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カメオの試作

「つまり、()()()()()()()()()()んですよ」


 宿に戻るなりリーシャはオスカーにそう言い放った。


「同じように作る? どういう意味だ?」

「工房で見せて頂いた行程を魔法で再現するんです」


 そう言うとリーシャはエヴァンに分けてもらった瑪瑙を取り出し、肖像を彫る白い面に鉛筆で女性の絵を描いた。


「まずこの線の外側、背景となる部分を下の地が見えるまで魔法で削り取ります。

 その次に残った白い地に細かい下絵を描いた後、立体的になるように余計な部分を魔法で削っていく。

 彫刻刀で削るように、押し出すように削るんです。

 失敗しても魔法で盛れますが、そうすると不自然な感じになってしまうかもしれません。

 出来るだけ一発勝負で、本物のカメオと同じように作る」

「それはまた、随分と手間のかかる方法をとったな」


 手間のかかる方法。

 そうオスカーが言ったのには理由があった。

 魔法を使えば一瞬でカメオを元に戻すのは容易であるにも関わらず、リーシャはわざわざ手作業の行程をひとつずつ魔法で再現することを選んだからである。


「もちろん、本番は違いますよ。欠けている部分にそれぞれ青と白の瑪瑙を盛って、そこから違和感のないように削っていく。

 でも今は、カメオがどうやって出来ているのか自分の身を以て理解したいんです」

「まずは一から作りたいと」

「その通り」


 見ただけ、聞いただけでは理解したことにはならない。

 自分の手で作り、再現し、なぜこうなるのか、なぜそういう手法をとるのかを知ったとき初めて「理解した」と言えるのではなかろうか。

 そのためにまずは一からカメオを作る。

 出来るだけ元の手法に沿った方法で、回り道をせずに作るのが良いとリーシャは判断した。


(どんなに手間がかかっても構わない。あのカメオの修復には必要なことだから)


 そしてなにより、今後の糧になる。


「では早速やってみましょう。物は試しです」


 カメオを机の上に置き、その上に手をかざして言葉を唱える。


「石よ、青き友に別れを告げ、その身を二つに分けよ」


 楕円形の土台が淡い光に包まれる。


(鉛筆で描いた線の外側、白い部分だけ削り取る)


 鉛筆の線に沿って魔力を流し、その外側を削り取っていく。下の青い層との境界線が見えてきたら慎重に。出来るだけ平らになるように削ぎ落とす。

 削いだ瑪瑙は光の粒となり、やがて一つの塊となってコトリと机の上に落ちた。


「……うん、こんなものかな」


 青い土台に鉛筆の線で描いた形そのままの白い塊が乗っかっている。今の所順調だ。


(次はこの白い部分の角を削って丸みをつけていく)


「石よ、汝の綻びを許そう」


 垂直に落とした白い瑪瑙の角を、バターをナイフで削ぎ取るように落としていく。

 こうして丸みを出して角張った感じを無くしていくのだ。

 大体の型取りを終えたらいよいよ細かい部分を彫っていく。

 一番大事なのは表情だ。

 まさにカメオの「顔」である表情を鉛筆で細かく書き込んでいく。


(こうしてみると、カメオ作りには彫刻技術だけではなく絵心も必要なんだな)


 実際に作業をして改めて思った。

 そもそも下書きが上手くなくては始まらないと。

 もちろん、下書きが上手でなくとも頭の中の想像図を元に上手く彫り進められる者も居るだろう。

 だが初心者であればあるほどどう彫ればよいのかという導線は必要だ。

 右も左も分からぬような初心者では元々の導線が下手では上手く作りようがない。


(絵心がない訳ではないけど、難しい)


 ただの絵ではない。

 それを元に彫り、立体物を作る。

 どこをどう彫るのか、どういう形にしたいのか頭で考えながら図を描かなくてはならない。

 それが案外難しい。


(とりあえずこんな感じかな)


 悩みながらも下書きを完成させ、いよいよ細部の加工に入る。


「石よ、麗しき女神の御姿を我が前に示せ」


 きらきらした光の粒が白い瑪瑙の層を包みこむ。

 まずは顔の筋。

 顎から首にかけて面をとり、筋を彫り、陰のバランスを見ながら表面を滑らかにする。

 次は顔。

 少しだけ頬骨の当たりが盛り上がるようにしてその上に目を彫り鼻筋を整え、少し口角を上げるようにして唇を彫る。

 そして髪の毛。

 これが一番悩んだ。

 まずはおおまかに髪の毛の流れを決め、それぞれの毛束を大きな塊として彫っていく。

 リャドカメオは「風」が吹いていることが多い。

 風になびくように髪の毛が流れているのだ。

 ふんわりとした軽さを感じる造形を下の青い地がうっすらと透けるようにすることによって表現している。

 その陰の上に白い線が何本か乗ることで髪の立体感を出しているのだ。

 その塩梅がどうにも難しく、細い白線を残して下の地がうっすらと透けるように彫る力加減も絶妙だった。

 指にはめた魔力の出力を絞る魔道具で極限まで魔力を絞り、慎重かつ丁寧に石を彫っていく。

 魔法で石が驚くほど滑らかに削れるとはいえ、簡単に削れてしまうからこそ失敗しやすく非常に気を使う作業だった。


「とりあえず最初はこんなものでしょうか」


 完成したカメオを指で持ち上げながらリーシャは独り言を言った。

 青い背景に白い女神像。


(我ながら初めて作ったにしては悪くはない)


 少なくともあの粘土細工よりはマシに見える。


「どれ、俺にも見せてくれ」

「どうですか?」


 完成したカメオをリーシャが手渡すとオスカーは思わず「おお」と声を漏らした。


「良いじゃないか。昨日よりもずっと腕が上がっている」


 教会で作ったカメオと比べても見栄えが良くなったのは一目瞭然だ。

 人物造形だけでなく「透かし」の使い方や立体物としての見せ方がより本物に近くなっている。

 これなら「カメオ」だと名乗っても差し支えないだろう。


「方向性は合っていますよね?」

「ああ。間違いないだろう」

「ではこの方法で進めてみます」


 上達するには数をこなすしかない。

 まずはジャンに分けてもらった素材を使って試行錯誤していく。

 ポーション休憩を挟みながら、リーシャの研究は深夜まで続いた。

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