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王の御座

「さて、登山を開始しますよ」


 「王の御座」に近づいた飛行船は徐々に高度を上げていく。バラストの水は既にすっからかんなので昇降舵の操作と発動機の馬力、上昇気流を駆使して登頂するのだ。前の飛行船から引き離されないように出来るだけ速く登らなければならないので風を読む力が試される。


「風よ、汝の流れを教え給え」


 普通ならば「目に見えないもの」を見つけるのは難しい。しかしリーシャは風魔法に長けた宝石修復師である。分からないならば聞けば良い。古くからの魔法を得意とするリーシャならではの戦法だ。


「オリバーさん、もう少し高度を下げて下さい。あそこの岩の辺りからならばうまく風に乗れそうです」

「分かりました」


 オリバーはリーシャの言う通りに少し前方に見える岩の位置に合わせて少し高度を下げる。すると岩の上を通過すると同時に速力を上げていないにもかかわらず飛行船の速度が上がった。気流に乗ったのだ。


「凄い! ピッタリだ」


 モニカが驚き入ったような声を上げる。


「風魔法にこんな使い方があるとは……」

「ふふ、驚きましたか? 風魔法は攻撃するだけではないんですよ」


 攻撃魔法としての風魔法しか知らないオスカーにリーシャは悪戯っぽく笑いかける。


「風は『空気』がある場所ならばどこでも起こりうるものですから『拡大解釈』しやすいんです」

「拡大解釈とは?」

「『言葉』を介して使う古い魔法は解釈次第でいかようにも使い道を広げることが出来るのが利点です。目的を決めてそうなるように組んである魔道具と異なり、『言葉』の組み合わせ次第で使い手の思うように効果を決めることが出来るのです」

「つまり使い手の解釈の仕方次第で魔法の幅を広げることが出来るのか」

「ええ。例えば『音』。これも『風が音を運ぶ』ものだと使い手が解釈していればそのようになります。遠くで話している音を風が運ぶと使い手が解釈すれば相手の会話を盗み聞くことも、逆に自分の声を遠くにいる相手に伝えることだって出来るのです」

「頭が柔らかい人間ほど『古い魔法』に適しているということだな」

「はい。知識を積み重ねる才と柔軟な発想。それが古い魔法を使うのに必要な素養であると言えますね」

「ふーん、じゃあ特に決められた呪文を唱えてるって訳で無いんだ」


 横で話を聞いていたモニカが口を挟む。


「はい。自分が求めている結果に一番近くなりそうな言葉を選んで組み合わせる形ですね」

「なるほど。使う人によって個性が出そうで面白いね」


 呪文は人それぞれ。「これの文言で無ければならない」という決まりはないので詩的な「ポエム」を好む人も居れば「条件」のみを羅列する機会的な注文を好む者もいる。リーシャは対象となるものに「お願いをする」のが魔法であると考えているので「呪文」ではなく「言葉」というフレーズを好んだ。


「私はリーシャの『言葉』、好きだな。魔法をかけるもののことを大事にしているのが分かるから」

「そう……でしょうか?」

「俺もそう思うぞ。上手くは言えないがこう、リーシャの『言葉』は温かいんだ」

「……ありがとうございます。言葉を褒められたのは初めてです。なんか照れますね」


 今まで自分の「言葉」について深く考えたことは無かったリーシャは恥ずかしそうにはにかむ。


「私の国では『万物に神が宿る』という考え方があって、その影響かもしれません」

「万物?」

「はい。例えば道端の石ころ一つにも神様が宿っていて、『魔法』はそうやって物に宿った『神様』にお願いして発生する現象だと考えられている……といったところでしょうか。風魔法を使うのも風に宿った神様に『お願い』をする。宝石の修復も石に宿った『神様』にお願いをする。簡単に例えるとそんな感覚なんです」

