カメオの製作方法
工房内部は店舗区域と作業区域、住居区域の三つに分かれている。店舗の奥にある扉を入ると作業をするための部屋が現れた。
部屋の中には石を裁断するための大きな機械や彫刻を施す際に使用する作業机などが所狭しと並べられている。
「この裁断機はあまり使ってないんだ。今は組合で一括して瑪瑙を裁断しちまうからな。このくらいの大きさの物が欲しいと言えば組合のストックから出してくれるんだ。
ストックにない大きさの特注品が入った時だけ自分で瑪瑙を加工するんだよ」
「なるほど。かなり手間が減ったのでは?」
「そりゃそうだよ。ここら辺で採れるのは青瑪瑙が多いが、ここでは見かけないような物も仕入れてくれる。便利な世の中になったもんだよ」
「以前はリャドカメオといえば青瑪瑙が主流だったんですよ」
「確かに店先に並んでいる物も青い物が多かったですね」
「はい。どうしてもリャドといえば青瑪瑙。お年を召したお客様は特にそういう印象を持っておられますから」
「だが、青ばっかじゃつまんねぇだろ? それで最近は緑や橙、透明な物なんて変わり種も用意してるって訳だ」
同じ作風ばかりではいずれ飽きられてしまう。
そこでちょっとした変わり種として他の産地の瑪瑙も取り扱うようになったらしい。
「組合では土台の状態まで加工してくれる。俺たちはそれをこの魔道具で加工するんだ」
ジャンは作業机の上にある大きな機械を指さした。
「これに先端工具を取り付けて回転させる。足下にあるペダルを踏むと魔力が流れて、その間だけ作動する仕掛けだ」
「先端工具もかなりの数がありますね」
「大まかに削るものから細かな作業をするための物まで、用途に合わせていろいろ準備してあるからな。
貝のカメオなんかは彫刻刀があれば削れるが、瑪瑙は硬いからそうはいかねぇ。
こういう工具の先端にはダイヤモンドがついてて、工具を買うのも一苦労なんだぜ」
「ダイヤモンド?」
リーシャとエヴァンの背後からオスカーの間の抜けた声が聞こえた。
「ダイヤモンドは高度が高く、研磨剤として優秀なんです」
「研磨剤ということは」
「粉々に砕いてペースト状にしたり、こういう先端工具の材料として使ったりするんですよ」
「なんだと?」
「ダイヤモンドって言っても、宝石にするような綺麗なやつじゃねぇぞ。宝石としては使えないような屑石を工業用に再利用するんだ」
「今は魔工宝石に使えるので廃用のダイヤモンドも減っているみたいですけどね。こうした研磨用の物は錬金術製が増えているようですよ」
「錬金術?」
聞き慣れない言葉だ。
「前にも少し話しましたが、人工宝石には二種類あるんです。宝石の削りかすや質の低い物を再利用する魔工宝石。
そして宝石の組成を再現して人工的に宝石を生み出す錬金術。
私も詳しくはないのですが、まだ微量ではありますが実用出来る程度には量産に成功していると聞いています」
「そんな魔法があるとは知らなかった」
「それが、魔法ではないんだとか」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。魔法を使わずに宝石を生み出せると」
「なに? そんなことが可能なのか?」
「さあ。ですが実用化されているということは可能なのでしょう」
(さっぱり分からん)
何故魔法が使えるのか。どうなっているのかすら分からないのに、魔法を使わずに宝石を生み出せる?
