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リャド町立美術館

 リャドの町立美術館は目抜き通りから裏路地に一本は言った所にある。

 美術館と言ってもチャダルや偉大なる帝国にあったような立派なものではなく、住居を改装した小さな美術館だ。


「ここはホロジオの工房を改装してつくった美術館なんですよ」

「ホロジオの?」

「ええ。彼が生活していた住居をそのまま美術館にしたんです。建物の外観も当時のまま、もちろん手入れはしていますが……。

 彼がカメオを作っていた作業場も当時のまま残してあるんですよ」

「なるほど」


 一階にある工房にはホロジオが使っていた作業机や旋盤、そして大量の貝殻が積み上げられていた。


「彼は元々シェルカメオの職人でした」

「シェルカメオ?」

「貝殻で作るカメオのことですよ」


 頭に疑問符を浮かべるオスカーにリーシャが言う。


「大きな貝から素材を切り出してカメオを作るんです」

「柔らかいので加工がしやすく、瑪瑙を使ったカメオと同じくらい人気があるんですよ」

「そうなのか」

「ホロジオはある時いきなりこの町に姿を現したと言い伝えられています。当時のリャドは今よりもずっと小さな村でした。

 漁業を営む漁師の小屋が数件、それに浜辺から引き上げた女神像を祀った素朴な教会が一件。

 たったそれだけの小さな村だったと聞いています。

 そんな小さな村にやってきたホロジオは教会で見た女神像に感銘を受け、村に移り住んでカメオを作るようになったのです」

「それがリャドカメオの始まりなんですね」

「はい。当時は漁師たちから分けてもらった貝を使ってカメオを作り、それを近くの町に売りに行っていたようです。

 やがて町でカメオが評判になると直接購入するために商人たちがリャドを訪れるようになりました。

 彼らをもてなすために宿が出来、食堂が出来、少しずつ町が活気づいて行ったのです。

 そしてある日、出入りの商人から面白い情報がもたらされます。

 近くの山から瑪瑙という縞の入った面白い石が出た。これをカメオに出来ないかと提案されたのです」


 当時はまだ魔道具が普及しておらず、商人たちは新しく見つかった瑪瑙の売却先を探していた。

 リャド周辺から算出する青白い瑪瑙は見た目も美しく見栄えがするため金になると思ったのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのがホロジオのカメオだった。

 瑪瑙が層状になっていることに着目し、カメオとして加工すれば宝飾品として高く売れると考えたのだ。


「ですが、魔道具もない時代ですと加工も大変だったのでは?」

「ええ。貝と比べて石は硬い。彫刻刀では歯が立ちません。何か特別な道具がなければ削ることなど到底出来ないでしょう」

「ということは、特別な道具を作ったんですか?」

「はい。それがこちらにある足踏み式の彫刻機です」


 エヴァンはそう言うと作業机の上に備え付けられている機械を指さした。


「足下にペダルがあるでしょう? あれを踏むとここにある軸が回転して、先端にある工具が回るようになっているんです」

「今使っている魔道具と同じような仕組みですね」

「原理は同じです。要は動力が魔法か人力か、その違いですよ。

 今でも現役で使われることが多く――というのも、魔力切れをしても使えるので何かと重宝しているのです」

「ああ、なるほど。魔力が切れても作業が出来ると」

「ええ。職人は年寄りが多いですから、長時間魔道具を使うと支障が出やすいんです。

 健康のためにも旧式の道具を併用している人が多いですよ。

 魔道具は便利ですし作業も早く終わりますが、どうしても魔力の問題がありますから」


 魔道具の仕様にどうしてもつきまとうのが「魔力切れ」の問題だ。

 魔力が枯渇した状態でさらに魔法を使うと「枯渇熱」という変調が起きる。

 故に、魔道具を連続して長時間使うことは推奨されていない。

 もちろん、ポーションを飲めば不可能ではないが体に良くないのは明白だ。


「なにはともあれ、この道具の発明によってホロジオはようやく瑪瑙のカメオを作り始めることが出来たのです」

「苦労されたんですね」

「これを作り出すのにも随分と時間がかかったと聞いております。

 ですがその苦労の甲斐あって瑪瑙のカメオは高い評価を受けました。カメオ作りを学びたいという若者も集まるようになり、ホロジオに師事をした若者たちが村に工房を立てて定住するようになりました。

 そうした工房を目当てにさらに商人や観光客が訪れるようになり、リャドはいつの間にか村から町へと発展していったのです」

「まさにカメオの町ですね」

「おっしゃるとおりです。カメオなくしてリャドの今はあり得ません。

 ただ、人気が出るにつれてホロジオのカメオを模倣した偽物が出回るようになりました。

 その対策として『リャドカメオ』は『リャドの職人が手彫りで製作したカメオ』であり、それ以外の者がリャドカメオと称してカメオを売ることを禁じる施策がとられたのです」

「それを考えるとますます『新しいカメオ』は職人たちに受け入れられないのでは?」


 「リャドカメオを名乗る偽物が現れた」ことが規制の理由なのだとしたら、手彫りではない何かをリャドカメオとして売ろうとしている「最新式のカメオ」が受け入れられるはずがない。


「・・・…まぁ、その通りなんですがね」


 エヴァンは困った様子で額の汗を拭った。


(話し合いでどうにかなるような問題なのだろうか)


