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ホロジオのカメオ

「すみません。カメオの修復依頼を受けて参りました、宝石修復師組合のリーシャと申します。エヴァンさんはいらっしゃいますか?」


 外で掃き掃除をしていた男に声をかけると、男は眼鏡をくいと上げて依頼書を眺め、「私がエヴァンです」と名乗った。


「ようこそおいでくださいました。お待ち申し上げておりました」

「カメオの修復と伺いましたが」

「はい。どうぞ中へ」


 教会の内部は観光客に解放されており、誰でも自由に出入りすることが出来る。

 側面に大きく取った窓から日の光が差し込み、正面に安置されている女神像を照らし出していた。


「この女神像は?」

「町の守り神です。……といっても由来は不確かで、ある嵐の晩、下の浜辺に打ち上げられた物を守り神として祀っていると伺っております」

「そうなんですか。それにしてもお美しい」


 白磁の肌が輝く美しい女神像だ。

 石造りであるにも関わらずそれを感じさせない柔らかさがある。

 まるで生身の人間のような弾力感のある肉体、本物の布のようなしなやかな絹衣を彫刻によって見事に表現している。


(どこかの美術館にあってもおかしくはない出来だ)


 誰か著名な彫刻家が作った作品なのではなかろうか。

 そう考える者も少なくはないだろう。


「何度か学者の先生が調査に来られたこともあったのですが、結局いつ、どこで作られた物なのかは分からなかったのです」


 リーシャの考えを見抜いたのかエヴァンは言う。


「魔法を使って作ったものではないらしいのですが、ミノを当てた痕跡すら見あたらないそうで……。

 それだけ懇切丁寧にヤスリをかけたという証拠なのでしょうが、いやはや、なんとも不思議な女神像ですよ」


 ミノを当てて彫ったとは思えないほどなめらかな表面はそれだけ丁寧に仕上げ作業を施したことの証左ともいえる。

 この女神像を作った人物は相当な時間と労力をかけて作品を完成させたのだろうというのが研究者たちの見解だった。


「さて、依頼品のカメオはこちらです」


 エヴァンはリーシャとオスカーを奥の部屋へ案内した。

 エヴァンが私室として使っているというその部屋に入ると、なにやら厳重に戸締まりをし始める。

 そして部屋の隅に置かれている教会には似つかわしくない厳つい金庫の錠を開け、中から木製の木箱を取り出した。


「こちらが依頼品のカメオです」


 エヴァンが木箱を開けると中から大きく欠損したカメオが現れる。

 薄い水色を背景にした女性のカメオで、顔の半分から上が大きく欠けていた。


(……このカメオ)


 見たことがある。

 リーシャは目の前のカメオをじっと見つめる。

 顔の部分が欠けているので女性の相貌を伺い知ることは出来ないが、残っている部分には見覚えがあった。

 カメオを縁取る金の装飾、そこに留められたダイヤモンドと下部に備え付けられた大きなバロックパールの垂飾り。


「こちらのカメオは?」

「リャドカメオの祖、ホロジオの作と伝えられています。

 女神像を元に作られた物で、一度盗難に遭い紛失していたのですが巡り巡って数年前に我が町に戻ってきたのです」

「もしかして、この厳重な警備体制は盗難対策ですか?」

「ああ、いや、これはその……お恥ずかしい話、()()()()()()です」

「内輪揉め?」

「このカメオをどうやって修復するかで揉めているのです」


 そう言うとエヴァンは深いため息をついた。


「我が町の現状はご覧になりましたか?」

「新しいカメオ、というやつでしょうか」

「ええ。今リャドは伝統的な手法で作るリャドカメオと新しいカメオで二分されていて。『新しいカメオ』をリャドカメオとして認めるべきか否かで揉めているのです。

 このカメオの修復も伝統に乗っ取って宝石修復師に依頼をするか、新しいカメオを作る手法で若い職人が修復をするかで揉めに揉めている最中なのです」

「……それは大変ですね」

「若者たちは自分たちで直せると言って聞かないのですが、なにぶん彼らの腕があれですから……」


(あれ)


 エヴァンの言おうとしていることは分かる。

 腕が悪い。そう言いたいのだ。


(確かに、あの技量でこのカメオを修復するのは無理だ)


 もしもあの「新しい技術」でカメオを修復しようとすれば、元々の繊細な肖像ではなく上から塗りつけたような粗雑な物に置き換えられてしまうのは目に見えている。

 だからこそエヴァンを初めとする「リャドカメオ」の職人たちは専門家である宝石修復師を頼ろうとしていたのである。


「もしかして、組合に依頼が何度も提出されていたのって」

「はい。ご推察の通りです。我々が何度依頼を出しても若い連中が勝手に取り下げてしまい、今回ようやく修復師様にお越しいただけたというわけです」

「なるほど。事情は分かりました」


(厳重な戸締まりや大きな金庫も、盗賊ではなく若い衆からカメオを守るためだったのか)


