出した。年季の入った、しかし綺麗に手入れされているのが分かる質素な木箱だ。蓋を開けると金の土台に緑色の石が留められた指輪が入っている。
「これもエメラルドの指輪ね」
「はい。どうぞお手に取ってご覧下さい」
エレーヌは促されるままに木箱を手に取り指輪に留めてある石を観察した。
「奥様がお持ちのエメラルドと比較して……如何でしょうか。正直に仰っていただいて構いませんよ」
「そうね……。私のエメラルドと比べるとなんだか曇っているような気がするわ。それに、石の色も薄いわね」
「では、次にこちらのエメラルドは如何ですか?」
リーシャは収納鞄から別の装身具を取り出した。エメラルドがついた小ぶりのペンダントである。
「こっちの石は透明で綺麗ね。特に目立った傷も見当たらないようだし」
「オスカーもどうぞ、近くで見てみてください」
「あ、ああ」
机の上にリーシャが収納鞄から出した指輪とペンダント、エレーヌの依頼品の3点を並べる。
(違いが分からん……)
正直、宝石に疎いオスカーにはどれも同じように見えてしまうようだ。だが、よく見るとエレーヌの言うようにリーシャの指輪についているエメラルドは心なしか曇って見える。まるで「すりガラス」のような透明度だ。
一方でペンダントと依頼品は透かせば向こう側が容易に見えるような高い透明度だった。