職人の心
翌日、リーシャはジャンの工房を訪れた。
試作品の出来を見てもらうためだ。
向かいにあるジョニーの店は扉が閉ざされ、閉店しているように見える。
まだジョニーが釈放されていないのか、それとも妻が出て行ってしまったのかは定かではないが、営業できる状態ではないのだろう。
「おはようございます」
リーシャが店の外から声をかけるとジャンが工房の中から顔を覗かせた。
「ああ、修復師さん。倅が迷惑をかけたようですまねぇ」
店の外へ出てくるなり、ジャンはリーシャに頭を下げる。
「昨日嫁から聞いたよ。うちのバカ息子が酒場であんたたちに迷惑をかけたって」
「私たちは大丈夫です。それよりも彼の奥様は?」
「昨日実家に帰ったよ。あんなにでっかい痣を作っちまって、嫁さんには本当に申し訳ないったらありゃしない。
まさか女に手を挙げるとは……。俺の育て方が間違っていたに違いねぇ。
あんたは大丈夫だったか? あんたにも暴力を振るったって聞いたが」
「髪を少々引っ張られただけです。お気になさらず」
「はぁ~……。そうか。申し訳ねぇ……」
ジャンは大きく息を吐くと手で顔を覆った。
いい年をした大人とはいえ息子はいつまでも息子。
妻だけではなく赤の他人にまで。
「女性に手を挙げて怪我をさせるような男に育てたのは自分だ」と責任を感じているのだ。
「それで、息子さんは?」
「まだ拘留されてるよ。引き取ってくれって言われたけど断ったんだ。しばらく頭を冷やせってな」
「そうですか」
「自警団のやつらも呆れていたよ。これ以上問題を起こすなって」
(これ以上問題を起こすな、か。自警団の人たちはみんな顔見知りなんだろうけど、やっぱり煙たがられているのだろうか)
どうやら「新しいカメオ」の支持者は少数派らしい。
てっきり町が二分されているのだとばかり思っていたが、そうでもないようだ。
問題を起こすな。その一言に全てが集約されている。
つまり「新しいカメオ」を推進している者たちは村の平和を乱している厄介者として認識されているのだ。
「今更なのですが、町の方々は『新しいカメオ』についてどう思っているんですか?」
「そりゃあ、良く思っていないに決まってる。最初は新しい技術に興味を示すやつらもいたが、組合で揉め事を起こしてからは腫れ物扱いさ。
ここは小さい町だから、あの一件を機に組合とも付き合い辛くなっちまったんじゃねぇかな。
『新しいカメオ』を作っている工房には石を卸さないって聞いたぜ」
「ということは、別の場所から瑪瑙を仕入れていると」
「おそらくな。リャド産のカメオは組合が管理してるから手に入らないはずだぜ」
「そうなるとますます、『新しいカメオ』はリャドカメオとは呼べないのでは?」
リャドカメオは「リャド産の瑪瑙をリャドの職人が手彫りしたもの」であるという規定がある。
瑪瑙がリャド産でないならば、ますますリャドカメオとして認められる可能性は低い。
「そりゃそうだ。それに、あいつらは組合を出禁になっている」
「え、そうなんですか?」
組合からの締め出し。
一般的に考えればそれは職人としての「死」を意味する。
依頼が受けられなくなるのはもちろん、組合を通して斡旋してもらった依頼人との縁も切れるし、素材のストックも使えなくなる。
組合が提携している宿や商店も利用出来なくなるし、なにより「組合を追い出された」という不名誉なレッテルが貼られて誰も仕事を頼まなくなる。
逆に言えば、組合の発行する身分証はそれだけ重いものなのだ。
身分証があれば仕事を得られ、一定の信頼を得られる。
すなわち、身分証を失えばそれまで当たり前のように享受できていたものを全て失うと言うことだ。
店に所属せずに個人で仕事をこなしている者にとって組合に処罰され、身分証を剥奪されるのは致命的だ。
「除名処分とまではなっていないようだが、立ち入ることを禁止されているらしい。
らしいってのは俺も直接ジョニーから聞いた訳じゃなくて、仕事仲間からやんわりと忠告されただけなんだ。
あまり息子と関わらない方が良いって」
「それは……なんと言えばよいのか」
「そうは言われても、親にとって子供っちゅうのはいくつになっても子供なもんで、なかなか見捨てられずにいてな。
嫁さんだってもらって食わせて行かなきゃならねぇし、せめて揉め事を起こすのだけは辞めろと言い聞かせていたんだが」
両者の確執は深まるばかりだ。
「ああ、朝からこんな暗い話をしちまって悪いな。それで、用件はなんだったか」
「そうだ、これを見て頂きたくて来たんです」
本来の用件を思い出したリーシャは収納鞄から試作品のカメオを取り出してジャンに見せた。
「これは……あんたが?」
「はい。先日頂いた素材を使って作りました」
「これも魔法で作ったのか?」
「ええ。ジャンさんに見せて頂いた手法を魔法で再現してみたのですが、いかがでしょうか」
ジャンはカメオを一点一点食い入るように観察したあと、「大したものだ」とつぶやいた。
