ジャンのカメオ工房
目抜き通りの一番端、丘の上の教会に一番近い場所にある工房。それがリャド地区のカメオ工房をまとめているジャンの工房だった。
その向かい側には「新しいリャドカメオ」という幟が立った真新しい工房が鎮座している。
ジャンの息子、ジョニーの工房だ。
ジョニーはまだ帰宅していないらしく、軒先には女性店員が立っている。
外に並べられた机には無造作に大量のカメオが撒かれていた。
「ジャンさん、今いいかね」
エヴァンは工房の中に入ると暇そうにしている一人の男性に声をかけた。
「構わんが、そちらさんは?」
「ホロジオのカメオの修復をしてくださる修復師さんとその護衛の方だよ」
「……ああ! ようやくか」
工房の主、ジャンは椅子から立ち上がると嬉しそうな表情を浮べる。
「あんたが直してくれる修復師さん? 随分と若いね」
「自分で言うのもなんですが、腕には自身があります。少なくとも息子さんよりは良い修復が出来るかと」
「ジョニーよりも? いや、あんた、ジョニーを知っているのか?」
「そうそう。実はそのことなんだけどね。さっき息子さんが教会に来たんだよ」
「なんだって? まさか、また?」
「ああ。カメオを出せって。しかも修復師さんに喧嘩まで売って」
「……はぁ、そうか」
ジャンは首にかけていたタオルで汗を拭うと「またか」という顔をした。
(また、ということは今までにも何度かあったことなんだろうな)
ジャンの様子から察しがつく。
「自分たちならばタダで直すことが出来ると豪語していましたが、ずっとあの調子なのですか?」
「ああ。魔法を使えばホロジオのカメオでも何でも簡単に直すことが出来るしリャドカメオだって簡単に量産できる。そう言って聞かないんだ」
「この依頼は何度も提出と撤回が繰り返されていると聞きました」
「俺たちが組合に依頼を出したと聞くとすぐに撤回しに窓口に駆け込む。その繰り返しだ。
今回こうしてあんたに来てもらえたのは奇跡だよ」
「一体どうしてこんなことに?」
現役の職人たちと若い職人たちの間に出来た溝。
昔からこうであった訳ではあるまい。
確かに若い世代の方が新しい物を受け入れやすい傾向はある。だが、ここまで大きな問題になるのには何か理由があるはずだ。
「きっかけは一人の男だった」
ジャンはぽつりぽつりと「原因」について話し始めた。
「旅をしているというその男は、野良の宝石彫刻師だと名乗った。彫刻師だと言っても削り出すのではなく、魔道具を使って直接石を加工する新しい彫刻を使うのだと自慢していた。
見るからに胡散臭いやつだったし、俺たちは今の手法を変える気はないから相手にしなかったんだが、バカ息子どもはそいつの話を鵜呑みにしちまってね。
酒場でご高説を垂れるそいつを熱心に囲んでいたと思ったら、いつの間にか金貨何枚もするバカ高い魔道具を買わされていた訳だ。
それからだよ。『最新式のカメオ』なんてものを作り始めたのは。
今時手動で石を彫るのはダサいだとか、これからは『新しいカメオの時代だ』とか、そうやって俺たちをさんざんバカにした挙句、工房を飛び出して真向かいに新しい店を建てやがった。
あんたも見ただろう?
あんなカメオとも呼べないようなガラクタを『リャドの新しいカメオ』として売り始めたんだ。
見た目が悪くても銀貨数枚という安さから観光客には飛ぶように売れてやがる。
それで調子に乗って俺たちに『さっさと店を畳め』なんて言う始末だ」
(なんか聞いたことがあるような……)
旅をしているという胡散臭い男。
自称宝石彫刻師で魔法ではなく魔道具を使っている。
口がうまく、若者を丸め込み魔道具を売りつける。
そんな男をリーシャは知っていた。
「その人、もしかしてロメオって名前ではありませんでしたか?」
「さあ。名前までは分からんな。なんせすぐに追い払っちまったから」
「そうですか。では、背が高くてひょろりとしていて、ウェーブのかかった茶色の長髪だったりは?」
「……そういえばそんな背格好だったような。あんた、もしかしてそいつを知っているのか?」
「同一人物かは分かりませんが、以前宝石修復師を名乗っていた詐欺師と似ているような気がして。彼もリャドに立ち寄ったことがあるようなので、ひょっとして……と」
「詐欺師!」
エヴァンが悲鳴にも似た声をあげる。
「私と出会った時、彼はロメオと名乗っていました。まぁ、それも偽名だとは思いますが」
「なんということでしょう。まさか、そんな」
「だが、やつが詐欺師というなら納得だ。あの魔道具も粗悪品を掴まされたんじゃねぇか?」
「どうでしょう。粗悪品であれ正規品であれ、魔道具を活かせるかは使い手次第。魔道具を使ったからと言っていきなりカメオを上手く作れるようになるとは限りません」
「つまり、純粋に息子の実力不足だと?」
「私はそう思います」
魔道具が悪いのではなく、ただ単に下手なだけ。
魔道具の使い方がなっておらず、立体物を作る技術が不足している。
カメオに対する知識も欠けていればあれを「良し」とする姿勢も宜しくない。
「そもそも、何故あの出来で堂々と販売できるのか、理解に苦しみます」
リーシャは我慢できずについそんなことを口にした。
「あの出来で満足してしまう。それが理解出来ない。あの程度の実力しかないなら普通はホロジオのカメオを直せるなどと口が裂けても言えないと、そう思うんです。
それがあんなにも堂々と胸を張って、誰が直しても変わらないだとか、俺たちが直しても同じだとか、耳を疑うようなことばかりのたまうなんて。
自分たちの技術力がいかほどのものなのか理解していないのが問題です。
自分たちの問題点や不足している部分を理解して、それを補うために努力しているならばまだ良い。
でも彼らは違うでしょう?
