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皇帝の秘密

「ではその話は一旦置いておいて、定期航路についてはどうだい。悪い話ではないだろう?」

「そうですね。大陸間の海を上から超えられるというのは悪い話ではないかと。

 なるほど、それで新型発動機ですか」

「ヴィクトリアから聞いたよ。失礼があったようだね。彼女に代わって詫びよう」

「失礼というか、自らの立場を自覚なさったほうが良いのではと申し上げただけです」

「頼める立場ではないことは分かっている。あのときは君たちにも申し訳ないことをしたと思っている。弟に任せきりにしてしまった私の責任だ」

「弟……ですか。もしもウィリアムではなくあなたが陣頭指揮を取っていたらああはならなかったと?」

「そうだね。少なくともあんな失態はしなかっただろう」


(あんな失態。つまり、勝っていたのは自分たちだと。

 よくもまぁ、本音を包み隠さず言えるものだ)


 だが、そう言い切れるほどの自信があるということなのだろう。

 実際ヴィクトールならばウィリアムのような回りくどいことはしないだろうし、飛行船レースに出ずとも「鳩の血(ピジョンブラッド)」を手に入れることは容易だったはずだ。


(そもそも、彼は「鳩の血」を欲していたのだろうか)


 元々「冠の国」に新たな鉱脈があることを知っていたのなら無理をせずとも「鳩の血」以上のルビーを手に入れることが出来る。

 ヴィクトールが言う「ウィリアムの計画の正否は元から頭数に入れていない」というのはそういうことだったのではなかろうか。

 あれはヴィクトールの機嫌を取るためにウィリアムが勝手にしでかしたこと。

 そういう扱いになっていても何ら不思議ではない。


「レースにおいて君たちや技師達に迷惑をかけたのは申し訳ないと思っている。でも、その後のことについて謝る理由はないよ」

「まぁ、そうでしょうね」

「我が国が生き残るために必要な行動だった。それだけだ。冠の国は自ら国を明け渡すことを選んだし、我々も最大限譲歩して悪いようにはしていない」

「悪いと思っていない割には長々と弁明をなさるんですね」

「君に誤解されたら困るからね」

「誤解、ですか。国と国との揉め事には興味がありません。私は口を挟める立場ではありませんし、どちら側に立つかによって見方も変わりますから」

「そうか。リーシャはそういう人間だったね」

「ええ。ですので杞憂ですよ。誤解だとか、そういうものは」


 リーシャがそう言うとヴィクトールは少しだけ安堵したような表情を見せた。


「ですがそれとこれとは別です。新型発動機に関する技術を供与出来るか否か。それを決めるのは私ではありませんから」

「だが、あれの開発には君も一枚噛んでいるのだろう?」

「私が? 何故?」

「核を作ったのはリーシャ、君だからだ」


(……一体どこでそれを)


 組合から受けた依頼は新型発動機の「修理依頼」だ。

 もしギルドを通して偉大なる帝国に情報が流れていたとしても、帝国側が知っているのはリーシャが「修理」をしたという情報であるはずだった。

 飛行船を修理する際も目隠しをして外から見えないようにしていたし、もちろん新しい核を使った発動機の改良も外に情報を漏らさないようにしていた。

 組合職員にも話していないし、オリバーやモニカが誰かに喋るとも思えない。


(漏れたとしたら鉱山近くの宝石屋からだけど、ルビーとサファイアを買い付けに来たという情報しか得られなかったはず。

 一体何故私が核を作ったことを知っているんだろう)


「君が作ったのはルビーとサファイアを使った混合核。違うかい?」

「……」

「ちょうどいい機会だから私も一つ、君たちに秘密を明かそう。私は()()が得意なんだ」

「占いですか?」

「元々は母が得意としていた物でね。占いと言っても魔法ではなくて、ちょっとしたまじないのようなものなんだけどよく当たるんだよ」

「まさか、それで視たとでも言うんですか?」


 半信半疑なリーシャにヴィクトールは柔らかな笑みを返した。


「今のところ百発百中だ」

「冗談でしょう?」

「そう難しいことじゃない。たとえば……そうだな、なにかコップのような器はあるかい?」

「これでよろしければ」


 リーシャが収納鞄から取り出したコップを受け取るとヴィクトールは水魔法を使い水を注ぐ。


(水魔法の魔道具でも身につけているのかな)


 何の言葉もなしに水を注いで見せたヴィクトールを見てリーシャはそんなことを考えた。

 そういえば、ヴィクトールが魔法を使うのを見るのは初めてだ。

 中指に光る石がついた指輪がそれだろうか。


「こうして水を貯めた杯を覗き込むとたまに見えるんだ」

「それだけで、ですか?」

「うん。言葉も文字も要らない。母は水盆に花を散らしていたけど、私には必要ないようだ」

「……」


(魔法ではない。魔法に物事を見通すような、予知や先見の力はないから。本当に見えているとしたら、それはどちらかというと)


「似ていると思わないかい?」

「魔術に、ですか?」

「ああ。魔術は時間や空間をねじ曲げると言ったね。もしもこれがただのまじないではなく、時間や空間をねじ曲げて遠くにある物や未来の出来事を映し出しているのだとしたら」