理解が追いつかない。
「研磨剤といえば、石榴石も研磨剤として広く知られているんですよ。宝石って以外と宝飾品以外にも使い道があるんですよね」
「着飾るだけが宝石ではないのだな」
「どちらかというと、人を着飾れない宝石に新たな生き方を与えた、と言った方が良いかもしれませんね」
「なるほど。だが、いくら屑石とはいえダイヤモンドや石榴石を使っているのだから高いのだろう?」
ジャンの「工具を買うのも一苦労」という言葉を思い出したオスカーは問いかける。
「ああ。年々値段が上がりっぱなしだ。工具は消耗品だからな。磨耗が進めば買い換えなくちゃならねぇ」
「それでは維持費もバカにならないだろう」
「その通りさ。買えるときに買い溜めをする。なぜなら、その時が一番安いからさ」
棚に置かれた工具箱の中には予備の先端工具が大量に入っていた。
毎年値が上がる一方なので買えるときに買い溜めをするのが一番安く済むのだそうだ。
「じゃあ早速、作業を見てもらおうか」
ジャンは棚に置いてある皮袋から土台となる瑪瑙をひとつ取り出すとリーシャに手渡した。
「それがカメオの土台となる素材だ。さっきも言ったが、その段階までは組合が一括で加工してくれる。
必要に応じて色や大きさを指定すればその通りの素材を売ってくれるって訳だ」
「なんだか菓子のような見た目だな」
白と青の二色に分かれた楕円系の素材だ。
彫刻を施す分、上部にある白い層は下部にある青い層よりも分厚くとられている。
「これに鉛筆で下書きをする。その下書きに沿って周囲を削っていくんだ」
ジャンは作業机の前に座ると白い部分に鉛筆で婦人の横顔を描いた。
これは「この位置を残す」というおおまかな印である。
鉛筆で描いた部分を残すようにして周囲を削り、下にある青い層が見えるように掘り下げていく。
固定された先端工具を回転させ、石を押し当てるようにしてゆっくりと丁寧に削っていくのだ。
「石は熱に弱い。だから水に浸けながら削らないといけねぇ」
「そういうことも考えなくてはならないのか」
「ああ。熱で変色したり割れたりしたらおしまいだからな。いつも一発勝負よ」
魔法を使わないリャドカメオは正真正銘「手作り」だ。
もしも途中で石が欠けたり誤った場所を削ってしまったりすればそこでおしまい。
もう一度一から、別の石を作って作らなくてはならない。
組合で買える石ならばまだ良いが、客から預かった石で失敗してしまっては取り返しのつかないことになる。
「修復魔法を使えば失敗しても修正出来るのでは?」
リーシャが言うとジャンは「そういう訳にはいかねぇ」と作業の手を止めて答えた。
「魔法を使っちまえばそれはリャドカメオじゃなくなっちまう。リャドカメオは職人が全て手作業で作った作品であることが大事なんだ」
「そういうものなのか。正直言わなければ分からないと思うが」
「客に嘘をつけってか? そんな卑怯な真似はしたくねぇな。それに、俺たちは俺たちの腕に誇りを持ってるんだ。
リャドのカメオ職人は最後まで手彫りで作れて一人前。昔からそう言われてるんでい!」
(そりゃあ、あの「新しいカメオ」とは相反するだろうな)
ガリガリと石を削るジャンの後ろ姿を眺めながらリーシャは思った。
最初から最後まで手彫りで作れて一人前。
職人たちにとって最初から最後まで魔法で作る「新しいカメオ」はリャドカメオとして認められないのは当然だ。
なにせ手彫りどころか盛っているだけで「彫り」ではないのだから。
「大まかに形がとれたら女神像の彫刻に入る。細かい部分を削るから先端工具は小さいものに交換するぜ」
女神像を彫る場所を残し青い地が見える状態まで削ったら、いよいよ女神像の彫刻へと入っていく。
それまで使っていた平面を削る用の先端工具を取り外し、より細かく削るための工具へと換装するのだ。
「ここからは失敗できねぇ。さらに細かく下書きを書いてその通りに削っていく」
鉛筆で細かい部分まで線を入れ、その通りに削り出していく。
根気と集中力のいる作業だ。
何度も水に浸して熱をとりながら、少しずつ少しずつ形を整え、細部まで細かく彫っていく。
気の遠くなるような作業だ。
(途方もない作業だ。これだけ手間と時間がかかっていれば高価な金額にも納得がいく)
オスカーはジャンの作業に見入っていた。
先端工具に押し当てる度に石の形が変わり、ぼんやりとしていた女神像が徐々に鮮明になってくる。
さきほどまでただの石の固まりだったはずなのに、徐々に人の顔が浮き上がってくるのが面白い。
(確かに魔法を使えば一瞬で作れる代物かもしれない。だが、こうして作っているのを見ると手彫りだからこそ価値があると言えるのではないか?)