粘土をこねて貼りつけたような作品を『カメオ』だと言い張り販売し、自分たちの技術がホロジオと同等なものであると錯覚している。
そもそも、リャドカメオとは手彫りのカメオを指す言葉なのではないですか?」
「その通りだ。リャド職人が手彫りで作ったカメオ。それがリャドカメオであってそれ以外をそう呼ぶことは許されない。
それは組合を通して厳格に決められている決まり事だし、もしもその基準に当てはまらないものをリャドカメオとして売ろうとすれば処罰される。
だからこそあいつらは『リャドカメオ』とは言わずに『最新式のリャドのカメオ』なんて言葉を使って売っているのさ」
「でも観光客から見たらそれが本物か偽物かなんて分からないでしょう?」
実際、それが一番の問題だった。
観光客にとってはどれも同じ。全てリャドカメオに見えてしまう。
それもそのはず、リャドでリャドカメオ以外のカメオが売っているなどとは思いもしないからだ。
故に、例えその店が「リャドカメオ」と明記していなくとも、リャドカメオにしては妙に安い値段であっても、疑うことなく購入してしまう。
そしてそれを「リャドカメオだ」と言って土産として配り、粗悪品の模造品が「リャドカメオ」として散布されてしまう。
知らぬ所でリャドのカメオは「質が悪い」と評判が回り風評被害を受けるのではないか。
それが職人たちの最も大きな悩みであった。
「そうだ。タダも同然な価格で売るせいで、観光客はみんなあっち側へ流れて行っちまう。
確かに俺たちの作品は高い。だが、それにはそれなりの訳があるんだ」
「そうそう、ここへ来たのは修復師さんにカメオ作りを見せてあげて欲しくて来たんだよ」
思い出したようにエヴァンが言う。
「修復をするのにカメオをどうやって作るのか知る必要があるんだって」
「カメオ作りを?」
「これを」
リーシャはポケットから先ほど作った瑪瑙のカメオを取り出してジャンに手渡した。
「これは?」
「私が造形魔法で作った瑪瑙のカメオです」
「これを、あんたが?」
ジャンはリーシャから受け取った瑪瑙を顔に近づけてじっくりと観察した。
(作りは甘いがジョニーの物よりずっとマシな見た目をしている。
貼りつけたのではなくちゃんと石を削って作ったのか?
下の青い地を生かして陰影を表現出来てるし、細かい彫りや模様も入れられていて創意工夫が見られる)
素人ながらに本物のカメオに似せようという努力を感じる。
ジャンはリーシャのカメオを見てそう判断した。
「カメオの修復は宝石の修復とは違い、作者の技術を再現する必要があります。
私はカメオの素人ですから、まずはカメオの作り方から学びたいのです」
「ふむ」
(はっきり言って、ホロジオの技をそのまま蘇らせるのは無理だ)
ジャンは内心そんなことを思った。
だが、そんなことは初めから分かっていたことである。
ホロジオのカメオを複製しろと言われて一体何人の職人が「俺ならやれる」と手を挙げるのか。
おそらく誰も手を挙げることはないだろう。
ホロジオはただの職人ではない。
リャドにカメオ文化を持ち込んだ「聖人」のような人物だ。
村人も、特に職人たちは彼を神聖視している。
そんなホロジオのカメオを複製、復元するなど恐れ多くて到底出来ない。
職人たちがリーシャにやらせようとしているのはそんな無理難題である、と彼ら自身も分かっている。
だからこそ、カメオに関して素人であるにも関わらず全力を尽くそうとしているリーシャにジャンは好感を持った。
少なくともカメオを舐めてかかっている息子よりかはずっといい。
「分かった。俺ので良ければ見てってくれ」
ジャンはそう言って快くリーシャの要望を受け入れた。




