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敗者の内情

「……」


 ウィナー公船会社の飛行船、その操縦室内は静まり返っていた。ウィリアムは青い顔をして唇をわなわなと震わせている。こんなはずでは無かった。その一言が頭の中でこだまのように響き渡っていた。


(流星砲を全て防がれた……だと?)


 小さな「核」に火魔法で高熱の炎を纏わせて射出する「流星砲」、それがウィナー公船会社が密かに開発していた飛行船用の武装の名だった。小さな石ころに炎を纏わせて圧縮した「弾丸」が尾を引きながら飛んでいく様を「流星」に例えた新兵器だ。


 「核」は小さくても構わない。極端に言えばそこら辺に転がっている石でも良い。それを大砲に入れて魔力を注げば弾丸が形成され、射出される仕組みだ。

 弾丸そのものを持ち込む必要が無く、どこでも採集できる「核」を収納箱で大量に持ち運びできるという点から重量制限のある飛行船にピッタリの兵器だと自負していた。


 それがあんなにも簡単に防がれ、一発も当たらないとは……。ウィリアムは落胆を通り越して絶望にも近い気持ちを味わっていた。


「兄上にどう報告をすれば……」


 先ほどまで真横にいたオリバーの飛行船は既にはるか遠くに見える。これから巻き返すのは不可能だろう。つまり優勝は出来ない。あのルビーを手に入れることが出来なくなってしまったのだ。


 本来ならば堂々と手に入れた賞品ルビーで巨大な流星砲を生産する予定だった。「賞品を使って新しい飛行船を作っている」とでも言えば「誤魔化せる」と思ったからだ。

 そしてそれを硬式飛行船に取り付けて「冠の国」を内部から侵攻する狼煙を上げる。「やってみせましょう」と意気揚々と兄に息巻いた記憶が蘇る。


 あんなにも自信満々にプランを披露したにもかかわらずこの様だ。


「あの女だ! あの女さえいなければ……」


 そうだ。そもそもこの計画が狂ったのはあの「リーシャ」とか言う女のせいだ。オリバーの発動機をあの女が直さなければ……。


(まさか、飛行船を直したのも……)


 確か宝石修復師だとか言っていた。宝石を直せるなら飛行船だって直せるのではないか。……俄かには信じがたいが、一週間で元に戻ったとなると「魔法」以外考えられない。それにあの防御魔法と妙な加速装置……


「くそっ!」


 苛立ったウィナーはガシャンと壁を叩く。


「始末しておくべきだったのだ!」


 「痛めつける」だけではなく始末しておけば。あの二人組だけではなく、オリバーとモニカも始末するべきだったとウィリアムは後悔した。実際は痛めつけることすら出来ず、雇ったごろつきから虚偽の報告を受けているとは微塵も思っていなかったのだ。


(ともかく兄上へどう報告するか考えなくては)


 期待を寄せていたであろう兄にこの失態をどう報告するか。もう巻き返せないと悟ったウィリアムは真っ青な顔でひたすらどう弁解すべきか考えていたのだった。


 * * *


 首都の上空に花火が打ち上げられる。レースの先頭を走る飛行船が飛行場へ帰って来たのだ。展望台や飛行場近くの広場に集まった観衆は皆旗を振ってオリバーの飛行船を出迎える。

 係留柱に繋ぎ留められた後、係員が感知器についている全てのランプが点灯していることを確認した。


「おめでとうございます。貴方の飛行船が一着です」


 係員にそう告げられたオリバーは信じられないというような顔で「ありがとうございます」と頭を下げた。


 続いて飛行場へ帰って来たウィナー公船会社の飛行船を来賓席から苦々しい顔で見つめる者がいる。大会の実行委員である造船所組合の組合長だ。


(あんなにお膳だてをしたのに負けおって……)


 「北方鉱山で採れた最後のルビーだから今回の飛行船レースの賞品にして欲しい」とウィリアムが「鳩の血(ピジョンブラッド)」のルビーを持ってきた時は驚いた。あんな高品質のルビーが北方鉱山で採れるわけがない。ウィリアムは明らかに嘘をついている。

 異国の企業が、しかも公営企業が「冠の国」で造船業を始めることに最初は反対だった。資金力のあるウィナー公船会社が参入すれば経営難の造船所はひとたまりもないからだ。鉱山が次々と閉山している今、造船業が廃れればこの国は終わりだ。それは誰の目にも明らかだった。


『私達はこの国の造船業を潰そうとしている訳ではありません』


 社長であるウィリアム・ウィナーはそう言って経営が傾いた造船所の買収と従業員の受け入れを申し出た。


『あなた方の技術力は素晴らしい。私はそのお力をお借りしたいのです』


 今よりもずっと良い給料、最新の設備に安定した販路の提供。確かに魅力的な、魅力的過ぎる提案だった。


『だが、他国の公営企業に用地を売却するなんて国が許すだろうか』


 打診を受けた造船所の従業員たちは口々にそう言った。他国に造船所の土地を明け渡すということはただ一つ残された自国の利益を手放すことに他ならないからである。


 そう疑問に思ったのもつかの間、不思議なことにすんなりと「許可」が降りて複数の造船所はウィナー公船会社に身売りをした。土地を更地にし、その上に巨大な船渠がいくつも作られたのを見た組合員達はあっという間に元居た造船所を辞めてウィナー公船会社へ再就職した。


 その結果、人手と技術を失った周辺の造船所のほとんどは廃業や休業に追い込まれたのである。


『国が許可を出したのは隣国から金を借りた見返りらしい』


 ちょうどその頃だ。そんな噂を聞いたのは。つまり国は金に釣られて造船業を切り売りしたのだ。組合長は愕然とした。


(なんて腐った国なんだ)


 自分たちは国に見捨てられた。国を支える頼みの綱である自分達を断ち切ったのだと絶望した。


『今度のレースはウィナー公船会社を優勝させる』


 ある日組合にやってきた議員とウィリアムは「鳩の血」を組合長の目の前に置いてそう言った。


『優勝させるって……()()()ということですか?』

『ウィリアムさんの飛行船がうちのオンボロに負けるとは思えんが、念には念を入れてな。レースに出る造船所のリストを渡して貰おう』

『……はい』


 議員は組合から入手したリストを元に参加者を調べ上げ、ギルドに圧力をかけてオリバーが新型発動機を開発したことや「宝石修復師」に依頼をしたことを突き止めるとそれをウィリアムに漏らしたのだ。

 オリバーの造船所と修復師の宿やが襲われたと聞いた時は「そこまでやるのか」と頭を抱えたが、蓋を開けてみればこの通りだ。


 来賓席に目を遣ると件の議員が顔を真っ赤にして震えているのが見える。おおよそウィリアムに金でも貰っていたのだろう。あの「鳩の血」を何が何でもウィリアムに渡さなければならない理由でもあったのだろうか。


(いい気味だ)


 大空に舞うオリバーの飛行船を眺める人々の顔は晴れやかだ。我が国にもまだ「誇れる」物があったのだと思い出させてくれたような気がした。

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