舞踏会への招待状
「先ほどは悪かった」
迎賓館の客間に戻るなりオスカーは頭を下げた。
「俺が余計なことを言わなければ新型発動機の話になどならなかっただろう。ぬかっていた」
「いえ、ヴィクトリアは初めからあの話をするつもりだったと思いますよ。どのみちああなったはずなので気にしないでください」
リーシャがそう言うとオスカーは胸をなで下ろした。
戦端を開いてしまったのは自分だと思っていたからである。
「とはいえ、どうするつもりだ?」
「そうですね」
リーシャはごそごそと収納鞄を漁ると机の上に防音の魔道具を置く。
盗み聞きをされていないとも限らない。用心するに越したことはない。
「個人的には、条件次第だと思っています」
「条件?」
「あくまでもイオニア王家とオリバーさんたちが発動機の技術提供に同意をした上での話ですが、イオニアの飛行船事業への援助、それを不利なものとしないための引き替え条件として使えるのではないかと」
「ふむ」
(悪くはない発想だ)
偉大なる帝国がしていることを考えると、他の国にしてきたようなことをイオニアに強要してくる可能性もなくはない。
たとえリーシャが皇帝の寵愛を受けていても、だ。
そう考えると国を守るための「武器」として発動機を使うのも悪くはない。
「ただ、先ほども言いましたがこの発動機はあくまでもオリバーさんのものです。それを勝手にイオニアのために使おうとするのもおこがましいと思いまして」
「それはそうだな」
「それに、私たちは今、皇帝の存在ありきで物を考えているでしょう。
将来的なことを考えるならば、皇帝が居なくなったあとのことも考えなければならない。
あと五十年、六十年も経てばヴィクトール・ウィナーの時代は終わるでしょう?
彼が居なくなったあとにイオニアとの約束が守られるとも限りません。
そうなったときに身を守る術が必要です」
「それがあの発動機だと」
「まぁ、五十年後ともなるとすでに時代遅れの技術でしょうが。オリバーさんとモニカさんの後継となるような技師を育て、さらに良い発動機や飛行船を作る。
イオニアが他国と渡り合えるような産業を作ることが大事なのではないでしょうか。
少なくとも今は、発動機の面では偉大なる帝国よりも一歩進んだ状態なのですから」
(イオニアが他国と渡り合えるような産業か。正直、そんなことは考えたことがなかった)
今のイオニアは他国に追いつくことすら出来ない後進国だ。それが追いつくどころか他国と対等に渡り合い、先を行くような産業を持つ。
はっきり言ってオスカーはそんなことを考えたことすらなかった。
そんなことが考えられるような状態ではなかったからだ。
だが、荒涼とした大地にひょんなことからオリバーとモニカがイオニアに流れ着き飛行船文化の芽が出た。
立派な造船所も大きな格納庫も作れないような土地だが、それでもイオニアで飛行船を飛ばそうと邁進してくれている。
一代だけで枯らすのではなく、奇跡的に芽生えた小さな芽が大きく育ち株を増やしていけるような、そんな環境を整えなくてはならない。
偉大なる帝国が欲しがるような最先端の技術をただ腐らせるのではなく、国の強みとして売り出していけるようにしなくてはならない。
それは鉄の量産すらままならないイオニアにとって困難極まりないことだった。
(彼らの技術を生かすにはそれ相応の設備と資材が必要だ。それには偉大なる帝国、ひいては冠の国の援助が不可欠だ)
もしも本格的に飛行船事業に手を出すならば、支援を受けるより他はない。
国内の資源はあまりに乏しい。職人も一から育てなくてはならない。
だからといって、無償で支援をしてもらったあとに「あのとき支援をしたのだから言うことを聞け」と言われても困るのだ。
そうならないための交渉材料として新型発動機は最適だった。
帝国がどうしても欲しいもの。それを与える代わりに支援を受ける。
タダより怖い物はない。
「リーシャの言うことは良くわかった。発動機を交渉の材料にするというのも理に適っていると思う。あくまでもオリバーが了承してくれたらの話だが……」
「先日言っていた帝国との協力関係の件と併せて義兄様に相談してみたらいかがでしょう」
「それがいいな。そうしよう」
リーシャはあえて相談相手にジルベールを指名した。
兄であるジルベールに楯突く意思はない。ジルベールに伺いを立てて行動している。
それを示した方がよいと考えたのだ。
「そういえば、机の上にこんなものが置いてあったぞ」
「何ですか?」
話が一段落したところでオスカーはリーシャに一通の封筒を渡した。
帰ってきた時にはすでに机の上に置かれていたので掃除の時にでも運び入れたのだろう。
上質な良い紙で出来ている。
『リーシャへ。
急な知らせですまない。実は明日の晩、君たちが泊まっている迎賓館で舞踏会が行われるんだ。
ゆっくりして欲しくて誘わないつもりだったんだけど、ロウチェが失礼にあたると怒るものだから招待状を送ります。
気が向いたら来て欲しい。もちろん、オスカーも一緒に。
ヴィクトール・ウィナー』
それは舞踏会の招待状だった。
どうやらリーシャ達が宿泊している迎賓館で開催されるらしい。
(面倒だな)
皇帝主催の舞踏会ともなれば有象無象の王侯貴族でごった返すに違いない。
オスカーは王族でリーシャは貴族だ。それ相応の格好や立ち振る舞いを求められるし、挨拶もしなければならないので気疲れしそうだ。
「誘われたからには行かなければなりませんよね?」
見るからに嫌そうに言うリーシャにオスカーは苦笑いをした。
「行きたくないなら行かなければいいだろう」
「でも、ここで行われるんですよ。いろいろな方とすれ違うでしょうし、皇帝直々のお誘いとあらば行かないわけにはいかないでしょう」
「そういうものか」
「そういうものです。ということは、あー、ドレスを選ばないと……。髪や化粧もちゃんとしないといけないから……ちょっと使用人の方に相談してきます!」
そう言って部屋を飛び出していったリーシャを見送ったオスカーは「女性は大変だな」と内心思うのだった。




