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最悪の事態

「おかえりなさい」


 情報収集を終えて宿へ戻ったオスカーを迎えたのは疲れた表情のリーシャだった。リーシャの部屋へ入ると机の上には大量のルビーとサファイアの原石が広げられており、その端にこれまた大量の薬品のような物が並べられている。


「どういう状況だ?」

「原石を入手したので不純物を取り除く精錬作業をしているんです」

「あの薬品は?」

「あれはポーション。魔力が切れる前に飲むと継続して作業出来る()()()()()()()()()ですよ」


 つまりリーシャは宿に帰ってからオスカーが戻るまでぶっ通しで精錬作業をしていたのだ。精錬作業は魔法を駆使して原石から不純物を取り除くため多くの魔力を消費する。何もしなければあっという間に魔力切れを起こしてしまうだろう。そこで必要になるのがこのポーションだ。


「前にオスカーが枯渇熱を発症した時に説明したでしょう? 魔法を使い詰める職業の人間に人気だって」

「……凄く体に悪そうだな」

「普通の人ならばそうでしょうね。魔法を使い詰める研究職の人は早死にするって言いますし」


 魔法の多用とポーションの併用で過度な魔力の増減が繰り返されることによって体に負担がかかり早死にする。体を壊すことが分かっていながらも研究に没頭する者たちのことをしばしば「狂人」と呼ぶとか。


「でも私は大丈夫です。この『お守り』がありますから」


 リーシャは誇らしげな顔をして胸元から「お守り」を取り出した。祖母から貰った柘榴石のペンダント。これがあればどんな不調もたちまち回復してしまう。つまり魔力の増減で身体が壊れても次の瞬間には元通りという訳だ。


「誇っていいことではない気がするが……」

「良いんです。これのお陰でレースに間に合うんですから」

「では、目途が立ったのか?」

「何となくは」


 これだけの量の原石があれば発動機を動かせる大きさの魔工宝石を作るには十分なはずだ。オリバーから預かって来た魔工宝石を精錬し直して足せば質の底上げも出来る。


「今日か明日には精錬が終わると思うのでレースまでには間に合うと思いますよ」

「この量を一日、二日で……。適度に休息を取りながらにして欲しいのだが」

「分かっていますよ。ご心配ありがとうございます。あ、そうだ。実は今日興味深い話を聞きまして……」

「興味深い話?」

「はい。鉱山近くの宝石屋のお爺さんに伺ったのですが、どうやら隣国が大量にルビーを買い付けているらしくて。それに、『冠の国』が隣国から借金をしているのではないかという噂があるとか」

「……ふむ」


 リーシャの話を聞いたオスカーは何かを考えるような素振りを見せた。


「……実は、俺も似たような話を聞いてな」

「え?」

「今日は隣国の様子を聞きに宝石修復組合に行ったんだが、どうやらルビーに関する修復依頼がひっきりなしに届いているらしい。お陰でストックの在庫が尽きそうだと職員が漏らしていたよ」

「買い付けだけではなく修復も……?」


 妙な話になってきた。ルビーを大量に購入するのはまだ分かる。工業が発展しつつある国でたまに聴く話だからだ。だが修復まで殺到しているとはどういうことだろう。

 修復組合で修復するには多額の金がかかる。それを厭わないほどルビーが不足しているということだ。大量にルビーを購入しても尚、中古品や壊れたルビーを引っ張り出さなければならない訳がある。


「ルビーは何に使う石なんだ?」

「……そうですね、火と相性が良いので工業製品の『核』として良く使われています。それこそ発動機とか、着火装置とか。あとは台所の調理器具とか……」

「なるほど。では武器なんかはどうだ?」

「武器……ですか?」


 オスカーの言葉にリーシャはある話を思い出した。そう言えば昔、火の代わりにルビーを着火装置として採用した銃があると本で読んだ記憶がある。まだ魔工宝石が作られる前の時代だったので大量生産はされなかったと書いてあったが……


「可能だと思います。昔本でルビーを着火装置に組み込んだ銃を考えた人が居ると読んだことがあるので」

「……なるほど」

「まさか……!」

「オリバーが『海外への輸出はほとんどウィナー公船が持って行った』と言っていただろう。聞いた話によると、現在その輸出先のほとんどが隣国らしい」


 不自然なほど大量に調達されたルビー、冠の国へ進出した隣国の公営企業、そして飛行船の大量輸出、冠の国への金の貸付の噂……。


「戦争になるかもしれない」


 オスカーの言葉にリーシャは息を呑んだ。冠の国は山に囲まれた天然の要塞だ。それ故に今までどこの国も攻めることが出来なかった。国を責めるには船が必要だ。山を越える為の船が。そしてそれを今、隣国は「冠の国」で堂々と作り自国へと送り続けている。


(もしも……もしもルビーが武器の製作に使われているとしたら……)


 飛行船レースの景品として据えられた「鳩の血」のルビー、その使い道は……。


「そうだとしたら合点が行きます。何故出所を偽ってまであのルビーを飛行船レースの賞品に据えたのか。合法的に、一切怪しまれること無くウィナー公船会社にルビーを渡すためなんですね」

「大きなルビーを使ってこそこそと何かをしていれば怪しむ者も出るだろう。あんなに高性能な物を使って何をしているのかと」

「探られない為の理由が必要だった。レースで優勝して賞品として手に入れれば、『優勝賞品で新しい最新式の飛行船を作っているから内密にしたい』という理由が立つし皆納得するでしょう」

「あのルビーで作れるとしたらどんな性能になるんだ?」

「……分かりません。あれだけ良い質の天然宝石です。オスカーだって身をもって知っているでしょう?」


 オスカーの脳裏に母国での出来事が思い浮かぶ。杖一本で城一つ落とせたのだ。それを兵器として運用した場合どれほどの被害が出るのか想像もつかない。


「駄目、駄目です。そんなことにあのルビーを使わせるわけにはいかない……!」


 今まで何度も「蒐集物」が悪用されているところを見て来た。しかしここまで最悪な、戦争の道具にされるようなことは無かった。


(何が何でも阻止しないと……)


 祖母の遺品が大量の市民の命を葬り去るなんて考えたくもない。飛行船レースに勝たなければ。勝ったとしてもルビーが手に入るとは限らない。恐らくあのルビーを賞品とした時点でレースの主催者とウィナー公船会社は何かしらの取引をしているはずだ。

 そうなれば例え勝っても素直には渡して貰えないかもしれない。


「……まだ確証がある訳ではありませんし、今はまず優勝を目指しましょう」

「そうだな」


 リーシャは「落ち着け」と自分に言い聞かせた。まだ確たる証拠がある訳ではない。机上の空論かもしれないことに焦っても仕方ないのだ。今は発動機の魔工宝石を完成させることだけを考えよう。そう自分に言い聞かせた。

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