不思議なかんざし
翌日、朝食をとった後に荷物を纏めて庭園の片隅に停めてある飛行船へ乗り込む。隣国との国境まで送ってくれると言うので厚意に甘えることにしたのだ。
「足止めして済まなかったね。お詫びに旅で役立ちそうなものを用意したから持って行ってくれ。うちの庭で育てた薬草と煎じ薬だ。効能を紙に書いて入れてある」
ヴィクトールはそう言って大きな革をリーシャに手渡した。
「ありがとうございます。薬は幾らあっても嬉しいので有難く受け取らせて頂きます」
「また落ち着いた頃にでも寄ってくれ。今度はゆっくり観光でも」
「そうですね」
親し気に言葉を交わすリーシャとヴィクトールをオスカーは何とも言えない顔をして眺めている。
「では、失礼します。またどこかで」
飛行船に乗り席に着くとオスカーはどこかソワソワした様子でリーシャに尋ねた。
「……リーシャ、皇帝と何かあったのか?」
「実は昨晩、皇帝陛下が私の部屋に尋ねてきまして」
「なんだと!」
思わず立ち上がりそうになったオスカーを「落ち着いて下さい」と宥める。
「仕事の話を色々と」
「何故起こさなかった!」
「大分ぐっすりと眠っているようだったので」
ヴィクトールの手中にはまっていたと伝えるのはあまりに酷なので言葉を濁した。
「大丈夫だったのか?」
「それが……求婚されました」
「求婚!?」
「勿論お断りしましたが」
オスカーの顔は赤くなったり青くなったり忙しい。貰った革袋の中に一つ、硬い感触がある。中身を確認しようと革袋を開いたリーシャの手が止まった。
「オスカー、これに心当たりはありますか?」
革袋の中から取り出した装飾の施された木箱を見たオスカーは首をかしげる。
「いや。薬箱か何かか?」
リーシャが木箱を開いて見せると中から柔らかい布に包まれたラベンダー翡翠のかんざしが現れた。ポプリと一緒に入っていたのか、ふわりとラベンダーの香りが漂う。
「ラベンダー翡翠を使ったかんざしなのですが、オスカーのお母様に頂いたかんざしと似ているなと思いまして」
収納鞄から珊瑚のかんざしを取り出して並べる。
「このかんざしを母上が?」
「はい。出国する際に頂きました。ご実家から持ってきたものだと」
「ふむ……。言われてみれば確かに似ているような」
「『花』をモチーフとした彫刻、かんざし、装飾が施された美しい箱……と共通点が多いと思いませんか?」
オスカーは何か手がかりが無いかと思いを巡らす。母の実家は確か遠方にある国で、オスカー自身も幼い頃に一度だけ行ったきりだ。手紙や物のやり取りはしているが、人の行き来は滅多にないので親戚とはいえあまり馴染みがないのだ。
贈り物と言えば、毎年乾燥させたハーブや薬草、花の種なんかが届いていたような。確か花やハーブ、薬草の生産が有名な国で……。
「そういえば」
一つ思い出したことがあった。あれは姉が成人した時のことだ。
「確か……姉が成人した時に母上が髪飾りを作って贈っていたな。妹が大層羨ましがっていたのが印象的だったので覚えている。それにも花の彫刻が施された石が留まっていたような」
「なるほど。では、やはりこの髪飾りは……」
「……いや、まさか」
髪飾り、そして何より革袋に詰められた大量の薬草。
「だが、仮にそうだとしても皇帝が血筋に居るなど聞いたことないぞ。ウィナーという姓も聞いたことがない」
状況から見るとヴィクトールがオスカーの血縁者である可能性は高い。オスカーの母がそうであったように、姫が別の王家へ嫁ぐのは珍しくはないからだ。
しかしいくら母方の親族との行き来が少ないからと言って身内の者が「皇帝」に即位したことを「知らない」ということがあり得ようか。
「一度母上に聞いてみるか」
オスカーの実家とは「オスカーの生活費を送る」という名目で定期的に組合窓口を通して連絡を取っている。次の国に着いたらヴィクトールについて知っていることは無いか王妃宛に手紙を送ることにした。
『また会える日を楽しみにしています。ヴィクター』
木箱に添えられた手紙を眺めながら眼下に広がる帝国と「冠の国」の行く末に思いを馳せる。戦争が始まれば「冠の国」はひとたまりも無いだろう。
(オリバーとモニカに風の導きがありますように)
残してきた「仕掛け」が上手く作動することを祈りながら、リーシャとオスカーは「偉大なる帝国」を後にした。