決着
「おい、やつらの飛行船の様子がおかしいぞ」
監視をしていたオスカーが声を上げる。ゴンドラの下部にあるハッチが開き筒の様な物体が現れたのだ。
「オスカー、私の目がおかしくなければ大砲のように見えるのですが」
「奇遇だな。俺の目にもそう見える」
大砲の口がピカッと光ったかと思うと「ドン!」と大きな音がして船内に強い衝撃が走った。しかし衝撃波に身を貫かれながらもオリバーの飛行船は無傷である。飛行船を囲うように張り巡らされた防御魔法が砲弾から船を守ったのだ。
「びっくりした! じいちゃん、大丈夫?」
操船の補助をしていたモニカが目を白黒させる。
「あ、ああ、大丈夫だよ。モニカ、船に異常が無いか見てくれ」
「分かった!」
オリバーは冷静にモニカに指示を出すとそのままの速度でウィナーの飛行船を追い抜いていく。真横に居るよりさっさと追い抜いて引き離した方が安全だと考えたのだ。
「まさか本当に積んでいるとは」
「重量制限を考えると重い砲弾を積む余裕があるとは思えませんが……。収納箱にでも入れているのでしょうか。それとも砲弾とは違う何か別の仕組みを生み出したとか?」
「……気になるのはそこか?」
「ふふ、だって魔工宝石を使用した重火器なんて本でしか見たことがありませんから。本物を見る機会があるなんてワクワクしませんか?」
「……そうだな」
ドカンドカンと次々に砲弾が当たる音がする。勿論飛行船ではなくその外側にある防御壁に……だが。
「船体に異常は無さそうです」
オリバーの言葉にリーシャは安堵した。こういうこともあろうかと用意した布製の特製魔道具、それが役に立ったのだ。鉱石を溶かした染料で染めた糸で刺繍を施し魔道具に仕立てる「とある国」の伝統工芸で、ガス袋に織り込むためにリーシャが伝手を使って緊急発注した特製品だ。
「問題ないようでしたらこのまま一気に引き離しましょう。何もせずに撃たれ続けるのも鬱陶しいですし。更に速度を上げるので操船をお願いします」
リーシャは収納鞄から高級ポーションを取り出して一気に飲み干すと更に強い追い風を発生させた。オスカーに防御壁の操作を任せて砲弾と空気抵抗から飛行船を守る。防御魔法で作った障壁は骨組みの入っていない軟式飛行船で速度を出す為の仕掛けでもあった。
強い追い風を受けて後続のウィナー公船会社」の飛行船をどんどん引き離す。狭い渓谷はスピードを出したまま航行するのが難しい場所だったがオリバーの卓越した操船技術と防御壁の守りによって難なくチェックポイントへ到達した。
「最後のランプが灯ったね」
ゴンドラの天井に設置してある感知器に全てのランプが灯ったことを確認する。あとはゴールへ向かうだけだ。
「今の所発動機も問題なく動いているよ。こんなに速度を出しっぱなしなのに大したものだよ」
機関室で発動機の状態を確認したモニカが感心した様子で言う。リーシャが調整した魔工宝石は負荷がかかっても熱を帯びることなく正常に稼働し続けていた。
「この調子ならゴールまでぶっ飛ばしても問題無さそうだね」
「それは良かったです。ぶっつけ本番だったので少し心配だったんですよね」
壊された飛行船を秘密裡に修復したため発動機の性能を試すための公試を執り行うことが出来ず、実際に想定通りの働きをするのか分からなかったのだ。
特にルビーとサファイアの混合魔工宝石はリーシャにとっても初めて作る代物だったので内心「大丈夫だろうか」という不安があった。
しかしこうして実際に走らせてみると最高速度を出し続けて追い風で負荷をかけても熱暴走せず正常に稼働し続けている。間違いなく「成功」と言ってよい物だ。
「まさかこんなに良い発動機が出来るとは……。リーシャさんには感謝してもしきれません。この試作品を元に量産出来れば我が国の飛行船事業もきっといい方向へ向かうでしょう」
「オリバーさんはこの発動機を量産するおつもりなんですか?」
「はい。中小規模の造船所だってウィナー公船会社に勝てるんだと示したいのです。そうすれば社員たちも戻って来てくれるかもしれないですし……」
寂しそうに語るオリバーに対してモニカは「あんな裏切り者、戻ってこなくていいよ」と怒りをあらわにする。拡大を続けるウィナー公船会社の引き抜きによって中小規模の造船所は衰退し、廃業する者も後を絶たない。
中には元居た会社の情報やノウハウをそのままウィナー公船会社に持ち込む者もおり、モニカは「恩を仇で返す裏切り者だ」と憤っているのだ。
それでも人が居なければ飛行船は作れない。熟練の職人達が戻ってこなくてはオリバーの造船所も先が無いだろう。オリバーとモニカ、二人で出来ることにも限度があるのだ。人を呼び戻す。そのためにウィナー公船会社に「勝てる」何かが必要だった。
「ウィナー公船会社に勝てる発動機。それがオリバーさんの切り札なんですね」
「はい。うちの造船所が持てる最後の切り札、それがこの発動機でした。リーシャさんに作って頂いた魔工宝石そのままの再現は出来ないかもしれませんが、『冷却する』という発想を取り込んでもう少し改良すれば……」
(オリバーさんは船を作るのが好きなんだな。造船所の再興、そんな夢を見ている人に『もうすぐ戦争が始まるかもしれない』なんてどうして言えようか)
夢を語るオリバーの横でリーシャは悩んだ。あの火砲を見るに隣国が飛行船の武力化を進めているのは間違いない。とすると「戦争」という物騒な物がすぐそこまで迫っているという考えもあながち間違いではないだろう。戦争が始まれば「造船所の再興」などと言っていられなくなる。だが……
(オスカーもいることだし、そんなに深入りはしたくない)
リーシャの目的はあくまでも「蒐集物」の回収だ。国同士の戦争に首を突っ込むつもりも巻き込まれるつもりもない。
自分一人ならどうとでもなるがオスカーを連れていてはそうもいかない。巻き込まれる訳には行かないのだ。
背後からのノックを感じながら「どうするべきか」と考えているうちに飛行船は渓谷を抜けて首都の飛行場へと向かい始めた。
魔力が切れそうになる度にポーションを胃の中に流し込む。防御魔法の魔道具を使い続けているオスカーの顔には疲労の色が見え始めていた。
「オスカー、無理をさせてすみません。あと少しなので頑張って下さい」
ポーションと枯渇熱用の薬をガブガブと飲みながらオスカーは頷く。リーシャも風魔法を使い詰めだ。相当体に負担がかかっているに違いない。リーシャが頑張っているのに自分が倒れる訳には行かないとオスカーは必死だった。
「もう後ろをかなり離したし風魔法は要らないんじゃない?」
モニカの言葉にリーシャは首を横に振る。
「いえ、出来れば砲弾の射程外まで出たいのでこのままゴールまで突っ走ります。私は大丈夫ですが、オスカーが辛そうなので」
「なるほど、分かった。任せきりですまないね」
「いや、気にしないでくれ。ただ、少し急いでくれると助かる」
「了解。じいちゃん、聞いてた?」
「ああ。ゴールまであと僅かだ。モニカ、そのまま機体をみていてくれ」
オリバーの飛行船は終着点へ向けて猛スピードで飛び続ける。いつの間にか砲撃は止み、後ろを走るウィナー公船会社の飛行船も米粒ほどの大きさになっていた。