ジョニーのような素人ではなく手練れの魔法彫刻師ならば、もしかしたら一瞬でジャンの作るカメオと同じような質のカメオを作ることが出来るかもしれない。
だが、そうだとしても、もし自分がカメオを購入するならばジョンが作るカメオを購入したい。
オスカーはふとそんなことを考えた。
リャドカメオは手彫りでなくてはならない。
その意味がなんとなく分かったような気がしたのだ。
「さて、これで完成だ」
休憩を挟みながら行われた長い作業の果てに女神のカメオが完成した。
ペンダントトップとして使えそうな小振りなカメオだ。
「やはりあのカメオとは違いますね」
完成品を手にしたリーシャは呟く。
完成度が天と地ほど違う。
青い地に浮かび上がる女神は柔和なほほえみを浮かべ、青い地を透かすことによって風になびく髪の毛に立体感を与えている。
のっぺりとした「新しいカメオ」とは比べものにならない完成度だ。
「参考になったかい?」
「はい。大分完成図を想像しやすくなりました。ありがとうございます」
「こんなことを言うのはなんだが、あまり気負わないでくれよ」
ジャンは申し訳なさそうにぽりぽりと頭をかきながら言う。
「ホロジオのカメオを修復することが難しいのは俺たちもよく分かってる。あれを完璧に再現するなんて無理だ。
だから、出来る限りで構わねぇ。俺たちはただ、女神様があんな姿のままなのが忍びねぇだけなんだ」
「分かっています。私自身、正直完璧に再現できる自信はありません。でも、出来る限りのことはさせて頂くつもりです」
「ありがとう」
ジャンが差し出した手をリーシャは握り返した。
(本当は自分たちで修復したかっただろうに)
いくらホロジオのカメオであっても魔法でカメオに手を加えることは職人の教義に反するのだろう。
本当ならば魔法に手を出してでも、自分たちでカメオを修復したかったに違いない。
それでも魔法に手を出さずに修復師に依頼をしたのは、リャドカメオの職人としての誇りを守ったからだ。
ならばその決断に報いたい。
その決心に応えたい。
出来るだけ元の姿に近い形でカメオを修復したい。
リーシャは心の中で決心をした。
(もっとうまくならないと)
今のままでは到底ホロジオのカメオを修復できない。
もっとうまくカメオを作れるようにならなければならない。
「明日からカメオを作る練習をしようと思うのですが、完成したら見て頂いても構いませんか?」
リーシャの提案にジャンは目を丸くした。
まさかリーシャの口からそんな言葉が出るとは思わなかったからだ。
「構わねぇが」
「ありがとうございます」
「だったら素材をいくつか持っていくか?
練習するなら加工済みの素材を使った方が良いだろう」
「宜しいのですか? ああ、もちろんお代はお支払いしますので」
ジャンの手持ちのストックから土台となる素材をいくつか分けてもらう。
練習用ならば大きめの物が良いだろうということでブローチに使えそうな大きさの瑪瑙をいくつか分けてもらった。
「じゃあ、頑張れよ」
「はい。お世話になりました」
リーシャとオスカー、エヴァンはジャンの店を出るとその場で解散することにした。
すでに日が沈みかけ、空には星が上がっていたからである。
「明日なのですが、美術館はご覧になりますか?
小さな美術館なのでそれほど時間はかからないかと存じます」
「是非お願いします」
「分かりました。では、ご都合の良い時間に教会までお越しください。明日も一日教会におりますので」
「承知しました。今日はありがとうございました」
「いえいえ。あんな目に遭わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
エヴァンはそう言ってちらりとジョニーの店に視線をやった。
すでに店じまいをしているようで、店内は静まりかえっている。
「いろいろとご苦労なさっているようで」
「いや……お恥ずかしい。早くわだかまりが解ければよいのですが。では」
わだかまり。
そんな簡単な言葉で片づけられる問題なのだろうか。
去っていくエヴァンの後ろ姿を見送りながらリーシャは心の中でそんなことを考えた。




