沈み彫り
久しぶりに一人になったオスカーは地図を片手に観光を楽しんでいた。聖都ソレイユは魔法教会の信徒が集まる「聖地」であり、全国各地からやってくる信徒や観光客をターゲットにした「観光地」や「土産物屋」が沢山あるのだ。
「お兄さん、見て行ってよ」
土産物屋の客引きをしている女性店員がオスカーに声を掛ける。
「ソレイユ土産と言ったらこれ! 水晶細工は如何かね」
「ほう、これはまた立派な水晶細工だな」
店頭には水晶を使って作られた彫刻や装飾品が並んでいる。動物の形に彫られた置物や水晶を加工して作ったビーズで編まれた腕輪など多種多様な水晶細工が並んでいたが、その中でも特に目を引いたのが水晶の内側に彫刻が彫られたペンダントトップだった。
「それは『沈み彫り』って言うんだよ」
店員はペンダントトップを手に取ると裏返して見せた。
「なるほど! 裏から彫ってあるのか」
「そう。裏から彫っているから表から見ると中に模様が浮いているように見えるのさ。面白いだろう? 昔から有名なんだ」
「沈み彫り」はしばしば透明石の加工に用いられる技法である。一般的に石に施される彫刻と言えば模様が浮き上がるように周囲を彫り進める「カメオ」や「レリーフ」などの「浮き彫り」であるが、「沈み彫り」は「浮き彫り」とは対照的に裏から模様を彫る事によって石の中に模様が沈んでいるように見えるのだ。
「裏から彫った模様を表から見る」という特性上、透明石にしか施せない技法ではあるが、まるで氷の中に模様を閉じ込めたかのような美しさは「浮き彫り」にも負けない魅力がある。
「ここら辺は昔水晶が良く採れた場所だから水晶細工が盛んだったんだよ。その名残で土産物の定番になっているんだ」
「昔ということは今はもう採れないのか?」
「ここではね。見ての通り山を潰して街にしちゃったからね。でも少し奥に行った場所にまだ古い鉱山が残っていて、そこから出ている水晶が流れてきているんだ。昔と違って小さい石ばかりだからなかなか大きな細工は作れないけど、ないよりはマシだろう?」
「……なるほど」
土産物とはいえ見事な彫刻だ。つるりと磨かれた水晶の中に花の模様が彫られている。それを真鍮の土台に留めたシンプルなペンダントトップだ。ちらっと付属している値札を見る。
(高いな……)
正直石の良し悪しは分からない。付けられている値札が高い気はするが相場が分からないのでどれくらい盛られた値段なのか判断がつかないのだ。
(『知識は金』だと良く言ったものだ)
結局はこういう所なのだ。知識が無ければ損をするのは当たり前で、旅をする以上その土地に関する調査を欠かしてはいけない。
「色々あって迷うな。出来れば他の店も見てから決めたいのだが」
「それなら奥の方に行ってみな。何件か工房があって、そこで直接買うことも出来るからね」
親切な店員は「そっちの方が安く済むよ」と言ってオスカーに簡単な地図を描いて渡した。オスカーは心の中を見透かされたような気がしてなんとも気まずい気持ちになったのだった。
* * *
聖堂の前にある噴水広場、そこから少し奥に入った所に水晶細工を作っている工房がある。土産物屋で売られている水晶細工は全てそれらの工房で作られた物だ。工房の中には販売スペースを併設している所もあり、観光客や巡礼者が職人から直接購入出来るという。
土産物屋の店員に貰った地図を手に何件か工房を巡る。価格相場の調査は大事だ。
(……どの工房も土産物屋より少し安いな)
どうやら土産物屋は元値に2~3割の上乗せをしているようだ。「そっちの方が安く済む」という店員の話は本当らしい。工房では手の込んだ「花」や「文様」の沈み彫りもあれば文字を一文字だけ彫ったシンプルな物や加工する際に出た水晶の欠片を使った安めの装飾品まで様々な価格帯の作品を扱っていた。
「『お守り』にする方が多いんですよ」
作品を眺めていると若い職人が声を掛けて来た。
「この一文字のやつとか、自分の名前や贈る相手の名前の頭文字を選んで『お守り』として身に着ける方が多いんです」
「そんな使い方があるのか」
「はい。この街が魔道具発祥の地って言うのは知っていますか? 『お守り』はその先駆けだと言われているんです」
宝石を『核』として使う魔道具が開発される前、人々は宝石そのものに願いを込めて『お守り』として身に着けていたという。水晶が良く採れたこの土地では水晶の結晶や水晶細工をお守りとする文化があり、それが魔法と組み合わさって魔道具へと進化していったのだと職人は語った。
「つまり魔道具の先祖ということか」
「簡単に言えばそうですね。考え方としては魔法と言うよりも原始的な信仰に近いものがありますが」
(そう言えば、あの司教も杖の水晶と同じ産地の石を『お守り』として持っていたな)
水晶を修復する際に司教が提供した水晶を思い出す。あれも確か「お守り」だと言っていた。杖の水晶と同じ産地で採れた物だと言っていたが……。
「そう言えば聖女の法具にも水晶が付いていたが、水晶細工が有名なのと何か関係があるのだろうか」
「勿論。さっきここが魔道具発祥の地だって話をしたでしょう。あの法具は世界で一番最初に作られた『魔道具』だと言われているんです」
「……あの杖が?」
職人曰く、「始まりの聖女」の為に「お守り」を元に開発されたのが「杖」なのだそうだ。元々「お守り」という文化があった土地だからこそ水晶を「核」として魔法を補助する道具を思いついたのではないかと言うのが職人の持論だ。
「なるほど。元々『お守り』が先にあって、その後に『聖女』と『魔道具』が生まれたのか」
「そうなんです。あまり知られていない話ですけどね」
教会は魔法を広める為に「誰でも使える魔道具」の開発に力を入れていた。魔道具の生産が安定して出来るようになるとそれを手に全国各地へ司祭を派遣し、教会を立てて魔法と魔道具を広めていったのだ。「お守り」はその時点で既に役目を終えており、「魔道具」が登場して以降は「土産物」としてソレイユに残るのみとなってしまった。
「今はお土産専門みたいになっていますが僕ら水晶細工職人のご先祖様は元々『お守り』作りの職人だったみたいです。だから誇らしい立派な仕事なんだって父が良く言っていました。まぁ、年々水晶が採れる量が減っていて廃業する仲間も増えているのが現状ですが……」
壁に飾られた古い写真を眺めながら職人は懐かしそうな目をする。水晶の鉱山で採られた古びた写真には大勢の鉱夫と職人達の在りし日の姿が映っていた。
(この女性の顔……)
その写真に写る一人の女性にオスカーは見覚えがあった。いや、正確にはその女性に似ている女性を知っていた。
「この写真は何処で撮った物なんだ?」
「古老鉱山ですよ。ここから馬車で半日くらい行った所にある古い鉱山です。今でも細々と稼働している現役の鉱山で、かつてはここら辺で一番大きかったとか」
「なるほど」
「まぁ観光地でも無いですし、今は凄く寂れているって聞きますけどね」
話を聞いた礼に沈み彫りの水晶細工を購入して工房を後にする。
(帰ったらあの写真についてリーシャに話してみよう)
壁に貼られた写真に写っていた女性が妙に気になって仕方ない。もしもオスカーの「勘」が正しければ、リーシャの汚名を晴らす手助けになるかもしれない。一度宿に戻ってリーシャの帰りを待つことにした。




