建てられたフラグ
「一つ目のチェックポイントが見えてきましたよ」
オリバーの声で窓の外へ目を向けると眼下に小さな村が見えてきた。
「あそこが一つ目のチェックポイント『開拓村』です」
「開拓村というと、開拓時代の記念館のようなものか?」
「いえ、驚かれるかもしれませんが……実は現役の開拓村なんですよ」
「なっ!」
オスカーは驚きに満ちた表情で眼下の小さな村を見下ろす。開けた場所に小さな小屋のような物がいくつか建っており、その周りで伐採をしている村人の姿が見える。
「御覧の通り我が国は山に囲まれた盆地です。盆地と言っても元は全て山だった場所を少しずつ切り拓いて作った人工的な盆地ですが……。そういう成り立ち故に人口が増えれば増えるほど土地が足りなくなるので常にこうして周囲の山を切り拓いているのです」
「もしかして、工業エリアや鉱山が首都の縁にあるのもそのせいなのか?」
「ええ! 良くお分かりになりまたね。鉱山が枯れると山を潰して土地にするので新しい鉱山は全て街の外側にあるんです。その潰した土地を工業エリアとして使っているので工業エリアは街の縁にあるんですよ」
「なるほど」
つまり首都の中心部から外側にいくにかけて歴史の浅い土地だということだ。「まるで木の年輪のようで面白い歴史だな」とオスカーは感心した。
「感知器の魔道具はあれでしょうか」
リーシャが指さす先、開拓村の真ん中に天球儀のような物体が置かれている。
「そうだよ。あの魔道具には定められた感知範囲があって、その中に入ればこっちの感知器が点灯する仕組みさ。ポイントごとに範囲が異なるから要注意だ。このポイントの場合は……周囲200メートル以内だからそんなに厳しくは無いね」
「よし、高度を落とすので揺れに注意してください」
「じいちゃん、周りの船にぶつからないように気を付けて」
周囲を見ると同じように高度を落とし始めている飛行船がいくつも見える。どうやら他のチームとまだそんなに差がついていないようだ。
「む、速いな」
そんな中、一隻だけ既にポイントを通過して去って行く飛行船があった。
「船体にかかれた獅子のマーク……『ウィナー公船会社』の船ですね」
「技術力は確かという事か。あれだけの性能ならばわざわざ妨害工作などせずとも勝てそうだが……」
一隻だけ速度が違う。積んでいる発動機も高性能だが船体の作りも良いのだろう。何もしなくても優勝出来そうな物だが、レース開始前のウィリアム・ウィナーの様子を見るに妨害してきたのは彼で間違いなさそうなのが不思議だ。
「ですが、あれに勝たなければ」
「そうだね。こっちには『秘密兵器』がある。まだ焦る必要はないさ」
モニカは船尾に取り付けてある「秘密兵器」に目をやりニヤリと笑う。リーシャが発注した特別製の魔道具を使えば「逆転」出来ると踏んでいるのだ。
そうこうしているうちに天井に取り付けてある感知器にランプが点灯した。チェックポイントを通過したのだ。
「よし、じゃあ第二チェックポイントへ向かうよ」
再び高度を上げる為にバラストの水を放出する。飛行船の昇降はバラストへの注水・排出とガスの放出によって行われる。大体の飛行船には水を生成する魔道具がついた魔導バラストを搭載しており、自由にバラストへの注水と排出を行えるようになっているのだ。
飛行船の一団は第二チェックポイントである「冠の水瓶」へと向かう。
「冠の水瓶は『冠の国』の水源なんだ」
「冠の国」はこの「冠の水瓶」以外に大きな水源地を有していない。国自体が小さいので大きな川もなく、首都の近くから水を引ける場所がここしかないのだ。
「大きな湖ですね」
「どうやら地下から水が湧いているらしく、とても美しい湖なんですよ」
湧水による豊富な水量を誇るまさに「水瓶」だ。ここで獲れる魚も美味しいらしく湖の周辺には小さな漁村もあるという。
「第二チェックポイントは水瓶の中央部にある小島だな」
オスカーが地図を確認する。丸い湖の丁度中央部に浮かぶ小島、そこにあの天球儀型の魔道具が置かれているらしい。
「目標高度は約150メートル。さっきよりは低めの設定だね」
「もしかして、後半へ行くにつれて感知範囲が狭くなっているんですか?」
「ご名答。一番の難所で一番低い高度を求められる仕様なのさ。ただ、目標高度が高いからって簡単なわけじゃないよ。急減速と昇降のスムーズさは操縦士の腕次第さ」
いかに無駄なく流れるように感知範囲に接触して離脱できるか。少しのタイムロスでも積み重なれば他のチームに差を付けられてしまう。機体の性能が低くても少しの差なら操縦士の腕次第で追いつけるし、逆に性能が高くても操縦が下手なら追い越されることもままにあるのだ。
「じいちゃんの腕は折り紙つきだから安心しな」
「分かっていますよ。つかず離れず、絶妙な距離感です」
オリバーはリーシャの指示通り前を走る「ウィナー公船会社」の飛行船から離れてはいるものの決して「追い付けない」訳ではない絶妙な位置取りをしていた。
相手の船に「そうしている」と気取られないようにさり気なく良い位置をキープする。そしてレースの後半に一気に勝負を仕掛ける作戦だ。
「まだこちらの手の内を見せる訳には行きませんからね。今はまだ気持ちよく走らせてあげましょう」
今頃独走状態のウィリアムは鼻高々だろうとリーシャは小さく笑った。
* * *
「ふん、やはり心配など要らなかったではないか」
遥か後方に見える一隻の飛行船を見据えながらウィリアムはニヤリと笑う。
(要らん心配だったか? まぁいい。どんな手を使ったのかは知らんが我が社の飛行船があんな急造のボロ船に負けるわけがないのだからな)
一週間で建て直したことには驚いたが、結局自社の最新式飛行船に敵う訳がない。何と言ったってどの船にも勝る速力に空気抵抗を極力削いだ美しい船体、そしてついに完成した「《《あれ》》」を載せているのだから。
(例え追い付かれたとしても排除してしまえば問題はないのだ)
ゴンドラの下部に収納したある物、ウィナー公船会社が密かに開発していた試作品があれば追従してくる飛行船など一網打尽だ。交戦行為は禁止されてはいない。つまり公正な行為なのだ。
「……にしても、案外しぶといな」
思ったよりも後続の飛行船を引き離せていない様子にウィリアムは首を傾げる。これだけ速力を出しているのだからもっと引き離せていても不思議ではないのだが。
「おい、もっと引き離せ!」
「はい!」
操縦士に荒い口調で命令をする。
「優勝するのは我が社で決まりだな」
眼前に迫る小島を眺めながらウィリアムは呟いた。