手繰り寄せた奇跡
一週間後、空港に開設された臨時駐機場には各造船所渾身の力作が並んでいた。国内外から集まった色とりどりの軟式飛行船が並ぶ様は壮観で、空港の展望台には飛行船見物の観光客が殺到している。
「どういうことだ……!」
とある飛行船の前で一人の男が声を震わせている。
(壊したんじゃなかったのか? 何故ここに留まっているんだ!)
一週間前に「破壊した」と報告を受けたはずの飛行船が目の前にある。その事実に男は動揺を隠せなかった。
(一週間で修理した? そんな馬鹿な! まさかあいつら、嘘の報告を……!)
額に冷や汗を浮かべながら飛行船を眺める男に一人の少女が声を掛けた。
「おはようございます。ウィナーさん。お会い出来て光栄です」
「なっ! お前は……」
「私のことをご存知なんですね。ということはやはり私達を襲うように命令したのは貴方という解釈で宜しいのでしょうか。私達だけではなく、この飛行船も……」
リーシャの言葉を「信じられない」というような顔で眺める男、彼こそ「ウィナー公船会社」の社長、ウィリアム・ウィナーその人だった。
「一体何を言っているのか……失礼する」
ウィリアムは動揺を隠すように足早にその場を後にする。「痛めつけろ」と命令し、男たちから「命令通り痛めつけたからしばらくは動けないだろう」と報告を受けたはずの少女がピンピンしていたのだ。驚かない訳がない。
(どうなっているんだ)
やはり雇った男たちが買収でもされて嘘をついていたのか?
「くそっ」
思わぬ事態にウィリアムは苛立ちを隠せない。
(落ち着け。どんな手を使ったのか知らんがあんな弱小造船所にうちの船が負けるわけがない。それにいざとなったらアレを使えば良いだけのこと……)
怪しげな二人組が祖国の情報を嗅ぎまわっていること、そして小さな造船所で新型の発動機の修理に携わっていることを知って念の為に手を回したが、例え相手がどんな手を使ってきたとしても最新鋭の飛行船を擁するウィナー公船会社が負けるわけがないとウィリアムは信じていた。
祖国の目的を達成するために絶対にルビーを手に入れなけばならない。それによって目的達成のための最後のピースが揃うのだから。
「勝つのは我々だ」
恐怖に似た不安を掻き消すようにウィリアムは小さく呟いた。
* * *
「やっぱり犯人は彼で間違いなさそうですね」
ウィリアムの後ろ姿を見送ったリーシャはオスカーへ語りかける。
「そうだな。まさかあちらから出向いてくるとは思わなかったが」
「念の為に様子を見に来たのでしょうが、見ましたか? あの顔。まるで幽霊でも見たような真っ青な顔をしてましたよ」
「それはそうだろう。大けがを負わせたはずの相手と壊したはずの飛行船がピンピンしてるんだからな」
「ふふっ、作戦成功ですね」
一週間前、壊れた飛行船を前に落胆するオリバーとモニカにリーシャはある提案をした。
「この飛行船、私に修復させて下さい」
「え? そんなことが出来るんですか?」
「飛行船を直すのは初めてなのでやってみないとなんとも言えませんが、一応『修復師』の端くれです。試してみたいことがあって」
「……分かりました。どうせこのままだとレースに出ることは叶いませんし、思い切りやって下さい」
「ありがとうございます」
リーシャはオリバーとモニカに飛行船の設計図や資料を出来るだけ沢山持って来るように言い、それを隅から隅まで読み込むと「ここはどういう構造になっているのか」「どういう原理で動くのか」などと何度も何度も繰り返した。
「修復魔法において必要なのは直すものに関する『知識』です。対象を理解すればするほど魔法に対する解像度が上がってより正確に修復することが出来るのです」
「そういうことなら任せて下さい。時間は限られていますが出来る限り知識と技術を叩きこみましょう」
オリバーとモニカは二日間付きっ切りでリーシャに飛行船に関する知識を叩きこんだ。「何かをしている」ことを外に悟られないように、壊れた飛行船を隠すという名目で格納庫に目張りをし、格納庫内に張った防御魔法の中でただひたすらに壊れた飛行船について語り合った。
「それならばこういう魔道具を搭載した方が良いのでは?」
「なるほど。確かにそれなら解決できるかも」
「あと、実はこういう魔道具を考えて見たのですが……」
「おお、それはいいアイデアかもしれないですね」
「オスカーのように魔力が少ない人でも扱えるようにすれば……」
話し合いの中で新しい装備のアイデアも湧き、修復した物を更に改装することになった。かなりギリギリになってしまいそうだがそこは「金」次第。リーシャ渾身の魔道具をスピード発注し、それを待つ間に飛行船の修復作業をすることにした。
「かなりの重装備だが、こんなに必要か?」
改修案の設計図を見たオスカーが「やりすぎなのではないか」と言う。
「何となく嫌な予感がするので、念には念を入れた方が良いかと思いまして。『無い』より『ある』方が安心でしょう?」
「保険ということか」
「ええ。命は何にも代えがたいものですから」