 そもそも前提としてそのような経緯があるのならば、「新しいカメオ」が「リャドカメオ」として認められることは絶対にない。

 話し合い以前の問題だ。


「二階はカメオの展示室となっております」


 一通り工房内を見て回ったので二階へ移動する。

 二階は展示室に改装してあり、カメオの歴史やホルジオが作ったカメオの展示をしていた。


「瑪瑙とはこんなに色の種類があるのだな」


 カメオの材料を展示しているガラスケースの前でオスカーが足を止める。

 展示ケースには水色、橙、赤、青、緑など様々な色の瑪瑙が陳列されていた。


「石自体は天然のものですが、色は()()でしょうね」

「なに? 染めているというのか?」

「瑪瑙において染色は普通のことなんですよ」


 リーシャは展示ケースの横に置いてある解説板を指さした。


「染料に浸して焼き付けたり、あとは修復魔法を使って染料を直接内部に組み込んだり……いろいろな方法がありますね」

「翡翠だと染めは嫌厭されるだろう。瑪瑙だと合法なのか?」

「翡翠も別に違法って訳じゃありませんよ。ただ、詐欺に使われる手法なのであまり好かれていないだけです。

 ちゃんと表記すれば翡翠の染めも問題ないんですよ。

 瑪瑙の場合は古くから使われている一般的な手法なので気にする方は少ないですね。

 エメラルドにおける含浸と同じような感覚かもしれません」

「……ああ、なるほど!」


 そう言われると分かりやすい。

 エメラルドにオイルを染み込ませるのが広く普及しているのと同じように、瑪瑙に色を入れるのもごくありふれた手法だということだ。


「ただ、もちろん染めていない、自然のままの色合いの物もあります」

「リャドカメオに使われている瑪瑙は染色をしていない瑪瑙なんですよ」

「そうなのか。柔らかくて良い色合いだな」


 染料の効いた現職に近い色合いではなく、どちらかというと控えめな優しい色をしている。


「この色合いが良いと言ってお求めになるお客様も多いのです」

「染色が一般的だからこそ、自然そのままの色が付加価値になっているということだな」

「その通りです。幸いなことに瑪瑙は魔道具にはあまり使われない石ですから、原石の入手に困ることはありません。

 リャド近郊で採れた石を使ってリャドの職人がカメオを作る。それがリャドカメオの売りでもあります」


 カメオの説明区域が終わると実物展示のコーナーが始まる。

 ホロジオが作った初期の作品から晩年の作品まで、数は少ないが見事なカメオが並んでいる。


「ホロジオのカメオは蒐集家の間でも人気が高く、年々値段が上がる一方でして……。

 そのほとんどが散逸している為、現在は数えるほどしかリャドに残っていないのです」

「では、依頼品は貴重な一品ですね」

「はい。カメオのみならず周囲に施された装飾も素晴らしい。修復を終えた暁には当美術館の目玉として展示する予定です」


 展示室に並んでいるのはブローチとして作られた物が多いのか、比較的大きめな作品だ。

 どのカメオも教会の女神像を元に彫り起こしたもので、中でも正面から女神像を描いたカメオは群を抜いて美しい。


「漁師たちは浜辺から引き上げた女神像を漁の守り神として信仰していました。

 ホロジオが作った最初のカメオ――貝のカメオはそんな漁師たちにとってお守りのようなものだったそうです。

 その名残で今も女神像はカメオの題材として人気なんですよ」

「なるほど、お守りですか」

「ペンダントにして身につける方が多いですね。カメオが広まると同時に女神信仰がちょっとした流行になった、という記録もあります」

「宗教的な象徴でもあったんですね」


(信仰している物の肖像をコインにして身につける。そんな風習があると聞いたことがある。

 リャドのカメオも同じような物なのかも)


 既知の物で言えば魔法教会の水晶細工。

 あれも元々は「お守り」として作られたものだという。

 土地も歴史も文化も違えど不思議と共通点があることがある。

 人の思考というものは同じような流れを辿るものなのかもしれない。


「ホロジオのカメオは()()んですよ」


 エヴァンはカメオを横から眺めるようリーシャに勧めた。


「後世のカメオはより立体感を持たせるために石を分厚く切り出すのですが、ホロジオのカメオは比較的薄い。

 その理由は諸説ありますが、貝のカメオを作っていた名残であるという説が有力です。

 元々薄い貝を使って作っていたので瑪瑙も馴染みのある薄さに切り揃えたと言われています」

「確かに依頼品のカメオもジャンさんのカメオと比べると薄かったような」

「そう、それがホロジオのカメオの特色なのです」

「では、肖像の彫り方も違うということですよね」

「そうですね。塑像のように立体的に彫るのではなく、どちらかというと浮き彫りのような……陰影を立体で表現していると言えば良いのでしょうか」


 立体物を作るのではなく平面に陰をつける為に少しだけ彫り下げる。そういう感覚だ。


「……なるほど、分かりました」


 ホロジオとジャン、二人のカメオを見比べてようやくどう修復すれば良いのか分かった気がする。


「ありがとうございます。なんとなく完成図が想像できました。あとはどう修復魔法で再現するか……。色々と手法を模索してみようと思います」

「お役に立てたようで良かったです。何かあればまたお声かけください」


 これで一通りの資料集めは済んだ。

 あとはどれだけ実物に近づけるか。どれだけカメオ作りの腕が上達するかにかかっている。


「どうだ。出来そうか?」

「たぶん。練習すればなんとかなりそうです」


(普通の人間ならば練習して何とかなるようなものではないと思うのだが)


 毎度のことだがリーシャのこの思考には驚かされる。

 練習すればなんとかなる。

 リーシャの場合はそうであるが、全ての人間が「練習」してなんとかなる訳ではないのだ。


「では、宿に戻りましょうか。早速いくつか試してみたいことがあります」


 何かを思いついたのか、「うんうん」と一人で頷くとリーシャは軽い足取りで宿へ向かって歩き出した。

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