「ふーん。うちの国では魔法は『教会』がもたらした奇跡だって教えだからなかなか新鮮な考え方だね。基本的には『言葉』も使わないで魔道具頼りだし」

「そもそもの発生源が異なるんだと思います。全ての魔法が『一か所』から発生した訳ではないでしょうし。時代に合わせて変化してきた部分も多いのでしょう」

「国の成り立ちや歴史によって魔法の形式や使い方が異なる。興味深いな」

「オスカー、興味があるのならば今度じっくりお教えしますよ。魔法の歴史は奥が深い物ですから」

「本当か? 是非教えてくれ。手紙で知らせたら父上もきっと興味を示されるだろう」


 三人が魔法談義で盛り上がっている間にも飛行船はどんどん山を登る。雲をすり抜け山の頂上付近に近づくと双眼鏡で天球儀型魔道具を視認出来るようになった。先行する「ウィナー公船会社」の飛行船は頂上へ到達したようで天球儀の上を通過して下りに入る準備をしているようだ。


「我々もそろそろ準備をしましょうか」


 山頂に着いてからが勝負だ。下りから渓谷にかけて一気に距離を詰める。


「確認ですが、オスカーは()()()の操作を、モニカさんは発動機の補助をお願いします」

「了解した」

「分かったよ」

「オリバーさん、船に負担をかけてしまうことになり申し訳ないのですが操船はお任せしますので宜しくお願いします」

「分かりました。こちらは任せて下さい」


 山頂に到達し、無事にチェックポイントを通過したことを示す三つ目のランプが点灯する。後続の飛行船との距離を十分に取れていることを確認してからオリバーは飛行船の速力を一気に上げた。魔工宝石を使ったブーストで発動機がうなりを上げ、その場から押し出されるようにして飛行船が進み始める。


「風よ、道を開き追い風を恵み給え」


 リーシャがそう口にすると船尾の「風見鶏」がくるくると回り上昇気流の流れが変わった。船体を持ち上げるようにして吹いていた風がピタリと止み、後方からの追い風へと風向きを変えたのだ。


「この船の周りだけ風が避けていくよ!」


 窓から外の様子を見ていたモニカが叫ぶ。雲の流れを見れば一目瞭然だ。オリバーの飛行船の周囲だけ雲が下向きに流れている。なんとも不思議な光景だった。

 前方を飛ぶ飛行船との距離がどんどん縮んでいくのが分かる。相手は上昇気流の中を無理矢理下っているのだ。どちらが速いか考えるまでも無い。


「この分ならあっという間に追い付きそうですね」


 リーシャの言葉通り、渓谷を目の前にして二つの飛行船は並びかけていた。


 * * *


「あり得ない……! 山頂まではあんなに距離があったではないか!」


 後方から迫る飛行船を眺めながらウィリアムが声を荒げる。ゴンドラの内部にはピリピリとした空気が漂っていた。


「もっと速度を上げろ!」

「む、無理です!」

「良いから上げろっ!」


 オリバーが「新型の発動機」を開発したという噂は従業員から聞いていた。オリバーの造船所で働いていた従業員に聞けば「あの爺さんならあり得るかもしれない」と言うので念の為と思い手を打ったが……


(うちの飛行船が最高速度で航行しているのにこんなに早く間を詰めてくるなんて……! くそっ、このままでは渓谷に着くまでに抜かされる!)


 ウィリアムの脳裏に兄の顔が浮かぶ。国の命運を賭けた飛行船事業、それを一手に任せてくれた兄の期待に答えるためにはここであんな弱小造船所に負ける訳にはいかない。何が何でも賞品を手に入れなければ計画がとん挫しかねない。


「あれを使うか」


 こういう時の為に積んでおいた「試作品」、それを試すのには良い機会だ。幸い渓谷に監視の目は無い。目撃者が居ない以上相手の船が沈んでしまえば何が起きても無かったことになる。


「おい、あれを使うぞ」

「え? 本当に使うんですか?」

「規制されている訳ではないだろう。ルール違反にはならない。構わん、準備しろ」


 躊躇う乗員に発破をかけ「試作品」の準備をさせる。天然宝石で作った物と比べると威力は落ちるがあの小舟一つ落とすくらいは容易いだろう。


(仕方ない、消えて貰うしかあるまい)


 競り合うように横に並びかけている飛行船を眺めながらウィリアムはニヤリと笑った。

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