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交渉の条件

 二週間後、リーシャとオスカーは身支度をして皇帝の執務室を訪れた。

 出発前の最後の挨拶をするためだ。

 ここの所ヴィクトールは働き詰めだった。

 普段の公務に加えて皇帝暗殺未遂にかかる調査の指揮を執っていたからだ。


「もう行くのかい。もう少しゆっくりしていっても良かったのに」

「ご冗談を。さすがにもう発ちます。長い間お世話になりました」

「そうか。寂しくなるね」


 ヴィクトールはそう言うなりロウチェに目配せをする。


「リーシャ様、よろしければこちらをお持ちください。日持ちのする食料品と薬、それに今回ご迷惑をおかけした賠償金として金貨二百枚をご用意しました」

「二百……!?」


 思わずオスカーの心の声が漏れる。


「二百枚も宜しいのですか?」

「本当はもっと支払いたいんだけど、あまり懐に余裕が無くてね。申し訳ないけれど、それで収めてくれるかい?」

「分かりました。ありがたく頂いておきます」


(これは文字通り()()()()だ)


 形式的なものであったとしても「皇帝を庇って怪我をした人間に対する補償をした」と内外に示す必要がある。

 命を懸けた相手に対してあまりに少ない恩賞を渡したともあればそれを見た臣下の士気が下がりかねないし、皇帝の名にも傷が付く。 

 故にある程度まとまった、見栄えの良い金や報償を支払い、受け取ってもらう必要があるのだ。


(そうなると、申し出を断るわけには行かない)


 皇帝の顔に泥を塗ることになるし、皇帝の価値を下げることになるからだ。


「それはそうと、新型発動機のことですが」


 リーシャは詫びの品一式を収納鞄にしまうと皇帝に投げかけた。


「欲しいですか?」

「それはもちろん。出来るなら」

「私が出来るのは橋渡しをすることだけです。ですがそれにも条件があります」

「条件とは?」

「皇帝ヴィクトール・ウィナー本人が交渉の公平な立会人となることです」

「……ほう」


 ただの立会人ではない。

 公平な立会人だ。


「平等な、ではなく公平な立会人か」

「ええ。平等にしろなどという無理な条件をつける気はありません。商売ですから。

 立場も力関係も異なるのは当たり前ですし、偉大なる帝国とイオニアの立場や力関係が平等であるべき、などという馬鹿げた思想も持ち合わせていません。

 ただ、不公平な真似だけはして欲しくない」

「ヴィクトリアに交渉を任せるのは不安だと」

「はい」


 リーシャははっきりと断言した。


「彼女が嫌いとか、そういう訳ではないんです。

 ただ、彼女は若い。まだ足りない部分も知らないこともたくさんある。そう感じました。

 失礼を承知で申し上げますが、彼女だけに交渉を任せればきっと不公平な条件を押しつけようとするだろうと、そう思ったんです。

 その点、貴方ならば公平な立場から物事を判断することが出来る」

「私はこの国の皇帝だ。それでも公平な判断が出来ると?」

「ええ。ちなみに、これはお願いではありません。私が貴方とダンスを踊った貸しを、これで返していただきます」

「……なるほど」


 ヴィクトールは「参った」という表情を浮かべた。

 これはヴィクトールを守ったことによる「貸し」ではなくダンスの誘いを受け入れたことによる「貸し」だ。

 つまり、ヴィクトールに拒否権はない。

 リーシャがダンスを受け入れたことによって怪我を負ったなら尚更だ。


「分かった。ご要望に応じよう。ウィナー公船とイオニアとの交渉の場には私が立ち会う。

 丁度イオニアにも挨拶に伺いたかったから良い機会だろう」

「承知しました。では、相手側には私から連絡を入れておきます。ああ、そうそう」


 リーシャはそっとヴィクトールに近づくと耳打ちをする。


「イオニアの王妃には気をつけて。彼女は今も尚フロリアの人ですから」

「リーシャはどちらの味方なんだい」

「どちらでもありません。ただ、オリバーさんやモニカさんには報われて欲しいなと思っています」

「なるほど。分かったよ」


(イオニアの王妃に足下を掬われないようにしながら技師と我が国双方に利があるように交渉をまとめる。

 なかなか骨が折れそうだ)


 「フロリアの」とわざわざ告げてきたのはフロリア公国を嫌うヴィクトールへの配慮だろう。

 そしてリーシャ自身も王妃がくせ者であると考えている証拠でもある。

 そんな王妃の庇護下にある技師から新型発動機を供与してもらわねばならないなんて、一筋縄ではいかないに決まっている。


「では、健闘を祈ります」

「ありがとう。オスカーも元気で」

「ああ」


 皇帝の住まう庁舎を出て飛行場へ向かう馬車の中、オスカーは不満げに「もう人を庇ったりするな」と文句を言った。

 ずっと腹に据えかねていたのか、馬車の扉が閉まった途端に言い出したのでリーシャは思わずおかしくなって吹き出してしまった。


「そんなに不満でしたか?」

「それはそうだろう。あいつを庇ってリーシャが怪我をするなんて」

「とっさに身体が動いたんです。仕方がないでしょう」

「あのときは御守りを外していただろう。少しでも遅れていたら間に合わなかったかもしれない」

「それはそうですが」


 御守りは首から下げていないと効果が出ない。

 夜会のようにドレスに合わせて宝飾品を選んでいる時は候補から外れがちだ。


「それでも間に合ったのですからいいではありませんか」

「良くない!」


 オスカーは声を荒げると思い切り立ち上がった。

 馬車の中に「ゴン」という鈍い音が響く。


「頼むから、あんな無茶なことをするのはやめてくれ。リーシャが倒れているのを見たとき、俺がどんな気持ちになったと思う。

 怖かった。恐ろしかったんだ。頭が真っ白になって、ヴィクトールに声をかけられるまで動けなかった」

「ごめんなさい。でも、オスカーが私の立場でも同じことをしたでしょう?」

「……それは、そうかもしれないが」


(否定できない)


 もしも自分がリーシャと同じ立場だったら。

 例え後ろにいたのがヴィクトールだったとしても咄嗟に身体が動いていただろう。

 そうを考えると大声でリーシャを非難することはできない。


(分かっている。分かっているが)


 頭では分かっていても、それとこれとは違うと言いたくなってしまう。


「ですが、私がオスカーの立場だったら同じことを言っていると思います」


 リーシャはオスカーを宥めるように言った。


「心配をかけてごめんなさい。今後はなるべくしないように心がけます」

「なるべく」

「なるべくです」


 「はぁ」とオスカーは大きなため息をついた。

 なるべく。善処する。できるだけ。どれも当てにならない言葉だ。


「分かった。なるべくそうしてくれ」

「はい」

「で、次はどこへ行くんだ?」

「ここから近い指名の依頼が何件かあって――」


 馬車は往く。

 遠ざかっていくゴルドーの街並みを背に、二人は次の目的地に向かって進み始めた。

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