「……何か魔術の心得でも?」

「いや、全然。むしろさっきリーシャの話を聞くまで、これが魔術だとは思いもしなかったよ。

 元々水魔法は得意だったし、ただ偶然が重なっただけなんじゃないかってね」

「もしかして、ルビーの鉱脈を掘り当てたのも、私たちがクロスヴェンに寄ることを知っていたのも、くじで皇帝の座を射止めたのもそれですか?」

「運が良いというのは本当さ。それとは別に占いが得意というだけだ。先読みが出来るからと言って、全てが視える訳じゃない」


 「そんな万能なものではないよ」とヴィクトールは言う。


「偶然その通りになっているだけで、ふとした瞬間に映る物をそうであって欲しいと無意識に読み解いているだけかもしれない。

 勘がいいと言ったよね。もしかして、と思ったことが実際に起こっていた。そう表現するのが近いかな」

「つまり、視ようとして視れるものではないと?」

「そう。見たい物を視れるものではないし、時を選ぶことも出来ない。自分で視ようとして視れる物ではないんだ」

「まるで神話かなにかに出てくる神託みたいな話ですね」

「神のお告げというやつかい? リーシャらしくないことを言うね」

「そうでしょうか。元々魔法は巫女や聖女、霊媒師など神や精霊と交信出来る特別な人間が使うものであるとされてきました。

 魔法が自然の力を借りる存在であるという考えはその名残であると言われています。

 それをふまえると陛下の特殊な術がそういった存在の影響を受けていると考えるのは不自然なことではないかと。

 むしろ、先ほど陛下がおっしゃったように魔術であるとした方が説得力があるかもしれませんね。

 見えざる物の影響を受けて魔法を超えた力を得る。それって魔術そのものではありませんか」

「なるほど。そう言われてみればそうだな」

「で、どうなんですか。視たんですか?」

「ルビーの鉱脈と、リーシャがクロスヴェンに居るのはね」


 すなわち、皇帝の座を射止めたのは占いではなく偶然。

 持ち前の運の良さによるものだと言いたいようだ。


「それなら納得です。いえ、どうやってあそこに鉱脈があると突き止めたのか気になっていたので」

「すっきりしたかい?」

「ええ。とても。『夜の紫』はいつ準備したんですか?」

「君たちが到着する前さ。

 あれは市販の物とは違って特殊な調合でね。

 香水を作るのには時間がかかるから先に香水店に準備をさせておいて、それから領主に連絡を取ったんだ。

 そうしたら丁度イオニアから接触があったと言うものだから、リーシャが到着したら宿に届けるよう手配したんだよ」

「用意周到ですね」

「見ようによっては考えなしにも見える」

「見切り発車ということですか? それでも周りがついてくるのですからそれだけあなたの行動には結果が伴っている、信用されているということでしょう」


 ヴィクトールは一瞬はっと息を呑んだが、それを顔には出さずにふっと笑った。


(一番欲しい言葉をくれるとは)


 「占いで先を視ている」などという妄言をヴィクトールは今まで誰にも漏らしたことはなかった。

 腹心であるロウチェやマイケルにすら、だ。

 例えリーシャであっても真面目に取り合ってくれるかは分からない。

 しかし、魔術の話を聞いて「もしや」と思った。

 例え学術的な興味からでも構わない。

 このような非現実的な、絵空事のような話を馬鹿にせずに聞いて、考え、受け止めてくれる。

 それだけでヴィクトールにとっては十分だった。


(秘密を打ち明けるのはこんなにも気持ちがよいものなのか)


 長年苛まれていた孤独から解放されたような、肩の荷が降りたようなそんな気がする。


「だが、こうして未来を見ることが出来ても肝心なときに役に立たないのでは意味がない。

 リーシャをあんな目に遭わせずに済んだかもしれないと思うと自分が情けないよ」


 ヴィクトールが言うとリーシャは首を横に振った。


「自分を責めないでください。私も陛下も無事だったのですから良いではありませんか。

 しかし、あのリチャード・ベルクマンとか言う男については良く調べた方が良いと思いますよ」

「何故彼の名前を?」

「先日ウィナー公船会社の廊下ですれ違ったんです。随分と体調が悪そうだなと思っていたのですが、まさかあんなことになるとは……」

「そうか。彼は先代皇帝の側妃、その妾の子でね。実家の財政が厳しいからとここに残って働きたいと言うから雇うことにしたんだよ。

 学業の成績も良かったし、言語もいくつか話せるようだったから外との交渉を任せていたんだけど」


 まさか皇帝に刃を向けるとは。

 さすがのヴィクトールも想定外だった。

 リチャード・ベルクマンは野心を抱くような男ではない。

 離宮の廃止に伴い国に返された母を支えるために「偉大なる帝国」に残って仕事をしたい。

 そう皇帝に直談判をした、腰が低くて大人しい男だった。


(正直、凶刃を振るうような男には見えなかったが)


 ヴィクトールは自分をまっすぐ見据えた、黒く濁った瞳を思い出す。

 昔からあんな目をしていただろうか。そう、不思議でならない。


「詳しいことはこれから取り調べることになると思う。分かり次第知らせるよ」

「承知しました」

「では、私はこれで」


 話が一区切りついたところでヴィクトールが腰を上げる。


「よろしいのですか?」

「うん?」

「発動機の話」


 リーシャが言うとヴィクトールは「構わないよ」と返した。


「この状況で新型発動機を渡して欲しいだなんて図々しいにもほどがあるだろう。

 リチャードはウィナー公船会社の人間だ。一度ならずとも二度までも君に危害を加えてしまった。

 断られても仕方がないと思っている」

「そうですか」

「ああ、そうだ。申し訳ないけれどあと二週間ほど滞在してもらえないか。

 皇帝を庇って負傷した相手をすぐに国外に出してしまったらさすがに言い訳が立たないからね。

 一応リーシャは負傷者ということになっているから、不便な生活を強いてしまうけれども」

「分かりました。仕方ないですね」

「ありがとう。では、またのちほど。本当に済まなかった」


 ヴィクトールはリーシャに歩み寄り軽く抱き寄せる「すまない」と再び謝罪をし、そのまま踵を返して部屋を出ていった。

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