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野営と護衛と修復師

 その日の夜は街道の脇で野営をすることにした。近場に宿のある集落が無いからだ。


「すみません、天幕が一つしか無いので一緒に使って貰っても良いですか?」


 野営地を決め、夜を過ごすための準備をしようとリーシャがオスカーに声を掛ける。


「構わないが、天幕を持っているのか?」

「ええ。野営は快適に過ごしたい派なので」


 そう言うとリーシャはおもむろにポンチョを脱いだ。動きやすいショートパンツにシンプルなワイシャツ、その上にベストを着ている。腰には貴重品の入った小さな収納鞄、背中にはリュック型の四角い収納鞄を背負っていた。

 大きめの収納鞄を下ろして中から天幕を取り出す。てっきりトランクにしまっているものだと思っていたオスカーは驚いたような顔で収納鞄と天幕を見比べた。


「一人用ですが、結構広いので二人でも使えると思います」

 リーシャが設置したのは雨にも耐えられるしっかりとした素材の天幕だ。高価だったがそれ相応の価値がある。快適性を金で買えるなら安い物だ。

「凄いな」

「これで驚いて貰っては困ります。ご飯もしっかり作りますからね。手伝って貰っても良いですか?」

「あ、ああ」


 リーシャの指示の元オスカーが拾って来た薪や石で簡単な炉を組んだら、収納鞄から調理道具を取り出して調理の準備をする。大きめの鍋なので二人分の調理については問題無さそうだ。


「食材はどうするんだ」

「ご心配なく。町で買い込んでおきました」


(一体あの鞄の容量はどうなっているんだ?)


 オスカーはなんでも出てくる収納鞄が気になるようだ。干し肉と米、塩や香辛料などを水と一緒に鍋に突っ込めば準備完了だ。


「火の神よ、薪に宿り給え」


 リーシャが「言葉」を唱えると炉の中に火が灯った。あとはぐつぐつと煮込むだけである。


「本当はもっとちゃんとした料理が出来れば良いんですけど」

「温かい物が食べられるだけで十分だ」

「それはどうも」


 リーシャにとっては簡易的な料理であっても今のオスカーにとってはご馳走も同然だ。料理が煮えるまでの間、二人は今後のことについて話合うことにした。


「町に着いてからなのですが、まずは組合に顔を出します」

「組合?」

「宝石修復師の組合です。大きな町にはギルドがあるでしょう? そこに組合の窓口があるのでオスカーの登録をしようかと」


 宝石修復師組合は依頼主の依頼を受けて修復師を手配する役目を担っている。宝石修復師には資格が無い為、組合に所属することで身分の保証をしてもらうのだ。


「組合に依頼をすれば『腕が確か』な修復師を紹介して貰えます。修復師には資格が無いので野良の修復師もそれなりにいるのですが、詐欺師や悪徳業者も多いのが実情で……。組合に所属している者は身元が保証されているので高額な依頼も安心して出せるという訳です」

「なるほど。リーシャはその組合からの依頼を受けて旅をしているということか」

「そうですね。私は場所を選ばずに仕事をしているので、依頼が来た場所を渡り歩いている形になります」

「それで、俺を登録するというのはどういう訳だ?」

「宝石修復師の中には戦闘が苦手な人も居るので組合では『護衛』を用意しているんです。依頼の額が額なので、基本的には組合所属の護衛を使うことになっていて。オスカーにはその『護衛』として組合に入って貰おうと思っています」


 高価な宝石や高額な依頼料を扱うので修復師と行動を共にする護衛は信頼のおける人物でなければならない。そこで組合に登録された身元や実力、人柄を精査した人物を「専属」として雇うのが通例となっているのだ。


「護衛になれば組合の一員として身分証も発行されるので便利ですよ。今のオスカーには必要な物なのではないですか」

「……そうだな」


 着の身着のままの様子を見ると身分証すら持っていないだろうと分かる。事情を見透かされたのが恥ずかしかったのか、「参ったな」とオスカーは呟いた。


「何にせよ、とりあえず明日町まで無事に私を送り届けて下さいね。そうすれば実績が出来て推薦しやすくなるので」

「分かった」


 初心者をいきなり護衛にするのは難しいが、修復師の護衛をこなした実績があるとなれば話は別だ。ただでさえオスカーは身元不詳の不審者なのだ。少しばかり推薦文の内容を盛って「リーシャが護衛を依頼した信用の足る人物」に仕立てるくらいが丁度良い。


 ひと段落ついたところでさっさと食事を済ませ、翌日に備えて身体を休める。町まではまだ距離があるので翌日も幾ばくか歩かねばならないのだ。食器の片付けをした後にリーシャは天幕の前でソワソワしているオスカーに声を掛けた。


「狭くて申し訳ないのですが詰めれば二人並んで寝られるはずです。寝袋が一つしか無いのでオスカーには床に直接寝て頂く形にはなりますが……」

「……本当に良いのか?」

「ん?」

「い、いや、こんなに狭い天幕の下に男女が一緒に寝るなんて……」


 オスカーが申し訳なさそうに言うのを見てリーシャは大きくため息を吐いた。


「どういう想像をしているのか分かりませんが、この天幕には防御魔法がかかっているので外に居るより安全なんです。いくら人気の多い街道とはいえ野党が出ないとも限りませんから、オスカーも天幕の中の方が安心して休めるだろうと思っての提案だったのですが」

「……そうなのか。……なんかすまん」


 背中を丸めていそいそと天幕の中へ入って行くオスカーを見送った後に炉の火を消す。


(まぁ、気遣いは有難いですけど)


 オスカーなりの気遣いなのは分かっている。しかしながらそれを肯定することは即ち「意識している」と取られるようで気恥ずかしかったのだ。辺りに不審な影が無いことを確認してからリーシャも天幕の中へ入って行った。


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