表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
255/258

不可解な依頼

 その依頼書を受け取ったのはとある海沿いの街だった。


()()()()()()?」


 組合の職員から聞かされた不穏な単語にリーシャは眉を顰める。

 こういう場合、面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いからだ。


「何度も提出と撤回を繰り返しているんです」

「何故ですか?」

「分かりません。ただ、提出しに来るのは中年の男性で撤回しに来るのは若い男性。それだけは一貫していて」

「……揉め事でしょうか」


 中年男性と若者。両者の間に何か隔たりのようなものがあるのだろうか。

 リーシャ宛の指名の依頼。依頼人の住所を見たリーシャは一瞬微かに目を見開いた。


(リャド)


 依頼書の住所欄には確かにそう書かれている。

 リャド。その地名にリーシャは見覚えがあった。

 トスカヤで出会った詐欺師、ロメオが残した謎のメモ。そこに「ロダ」と共に記されていた名だ。


「いかがされますか?」

「引き受けます」


 おずおずと顔色を伺う職員にリーシャは短く一言、そう告げた。



 リャドは海辺の小さな町である。

 小さいながらも観光地として名が通っており、特に「リャドカメオ」と呼ばれる瑪瑙細工が有名だった。

 町のあちこちにカメオを作る工房があり、そこから直接作品を購入出来るともあって各地から多くの観光客が訪れているのだ。


「ここがリャドか」


 白い壁の建物が建ち並ぶ風光明媚な町並みを眺めながらオスカーは呟いた。

 きちんと整備された石畳に白い壁、赤い屋根の建物。町の景観は一定の基準によって統一されているようだ。

 その光景も観光の目玉の一つであった。


「あのメモにもリャドと書いてあったんだろう?」

「ええ。もう一つがロダだったことを考えると、やはり蒐集物の在処と考えて良いのではないでしょうか」

「では、この町のどこかに……」

「小さな町ですから虱潰しに探していけばいずれ見つかるでしょう」

「そうだな。で、今回の依頼は?」

「カメオの修復だそうです」

「カメオ?」

「瑪瑙や貝に肖像やモチーフを彫り込んだ工芸品のことです。ここでは瑪瑙細工が有名のようですね」


 そう言ってリーシャは工房の軒先に並べられたカメオを指さした。


「いらっしゃい。リャド名物、リャドカメオだよ」

「おお、これは見事だな」


 軒先の机の上に並べられたカメオを見たオスカーは感嘆の声をあげた。

 楕円形に切り取られた瑪瑙に婦人の肖像が彫られている。

 淡い青色の地に白い婦人の顔が浮き上がっており、細部まで作り込まれた立体感のある見事なカメオだ。


「そうか、瑪瑙の縞模様を利用して彫っているのか」

「ええ。瑪瑙って色々な色が層になっているでしょう?

 なので、その層を利用して上部にある白い層に肖像を、その周囲を掘り下げて下の地である青い層を背景としているんです」

「なるほど。石の特性を生かしてこのような物を作るとは面白いな」

「そうでしょう。これは私が一つ一つ手作業で作った作品なんですよ」


 二人の会話を聞いていた店主は自慢げに話す。


「手作業で? ……というと、まさか手で彫ったのか?」

「はい。と言っても、昔と違って今は魔道具を使っています。先端に工具を取り付けて回転させる魔道具で少しずつ石を削り出すのです。

 私たちの年ですとあまり長時間魔道具を使うことが出来ないので毎日少しずつ進める形にはなりますが、正真正銘、手で彫った本物のリャドカメオですよ」


(なるほど。やけに高価だと思ったが、それだけ手間と時間がかかっているということか)


 親指の長さよりも少し短い程度の大きさで金貨一枚以上の値が付けられている。

 最初に見たときは割高に感じたが店主の話を聞いて「これは正当な値段である」と納得した。

 宝石修復師の依頼料が高いのと同じだ。

 物の値段や価値には目に見えない努力や労力に対する対価が含まれているのである。


「お客さん! そんな高いのよりこっちを見てってよ! 安いよ~!」


 リーシャとオスカーがカメオを眺めていると背後から威勢の良い声が聞こえた。


「時代遅れの古くさいカメオより『()()()()()()()』の方がおすすめだよ!