 察するに、カメオを勝手に持ち出されて修復されないようにとの配慮なのだろう。


「修復するに当たり、このカメオの写真や絵図などがあれば拝見したいのですが」

「それが、無いのです」

「無い?」

「このカメオがリャドに戻ってきた時にはすでにこの状態で、元々どんなお顔をされていたのか私たちには分からないのですよ。

 ……まぁ、だからこそ我々が買い戻せたのですが」

「もし宜しければどのような経緯で入手されたのかお聞かせ願えませんか?」


 リーシャが言うとエヴァンは「もちろんです」と言って過日の出来事を話し始めた。


「数年前のことです。『とある町の骨董品店のショウウィンドウの中にホロジオのカメオに似ている物が並べられている』とリャドの職人から連絡があったんです。

 彼は偶然その骨董品店の軒先を通りかかったそうなのですが、一目でそれがホロジオのカメオであると分かったようです。

 値段を見てみると金貨二枚と少し。

 カメオの部分が破損しているので主に周りの金やダイヤモンドの価格のみで販売していたらしく、手が届く金額だと考えた彼は我々に『町で買い取らないか』と相談を持ちかけました。

 ホロジオのカメオは残っている物が少なく、我が町でも所有しているのは数点のみ。例え壊れていたとしても手元に置いておきたい。そう考えたのでしょうね。

 我々も同じ意見だったので、皆でお金を出し合ってそのカメオを購入することにしました。

 しかしいざ手元に届いてみると想像よりもずっと損傷がひどかった。

 とはいええ金とダイヤモンドの装飾は見事ですし、このままにしておくのはもったいないということで修復をしようという話になったのです」

「なるほど。ありがとうございます」


(金貨二枚。彼の言っている通りほとんど金とダイヤモンドの価格だろうな。

 宝飾品としてではなく、分解して再利用するための素材として売っていたのだろう)


 カメオの「顔」である顔の上部がまるまる欠損しているとなればいくら著名な彫刻家の作品であっても宝飾品として売るのは難しい。

 故に骨董品店の店主はそれを「素材」として売ることにしたのだろう。


「実は、このカメオには見覚えがありまして」


 リーシャは収納鞄の中から蒐集物のリストを取り出した。


「そのカメオ、この写真のカメオと似ていませんか?」

「鉱物標本のリストですか? ……確かに、似てるような。これは一体?」


 蒐集物のリストを受け取ったエヴァンは添付されている写真を凝視した後にリーシャに尋ねる。


「私の祖母の自宅から盗まれて行方不明になってしまった鉱物や宝石の一覧表です」

「なんですって? では」

()()()()()()()()()()()()()()()、ということです」

「信じられない。そんなことが……。だとしたらなんという奇跡でしょう。

 リャドから盗み出された物が貴方のおばあさまの元へ流れ着き、そこでまた盗み出されてリャドへ帰ってきた。

 俄には信じ難い話です。ですが、この写真に写っているのは確かにこのカメオに違いない」


 写真に写るそれと目の前のカメオとを見比べたエヴァンは頭を抱える。

 まさかこれが盗品だったとは思いもよらなかったからである。


「ああ、どうしましょう。これは貴女のおばあさまの元から盗まれた物なんですよね?」

「ええ」

「だとしたらこのカメオは貴女へ返さなければならない。例えリャドから盗まれたものだとしても、貴女のおばさまが正当な手段で手に入れた物には違いないのですから」

「そのことなのですが」


 狼狽えるエヴァンにリーシャは言う。


「祖母はすでに亡くなっておりますし、カメオはこのままリャドで保管していただくのが一番かと」

「宜しいのですか?」

「ええ。祖母の蒐集物を探しているのには理由がありまして、蒐集物は魔道具の核としての価値が高く、ごく希に悪用されていることがあるのです。

 祖母の遺品が悪用されているのは忍び難く、そうしたものを回収するために一つ一つ所在を確かめているのです」

「……なるほど、そうでしたか」


 エヴァンはリーシャに哀れみにも似た視線を向けた。


「確かにどれも素晴らしい標本ばかりですから、核としての価値も高いでしょうね」

「そうなのです。質が高い故に、悪用されたときの危険性も高い。質の良い核を使えばそれだけ強力な魔法を使えますから」

「それ故に、標本を探していらっしゃると」

「ええ。ですが、探しているだけで集めている訳ではないのです。流れ着いた先で大切にして頂いているならばそれでいい。

 私が持っていても宝の持ち腐れになってしまいますから。

 それよりは新しい主の元で大切にされた方が石にとっても幸せだと思うのです」

「だからこのカメオも我々に譲ってくださると?」

「はい。そのカメオはリャドにあるべきだと思いました」

「ああ、なんという……。ご配慮くださりありがとうございます」


 そう言うとエヴァンはリーシャに深々と頭を下げた。

 リャドの人々とて正規の手段でカメオを購入したのには違いない。

 故に、本来ならばリーシャに頭を下げる道理などないはずだった。

 しかし、自分たちよりも先に決して安くない金額を出してカメオを買った者がいて、知らなかったとはいえそこから盗まれた物を購入してしまった。

 そして目の前にはその盗難品を探している人がいる。

 「もしも返して欲しいと言われたら返さねばならない」という道理ではなく精神的な、気持ちの問題だった。

 だからリーシャに赦されてほっとしたのだ。

 別にエヴァン自身が罪を犯した訳ではないが、リーシャの赦しはエヴァンにとてつもない安堵感を与えた。

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