「最初に見せてもらったものより大分上達してるな。魔法で作ったとは思えねぇ。まるで手で彫ったみたいだ」
「魔法の使い方を工夫したんです。普通の修復魔法のように石を分解して盛るのではなく、実際にカメオを作るのと同じように削ることを意識した。
例えるならば、魔力で作った彫刻刀で石を彫るような、そんな感じです。
その方がカメオとして見たときに違和感が無く仕上がるかなと思いまして」
「魔力の彫刻刀か……。発想としては悪くねぇな」
「おそらくジョニーさんたちが使っている魔法は修復魔法と同じような物だと思います。瑪瑙の白い部分を分解し、魔法で形を整えた状態で土台に貼りつける。
それだとどうしても全体的にのっぺりしてしまうんですよね。
『新しいカメオ』を見たときの違和感は、そののっぺり感から来ていると思うんです」
「あれはどう見ても彫っているようには見えんからな」
「なので、同じ方法ではダメだと思ったんです」
「それで俺の工房へ?」
「はい。実際にどうやってカメオを作っているのか勉強したくて」
(大した嬢ちゃんだ)
「自分の息子もこうであったら良いものを」とジャンは思った。
ただ魔法でカメオを作るだけならばもっと簡単な方法があったはずだ。
ジョニーが使っている魔法が修復魔法ならば、宝石修復師であるリーシャはもっと上手く使いこなせるはず。
ジョニーと同じ方法で作ったとしてももっと本物に近く作れるはずだ。
それにも関わらず、リーシャは別の方法を選び取った。
より本物のカメオに近づけるために、慣れている方法を捨てて別の方法を模索し、本物と同じ手法を取り入れるためにわざわざ職人の元へ足を運んだ。
それがジャンには嬉しくてたまらなかった。
職人に対する敬意を感じたからだ。
リャドのカメオがどんなものであるかを知った上で、リャドカメオのしきたりと文化に出来るだけ寄り添おうとしてくれた。
「同じ魔法師でもこんなに違うものか」と感心した。
「嬢ちゃんはまだ若いが、立派な職人なんだな」
ジャンはそう言うと嬉しそうにはにかむ。
「そうでしょうか?」
「ああ、そうさ。職人の心を持っている」
(職人の心)
確かに職人肌かもしれない、とリーシャは思った。
職人肌というか、やるからにはとことんやりたい。研究したいという気持ちが抑えられなくなる。
魔法に限らず、昔から好きなのだ。
物を作ったり、何かを探求したり。
自分に出来ないことや自分が知らないことを突き進めて新しい知識や技術を会得するのが楽しくて仕方ない。
今回のカメオだってそうだ。
カメオを修復するだけでなくカメオを作る技術を得られる機会なんてそうそうない。
しかも本物の職人直々に指導してもらえるのだ。
これが楽しくない訳がない。
それを職人肌と呼ぶのなら、リーシャは根っからの職人肌であると言える。
本人もそのことをよく自覚していた。
「昔から新しいことを学ぶのが好きなんです。仕事と言うよりも、趣味のようなものですよ」
「それはいい。うちの息子にも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。
このカメオくらい良いものが作れれば、例えリャドカメオとして認められずとも努力した分は認められるかもしれねぇってのになぁ」
ジョニーに足りないのは向上心だ。
魔法を使えば楽にカメオが量産できる。
よりよい物を作りたい訳ではなく、楽をしたい。技術を学ぶ苦労をせずに金を儲けたい。
そういう魂胆が作品から透けて見えるから他の職人に嫌われるのだ。
「普通ならあんな作品恥ずかしくて表に出せねぇはずなのに、練習もせずただ適当に作ったようなガラクタをリャドのカメオとして売るなんて、我が息子ながら恥ずかしいったりゃありゃしない」
「あの魔道具の使い方は例の旅人が教えたんですか?」
「さあ。あの男もそう長くここにいた訳じゃねぇから、教えるにしてもそんなに詳しくは教えてねぇんじゃねぇか?」
「なるほど」
(確かに魔道具は誰でも使える道具だ。でもそれを使いこなせるかは別問題。ジョニーたちはおそらく使える気になっているだけで、使いこなせてはいないのだろう)
同じ調理器具を使っても使い手の腕によって料理の味が変わるように、同じ魔道具でも使う人間によって作品の出来は変わる。
「新しいカメオ」の出来が悪いのは魔法のせいではなく作り手の努力不足だとリーシャもジャンも考えていた。
「とりあえず、カメオを見て頂けて良かったです。もうしばらく練習をしたいので素材を購入したいのですが」
「それなら組合に行ってみな。紹介状を書いてやるから、それを見せれば売ってくれるはずだ」
「分かりました。ありがとうございます」
本番は失敗出来ない。
焦らずじっくりと練習を重ね、出来るだけ本物に近い風合いを出せるようにしたい。
そのためには練習用の瑪瑙が必要なのでジャンに宝石彫刻師組合を紹介してもらい、そこのストックを分けてもらうことにした。




