証明
翌日、朝一で村を発ち夕方には聖都ソレイユへ到着した。「ゆっくりしている暇はない」と女性を伴い大聖堂へ向かう。ヨハンと聖女に取り次いでほしいと言うと客間で待つよう伝えられた。
暫くするとヨハンと、ヨハンに説得されたのか祈祷室から出て来たミレニアが客間へやってきた。
「えっ!」
女性の姿を認めたミレニアは驚愕の表情を浮かべる。まさか自分の母親が居るとは思ってもいなかったようだ。
「聖女様のお母様がわざわざいらっしゃるなんて一体どのようなご用件でしょうか……」
想定外の訪問者に困惑しているヨハンと目が合ったミレニアは自らの動揺をヨハンに悟られないようにリーシャに詰め寄った。
「母を連れてくるなんて……一体何を考えていらっしゃるの?」
「ミレニア、こちらの方に御迷惑をおかけしたんですって?」
「ち、違うの! この人の修理が下手だったから……ちゃんと直してって言っただけで!」
ミレニアの焦る様子を見た女性は「はぁ」とため息を吐くとヨハンの方へ居直り「司教様にお話しなければならないことがあります」と「聖女」と「教会」に纏わる話を始めた。
話の内容は昨夜リーシャやオスカーと交わしたものと大差はないが、長年教会に仕えてきたヨハンにとっては信じがたい話のようで、話を聞き終わった後も暫く呆然としているようだった。
「……まさか、信じられません。先代の聖女様は一切そんな素振りをお見せにならなかったので」
「ごく僅かと言えど母は魔力があったので、『杖』があればそう見せかけるのは容易かったのでしょう」
「確かに、聖女様の魔法を見る機会と言えば『生誕祭』の時だけでした。あとは訪問者の応対と祈祷室と居住区を往復されるだけで……。基本的にどちらも清掃以外の用件では入室を禁止されておりましたから」
「恐らく、普通ではない暮らしを隠すためだったのだと思います。母も魔道具を使えない人だったので、よく見れば違和感があると気付かれる可能性がありますから……」
「……なんと」
代々聖女の居住区には立ち入り制限がかけられていた。「祈りの妨げになるから」とされていたが、魔道具がない部屋を見られて疑問を持たれると困るというのが実情だったようだ。
「ちなみに、杖の点検はどうなったのでしょう」
大体の説明が終わったところでリーシャは念のためお願いしておいた「工房」での杖の点検結果についてヨハンに尋ねる。
「杖にも水晶にも異常はないと」
「そうですか」
聖女贔屓の……村出身の職人がやっている「法具を作った工房」のお墨付きだ。これで杖と水晶には異常が無いと証明された。
「さて、ヨハンさん。これらの話を聞いてどう思われますか? この『苦情』通り、私の修復に不備はあったのでしょうか」
「……」
ヨハンは石像のように黙って動かないミレニアを見て気まずそうな顔をする。誰の目から見ても答えは明白だ。
「いいえ。貴女の修復は完璧でした。私もこの目で確認した上で判を押しています。この度の『苦情』は難癖以外の何物でもありません。魔法教会を代表してお詫び申し上げます」
「では、事の経緯を纏めて一筆認めて頂けますか。組合に提出して『苦情』が来た記録を消して貰わなければならないので」
「……かしこまりました」
「ちょ、ちょっと待って!」
大きな声がした方を見るとミレニアが慌てた様子で割って入って来た。
「そんなことをしたら私が『魔力無し』だってバレるでしょ!」
「ばれるも何も、とっくに組合に報告済みですが」
「はぁ? 何で勝手にそんなこと……!」
リーシャは胸倉を掴んだミレニアの手を払いのけると「良いですか?」と子供に言い聞かせるような声で言った。
「私は貴女のせいで『修復を失敗した宝石修復師』だと嘘のレッテルを貼られたんですよ。しかも『苦情』を貰うという不名誉な形で。『苦情』が来れば一生記録に残ります。今後私に依頼をしようとした人全ての目に留まるんです。それで依頼を止めようという人だって現れるかもしれない。これがどういうことか分かりますか?
『苦情』を貰ったら弁明するのは当たり前でしょう。その際に実際に起きたことを話して何が悪いのですか? 『魔力が無くても魔法を使えるようにしろ』と言ったのは貴女ですよ。その経緯を組合に報告するのは当たり前のことではないのですか」
ここ数日の不満がとめどなく口から溢れてくる。最初に文句を言いに来た際にミレニアが祈祷室へ逃げていたので余計だ。
「私は魔法教会の信者ではないので貴女に魔力があろうがなかろうがそんなことどうでもいいんです。誠実にこなした仕事に難癖をつけ、私の職歴に嘘で泥を塗った。それが許せないだけですから。あの夜、あのまま貴女が引き下がれば貴女に魔力が無いなどと報告しなくて済んだんですよ。我儘を断られた腹いせに『苦情』なんかで嫌がらせをするからこうなったんです。身から出た錆以外の何物でもありません」
「だって……! じゃあどうすればいいのよ! 生誕祭まであと少ししかないのに! つべこべ言わないでなんとかしてよ!」
「いい加減にしなさい!」
癇癪を起こすミレニアを見かねた女性が叱責する。
「この方に言っても仕方ないでしょう。これ以上迷惑かけないで」
「……だって」
「何?」
「私だって好きで聖女なんてやってるわけじゃない……。私しかいなかったから仕方なく……なのに……聖女様は素晴らしい魔法が使える凄い人だって……そんな人達の血筋だから私も同じだと思ってたのに……」
ぶつぶつと小さな声で呟くミレニアを皆何とも言えない表情で眺めるしかなかった。
「嘘つき!! 最初から知ってたら……私だって!」
大きな声で叫ぶとミレニアは客間を飛び出て走り去ってしまった。しんと静まり返った客間に取り残された四人は顔を見合わせる。
「申し訳ありません……。書類は作っておきますのでまた明日足を運んで頂いても宜しいでしょうか」
疲れ果てた顔したヨハンにリーシャは「構いませんよ」と告げると「ヨハンと話がしたい」と言う女性を残して二人は大聖堂を後にした。
「一件落着……か?」
いまいちスッキリとしていなさそうな顔をするオスカーにリーシャは「どうでしょう」と返事をした。どう考えても「解決した」と言える状況ではないが、「嘘」だと認めさせることは出来たので組合への報告と記録の訂正は出来そうだ。リーシャにとってはそれさえ叶えば問題はない。後は教会と聖女の問題だからだ。
「とりあえず、ひとまず何か美味しいものでも食べに行きましょう。今はそんな気分です」
「そうだな。英気を養うのが一番だ」
ヨハンのことを考えると可哀そうになるが明日の朝一で「報告書」を取りに行くとして、ひと段落した祝いに美味しい酒と食べ物を求めて夜の街に繰り出した。