 値段もなんと半値以下だ! おみやげにも持ってこいだよ!」

「おい! お客様に変な物を売りつけるんじゃねぇって何度言ったら分かるんだ!」

「うるせぇ! 客を取られるからって僻むなんてみっともねぇなぁ~。お客さん、見ていってよ。安くするよ」


(どうやら犬猿の仲らしい)


 石畳の道を挟んで向かい合っている二つの店はどちらもカメオの専門店だ。

 同業者同士の小競り合いか? と思いきや、どうやらもっと複雑な話のようだ。

 同じような罵声が聞こえたので道の先を見てみると、通り沿いにある他のカメオ工房でも同じような諍いが起きている。

 道の左右で派閥が分かれており、互いに客を取り合っているようだ。


「片方だけに立ち寄るのも不公平ですし、あちらのお店も見てみましょうか」

「そうだな」


 不公平というのは理由付けで、本音を言えばただの好奇心だ。


(最新式のカメオって何だろう)


 もう一方の店主が口にした謎の言葉に興味を引かれたのだ。


「いらっしゃい! うちのカメオは最新式! まとめ売りもしてるから見てってね~!」


 店主はそう言いながら机の下から無造作に大量のカメオを取り出した。

 随分と売れているらしく、商品の補充をしているのだ。


「手に取って拝見しても宜しいですか?」

「もちろん!」

「ありがとうございます」


 リーシャは机の上に並べられたカメオのうちの一つを手に取った。


(……これ、()()()()だ)


 手に取った瞬間、ぴんときた。

 無意識に流した魔力に魔工宝石特有の雑味が混じる。

 一見先程見せてもらった手彫りのカメオと同じように見えるが、これは瑪瑙の土台に別の瑪瑙を盛ったもの――肖像部分を白い瑪瑙を使って盛りつけたものであるとすぐに分かった。

 つまり造形魔法で量産されたものである、ということだ。


「最新式とおっしゃっていましたが、どのような部分が最新式なんですか?」

「今時手彫りだなんて時代遅れだろう?

 これは魔法で作ったリャドカメオなんだよ」

「魔法で?」

「そう。魔法なら短時間でたくさん作れるし、ちょっと練習すれば誰でもすぐに作れるようになる。新しい時代のカメオ。

 俺たちはこれを新しいリャドカメオとして売って行きたいんだ」


(新しいリャドカメオねぇ)


 手にしたカメオを眺めながらリーシャは内心「それは難しいだろう」と思った。


(まず第一に、作りが雑すぎる)


 全体的にのっぺりとしている。

 確かにぱっと見た瞬間は「本物」のカメオと変わらないように見えるが、細部の作りや細かさ、立体造形の出来そのものが全く違う。

 本物のカメオは細部まで細かく彫り込まれており薄く削がれた白色部分の下に青色の地が透けて見え、髪の毛の立体感や衣服の皺まで見事に表現されている。

 一方「最新式」のカメオは粘土細工で作った物をそのままべったりと土台に張り付けたような粗雑さを感じる。

 観光客の目は騙せてもリャドカメオを求めてやってきた好事家の目は騙せまい。


(値段は半値どころか銀貨十枚にも満たないものも多い。確かに安いけれど出来が悪いなら意味がない)


 「おみやげ用に」とはよく言ったものだ。

 確かに「おみやげ」として購入して配るにはぴったりだろう。


「ありがとうございます。他にも何店舗か見て回りたいので、すみません」

「そう? ああ、でも買うなら是非俺たちのカメオを!

 道のこっち側にある店はみんな新しいカメオの店だからさ」


 そう言って店主は道の左側に並ぶカメオ工房を指さした。


「……どう思います?」


 カメオ工房から少し離れた所でリーシャはオスカーに問いかける。


「個人的には、最初に見たカメオの方が良く見えたな。確かに値は張るがそれ相応の作りをしていたように思う」

「ですよね。私も同意見です」

「最新式のカメオと言ったか。あれはどうなんだ?」

「おそらく、魔工宝石を作るのと同じように瑪瑙を練って作ったものだと思います。上の肖像部分を先に作って、後から土台に張り付けたものだと」

「つまり、彫刻ではなく」

「粘土細工のようなものでしょうね。あれがリャドカメオとして売られているのは違和感があります」


 リャドカメオとはリャドで作られた手彫りのカメオのことを指す。

 石を彫って作るのではなく一から魔法で作られたカメオ。それは果たして「リャドカメオ」と呼べるのだろうか。


「それはそれとして、依頼人の所へ向かいましょうか。この先にある教会のようですから」


 両側にカメオ工房が立ち並ぶ石畳の目抜き通り。

 その先の小高い丘の上が依頼人の住所となっている「港の丘教会」だ。

 町の家屋と同じく白い壁に赤い屋根の小さな教会だが、ここも観光地となっているのか多くの人が訪れている。

 壁面には小さな植木鉢が飾られ、素朴な作りながらも彩りが添えられていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