(そんな物騒な。……とは言っていられないか)
飛行船レースで命が狙われるなんて普通ならば考えられないことだが、相手は文字通り「何でもする」輩だ。万が一のことを考えるとより念入りに「自分たちを守る」を準備するべきだとリーシャは言う。
「正直、これだけの魔道具を特急料金で発注すれば依頼金だけでは足りないでしょう。けれどそのはみ出た部分を被るだけの価値はあると思っています。なにせ、あのルビーを手に入れる為には優勝しなければならないのですから」
リーシャが発注した魔道具は到底オリバーが支払えるような価格ではない。それを自分の持ち出しで賄っても良いと思えるほど今回は「本気」だった。リーシャにとっては「蒐集物」の回収こそが全てであり、それを叶えられるならば少しの出費くらい痛くない、むしろ「必要経費」だと考えているのだ。
「さて、ちゃっちゃと修復しちゃいますか」
「飛行船だったもの」の前にリーシャが立つとオリバーとモニカは興味深そうな顔でそれを見守る。こんなに酷い状態の物が直るだなんて信じられないと言った顔だ。
「飛行船よ、汝の元の形を教えよ」
リーシャが言葉を発すると飛行船やその破片が光を帯び始める。
「船から旅立った欠片たちよ、あるべき場所へ戻りその傷を癒せ。必要なれば仲間を伴うのを許可する」
飛行船と周囲に飛び散った欠片が眩い光に包まれる。欠片は光の粒となって解けると飛行船へ吸い寄せられた。補強素材としてリーシャがオリバーに頼んで持って来てもらった鋼材やワイヤーなども同じく光となって飛行船へ吸い込まれる。暫くすると光が収まり傷一つ無い飛行船が姿を現した。
「おお……!」
まさに「奇跡」としか言えない現象を目の当たりにしたオリバーとモニカは驚きの余り言葉を失っている。
(流石にこの量の修復を一気に行うのはつらいな)
予め用意しておいたポーションを胃の中に流し込みながらリーシャは苦笑いをした。本来ならば一週間ほどかけて数人でじっくり修復していくべきものを一人で、それも一度に直したのである。その魔力消費量と体への負担は計り知れない。
(『お守り』に感謝だな)
服の中で淡く光る柘榴石のペンダントはリーシャの体へ過度な不可がかかったことを示している。ペンダントの回復力が無ければ今頃「枯渇熱」どころでは済まなかっただろう。
「正しく修復出来ているか分からないので確認して頂いて良いですか?」
「勿論! モニカ、チェック表を持って来てくれ」
「分かった!」
対象の再現度は術者の「理解力」に依存する。つまり使い手であるリーシャが目の前にある飛行船の「全て」を理解し、把握していなければ成し得ない業なのだ。
一週間と少し前までは飛行船に関しては素人同然だったリーシャが飛行船を「再現」するまでに知識と理解を深めている。その才にオスカーは恐ろしさすら感じていた。
「リーシャのそれは『才能』だな」
オリバーとモニカが点検をしている間に体を休めるリーシャにオスカーが語り掛ける。
「そうでしょうか。何分、ずっとこれで食べて来た物ですから」
「やろうと思って出来ることではない。記憶力だけではそこまではいかんだろう。膨大な情報を記憶し、理解してその知識を自分のものにする。それをこんな短期間でこなしてしまうんだから大したものだ」
「……褒められるとなんだか恥ずかしいですね。元々新しい知識を得るのは好きな質なので、知るということを苦に思ったことはないのです。新しい知識を得ればいずれそれが自分を救う時が来る。旅をしていると何が何時役に立つか分かりませんから」
旅先で食べた料理一つ取っても、その風味や料理の成り立ちを知っていればいつか何かの役に立つかもしれない。故にリーシャは旅の途中で見る物食べる物全てに関心を持つようにしていた。
(この好奇心の強さが彼女の魔法技術の秘訣なのだろうな)
「魔法は使い手の知識に依存する」という前提において、リーシャのような好奇心旺盛な人物ほど柔軟性のある魔法使いになれるのだろうとオスカーは考えた。いずれ母国に魔法を導入するならば、それこそ広く開かれた国にすることこそがその才能を育てる土壌をはぐくむのではないかと。
そう考えると今こうしてリーシャと共に旅をしているのはとても良い経験になる。リーシャと共に様々な物を見て、様々な知識を得られるのだから。
* * *
「チェックが終わったよ」
数時間後、飛行船の点検を終えたモニカがやってきた。
「凄いね、完璧だよ。今すぐにでも飛べそうだ」
「良かったです」
「点検が終わったから今から改装作業に入ろうと思うんだけど、アドバイスを貰ってもいいかい?」
「分かりました」
全てが間に合うか分からないが、時間の許す限り「ウィナー公船会社」対策の改装作業を行う。翌日にはリーシャが注文した魔道具が到着する算段になっているのでまずはそれに合わせた下準備をするのだ。
「こんなことをした奴らに一泡吹かせてやろうね」
丹精込めて作った飛行船を台無しにされたモニカは怒りの炎を瞳に宿しながら強い声色で呟いた。




